三四話 吊るし上げる名探偵
ルカの方は問題無いとして、こちらも残っている仕事を片付けるとしよう。
俺は部屋に居る『もう一人』に視線を向ける。
メイド服を着た華奢な若い女。雑居ビルの四階から遠目に見ただけだが、神桜家から押し付けられたというカリンの付き人だと分かる。
カリンと一緒に攫われたと聞いていたが、意外にも同じ部屋に監禁されていたようだ。付き人は敵と繋がっていると判断していたので予想外ではある。
俺と視線が合った直後、付き人は頭を下げた。
そしてカリンを背負う俺に近付き、友好の握手を求めるように手を差し出す。
「貴方は千道様ですね? 私はカリン様のっぐぇ――!?」
女の台詞の途中で、俺は中段蹴りを放った。
上腕に直撃した蹴りは女を吹き飛ばし――ドゴッ、と女は壁に叩きつけられた。
「ちょ、ちょっと、ビャクっ!?」
突然の攻撃に驚いたのか、背中のカリンが咎めるような声を出す。
カリンも付き人が信用ならない相手だと分かっているはずだが、証拠もなく容赦のない攻撃を放ったことに抵抗を覚えているようだ。
しかし、俺は妥当な判断だったと確信している。俺が付き人を攻撃したのは、この女が敵と繋がっていて襲撃犯に情報を流していたからではない。
壁に衝突して呻き声を上げる女。
俺は女の犯した罪を断罪するように、その言葉を静かに告げる。
「ようやく会えたな――ジャンプ」
「っっ!?」
俺の確信的な言葉に、女は血の気が引いたように蒼白な顔になった。
一目瞭然な反応。見えている負の感情も、俺の言葉が真実だと認めている。
分かってはいたが、これで確証が取れた。
この女こそが超常の力を悪用する存在――――『ジャンプ』だ。
「な、なにを、言ってるんですか、貴方は」
当然と言えば当然だが、女は自分がジャンプである事を認めなかった。超能力を使った犯罪に証拠は残らないので白を切るのも当然だ。
しかし客観的に考えても、この女には不審な点が多過ぎた。
「ルカが空に飛ばされる直前、お前はルカの肩に触れたらしいな?」
「っ……」
ルカは信用できない人間に触られる事を嫌う。
以前の護衛対象も、ルカに気安く触れた事で病院送りにされたのだ。
その事は周囲の人間にも知らされているはずだが――この女はルカの身を案じるようなフリをして、車を降りる直前のルカに触ったと聞いている。
これは明らかに不自然な行動だ。
「そ、それは、海龍様の事が心配で……」
「――違うな。俺には全て分かっている。お前の能力は対象に触れる必要がある。だから、わざわざお前はルカに触れたんだ」
俺は見え透いた嘘を遮り、絶対的な確信を持って断言した。
俺は以前から超能力を悪用する存在について調べていたが、特にジャンプについては他の事件よりも情報が多いので詳しく知っている。
人が数十メートルの高さまで跳び上がって落下死する、という派手な事件だ。
これほど人目を引く事件なら情報が多くなるのも当然だと言えるだろう。
そして、ここで重要なのは『跳び上がる』という点にある。外力で吹き飛んだのではなく、被害者は自分の足で空高く跳び上がっているのだ。
もちろん人間に数十メートルも跳び上がるような筋力はない――が、それを可能にするのがこの女の能力だと推測している。
被害者は下半身の筋繊維がズタズタになっていたと報道されていた。
この事から、ジャンプの能力は『強制的に足の筋肉を動作させる』というものである可能性が高いと考えている。
しかもその能力は極めて強大だ。
本人の意思に反して爆発的な跳躍をしてしまうという能力。これは俺の念動力と比較してもエネルギー量が尋常ではない。
だからこそ、この能力の使用には『制約』があるという可能性を考えていた。
念動力の発動には対象を数秒間凝視しなくてはならない、といった条件があるように、ジャンプにもなんらかの発動条件があるものと推測していたのだ。
そしてルカから当時の状況を聞いた事で、『ジャンプの発動には対象に直接触れる必要があるのではないか?』と発動条件に見当をつけたのである。
女の反応を見る限りでは的を射ていたようだが、俺は攻めの手を緩めない。
「それにお前の顔はジャンプの動画で観たことがある。これを偶然だと言い張るつもりか? 見苦しい言い逃れは止めるんだな」
「っ……」
俺は時間があれば異常事件の動画を観ている。これが常人であれば興味本位で観ているだけの話になるところだが、俺の場合は違う。
俺は動画越しにも負の感情が見える。
そう、事件現場で悪意を持った人間を特定する事が出来るのだ。
ネットに投稿されている動画には膨大な数の人間が映っているが、事件現場で悪意を持った人間となると数は絞られる。
そして俺はこの女の顔を――この女の悪意を、見た記憶があるのだ。
そう考えれば、今回の事態を招いたのは俺のミスだったと言わざるを得ない。俺が事前に付き人の顔を確認していれば正体に気付いていた可能性はあるのだ。
確認するまでもなく敵である事が濃厚だったので、わざわざ汚い心を見たくないという思いで避けていた。……俺の弱さが、カリンの誘拐を許したという事だ。
「ルカに触れたにせよ事件現場の動画で観たにせよ、お前をジャンプと断定するには根拠として薄弱だろう。――だが、俺はお前が『そう』だと確信している」
俺がこの女をジャンプだと確信したのは、挙げた二つの要因とは別のものだ。
この女が握手を求めてきた手、その手に殺意が宿っていたのが決定的だった。
俺の視点からすれば手に毒でも仕込んでいるような不自然な光景。これまでの疑惑と併せれば、俺をジャンプで殺す気だとしか思えなかったのだ。
「…………」
女は失言を避けるかのように黙っていた。
何か上手い言い訳を考えているのかも知れないが、俺には嘘が通じないので全くの無意味だ。ここは女がジャンプだと決めつけて尋問に移らせてもらう。
「お前がカリンを狙った理由はなんだ? 神桜家から金で依頼を受けたのか? …………いや、どうやら違うようだな」
俺の質問に対して、女は口を閉ざしたまま沈黙を保っている。
しかし俺には相手の返答など必要ない。感情の動きが見えていれば、相手が口に出さずとも答えが分かるのだ。
一人で会話を成立させているので俺がコミュ障に見えてしまうという欠点はあるが、こればかりはやむを得ないところだろう。
「……そうか、逆か。光人教団がカリンの身柄を求めたのが先か。神桜家でカリンを疎んじている者が協力した形のようだな」
「っ……!」
女の反応を見ながら情報をぶつけていくと、意外な答えに辿り着いた。
神桜家が手配した護衛が裏切っていたので、必然的にカリンの実家側に元凶があると思っていた。だが、実際にはそうでは無かった。
この女の反応からすると、そもそもの発端は光人教団の方だったらしい。
その事実に驚いているのは俺だけではない。俺の背中に背負われたカリンも「えっ!?」と驚きの声を漏らしていた。
――これは謎が更に深まってしまった。
神桜家にカリンを疎んじる者が存在するのはまだ分かる。遺産相続などの問題もあるので、家族間であれば揉め事の一つや二つはあってもおかしくないのだ。
しかし、宗教団体がカリンの身柄を求める理由が分からない。
カリンの将来性を見込んで接触を目論んだにしても、光人教団は誘拐という強硬手段を選んでいる。こんな乱暴な手段ではカリンの敵愾心を煽るだけだろう。
あと三話で第一部は終了となります。
明日は朝と夜に投稿予定。
次回、三五話〔平和的な落としどころ〕