三三話 因縁のような対決
俺は周囲を警戒しながら進んでいた。
この近辺は人が少ないのか、教団員と接触する事もなく順調に歩んでいる。
一階を担当するルカの方は何度か教団員と遭遇したようだが、持ち前の手の早さで即座に黙らせているらしく、まだ大きな騒ぎにはなっていない。
敵と接触しているにも関わらず、騒ぎになっていないどころか進行速度すら落ちていないのは流石のルカだと言えるだろう。
俺たちはお互いに気配を探りながら――金属片を薄板越しに磁石で動かすように動いているので、ルカの進行状況は手に取るように分かるのだ。
そしてスマホをゲットしたおかげで意思疎通にも隙が無い。
「ルカ、次の角を曲がって左にある部屋だ」
『ん、わかった』
ルカも大体の場所は把握しているはずだが、間違った部屋に踏み込んでしまったら目も当てられないので指示を出しておく。
今回は失敗が許されない作戦なので念を入れるに越した事はないのだ。
「おっと、どうやら俺の方が当たりらしいな」
曲がり角からこっそり様子を窺ってみれば、目的地の部屋の前には見張りらしき男が立っていた。わざわざ部屋の前に二人も陣取っている事からしても、あそこにカリンが捕らえられている可能性はかなり高そうだ。
「一応はルカの方も部屋を制圧しておいてくれ。万が一という事もあるからな」
この状況からすると二階の部屋が『当たり』である可能性は高いが、当初の予定通りに一階の部屋もしっかり急襲してもらう。
一人でも戦力的に充分なのでルカと合流するまでもないし、こちらが空振りに終わる可能性も視野に入れなくてはならないのだ。
『ああ、ズッタズタにしてやるっ!』
もはや暴れることしか考えていないルカ。
一応は『殺意の無い相手は殺すな』と伝えてあるが……逆に言えば、相手が殺意を向けてきたらその人間には悲惨な結末が待っているはずだろう。
ともかく、階下はルカに任せるとして問題は俺の方だ。
部屋の前には二人の男。
おそらくは教団服なのだろう、病院の入院着のような服を身に纏っている。
ただ見た目は入院着のようだが、男たちに病弱な様子は欠片も見受けられない。
ゆったりした服越しにも分かるほどの屈強な体付き。腰には銃までぶら下げているので、軍人が入院患者に偽装しているかのような印象を受ける。
ただ、幸いにも連中の職務意識は低い。
部屋の見張りが退屈なのか、周囲に目を配るどころかスマホに視線を向けている。これは中々に悪くない状況だと言えるだろう。
銃で武装した相手に待ち構えられると面倒だったが、見張りがスマホに集中している状態なら気付かれずに接近するのも難しくないはずだ。
廊下に障害物が無いのはネックだが、どのみち俺には進む以外の選択肢は存在しない。俺は腹を決め、自然体を意識して廊下の角を曲がる。
「――おい、なんだお前はッ!」
そして一瞬で発見された。
光人教団の施設に居ながら教団服を着ていないのがアダになったのか、一般平均より高めな身長がアダになってしまったのか。しかし俺はこの程度では動じない。
「そんなに驚いてどうしたんだ? まさか、俺の事を上から聞いてないのか?」
俺はあたかも教団幹部から派遣されてきたかのように振る舞う。
ここで大事なのは圧倒的な自信だ。自分で自分を騙すほどに思い込んでしまえば後ろめたさなど感じさせないのだ。
もはや俺は『おいおい、俺の事を説明してないのかよ!』と、教団幹部に内心で文句を言ってしまうほどになり切っていた。
「なにか聞いてるか?」
「いや、なにも……」
俺の堂々とした態度に流されているらしく、見張りの男たちは困惑した顔だ。
もちろん俺はその間にも足を止めていない。早過ぎず遅過ぎず、相手に警戒されない程度の速度で近付いていく。
そしてある距離に達した瞬間、俺は弾かれたように跳び掛かった。
こちらが親しげな態度だったからか、男たちは銃に手を掛けてすらいない。
「けぇぇぇんッ!」
自分でもよく分からない掛け声で前蹴りを放つと――見張りの男は壁に吸い付けられるように吹き飛んだ。そしてすかさず残る一人をフックで沈めておく。
これで見張りの制圧は完了だ。
しかし意識はしてなかったが、もしも倒した男の名前が『ケン』なら因縁の対決だったような雰囲気はあった。ライバルの名を叫びながら襲い掛かるというアツい展開である。……いや、そんな事はどうでもいい。本当にどうでもいい。
ひと仕事終えて意識が逸れてしまったが、今はカリンの安否を確認すべきだ。
見張りが消えた場所には頑丈そうな厳めしい扉。
中から人の気配は感じられるが、室内の物音は全く聞こえてこない。防音性能が高そうな扉なので外の騒ぎが伝わっていないのだろう。
俺は倒れているケンから鍵を奪い、軽く緊張しながら部屋の扉を開ける。
家具の少ない殺風景な部屋、そこには二人の人間が居た。メイド服を着た若い女と、気丈に唇を固く引き結んでいる子供――カリンだ。
「っ、ビャクッ!?」
カリンは俺の姿を目にした瞬間、驚きに目を丸くした。そして堪えていた感情を溢れさせるように、その瞳にじわっと涙を溜めていく。……敵地に捕えられて気を張っていたようだが、俺の姿を見て気持ちが緩んだのだろう。
「帰りが遅いから迎えに来てやったぞ」
俺が柔らかく語り掛けると、カリンは堰を切ったように駆け寄ってきた。そしてカリンは、俺のズボンをぎゅっと掴む。
「み、みんなが撃たれて、ルカが、ルカが……」
ぼろぼろと涙を零すカリンに、思わず胸を締め付けられた。
カリンは普段の強気さを忘れたように、ただの幼い子供のように泣いていた。
しかしそれも無理はない。カリンの目の前で護衛が撃たれ、ルカが空高くまで飛ばされてしまったという形だ。その心情は察するに余りある。
俺は身体を屈め、カリンの小さな身体をぎゅっと抱き締める。
「カリンの護衛の事は、残念だった。……だが、安心しろ。ルカは無事だ」
護衛が殉職したのは痛ましいが、幸いにもルカの方は怪我一つ負っていない。
カリンはルカも命を落としたと思っているようだが、当時の状況から考えれば自然な思考だと言わざるを得ないだろう。
『カリンなのかっ!?』
そして俺の言葉を裏付けるように、ルカの強い声が部屋中に響き渡った。
スピーカー状態になっていたスマホからカリンの泣き声が聞こえたのだろう、そうなればルカが黙っていられなくなったのも当然だ。
「ル、ルカなの!?」
驚きと喜びが入り混じった涙声。
カリンはぐすぐす泣きながら「ルカ、ルカ……」と名前を繰り返し呼んでいる。それはまるで、ルカの生存を確かめているかのようだった。
「……ルカとは後から話すといい。まだ俺たちにはやるべき事があるからな」
俺はカリンの背中を優しく叩き、そのまま流れるような動作で背中に背負った。
いつもなら文句を言いそうなカリンも、今回ばかりは大人しくおんぶされていた。そして、スマホ越しにルカにも声を掛けておく。
「ルカ、そっちは任せたぞ」
『ああ!』
カリン救出後の行動については事前に打ち合わせをしている。
その行動内容は決して複雑なものではない。一方がカリンの安全を確保して、一方が誘拐犯に制裁を加えるというだけのものだ。
二度とこんな真似ができないように、カリンを悲しませる事がないように、光人教団を徹底的に叩き潰すだけの事だ。
俺たちの最終的な目標は、光人教団のトップである『教祖』の捕縛。
末端の信者はともかく、これほど大掛かりな作戦に教祖が関与していないはずがない。教祖には愚行の報いを受けてもらうつもりだ。
それに教祖はそれなりに社会的地位がある人物なので、教祖を締め上げたらカリンを狙う黒幕の名前が出てくるかも知れないという期待もある。
教団員の中には銃で武装した者も多いだろうが、ルカに任せておけば心配は要らない。正面から戦ってルカに勝てる者が、そうそう存在するはずもないのだ。
次回、三四話〔吊るし上げる名探偵〕