三二話 問答無用の訪問者
光人教団。俺のスマホで軽く調べてみたところ、近年になって台頭してきた新興宗教団体の一つとの事だ。
光人教団の本拠地は森を切り開いた土地に建設されており、周囲にはコンビニどころか人家すら存在していない。
そしてカリンの位置情報は、その光人教団の本拠地を指していた。
「光人教団の施設か……。まさかカリンの誘拐に宗教団体が絡んでいるとはな」
森の中に存在する不自然な人工物。
周囲を高い塀で囲まれている事から、なんとなく要塞のような印象を受ける。少なくとも宗教団体の施設に見えないのは確かだ。
これは途中で車を隠してきて正解だった。
なにしろ施設の入り口には歩哨まで立っているという厳重な警戒ぶりだ。車を置いて森を徒歩で進んでいなければ即座に見つかっていたはずだろう。
「早く行こうぜビャクっ!」
「落ち着けルカ。ここで焦っては慎重にここまで来た意味がない」
俺は逸る気持ちを抑えながら車を走らせてきた。速度超過や信号無視で警察に捕まらないように、細心の注意を払っての運転だ。
俺たちの頼みの綱はGPS発信器。
目立つ真似をして発信器の存在に気付かれたら終わりなので、警察と繋がりのある敵側を警戒させないように注意深く動いていたという訳だ。
ここまで来れば一段落だが、それでもまだ気を抜くのは早過ぎる。
「俺とルカなら力押しで連中を打倒する事は難しくない。……だが、あまり派手に暴れるとカリンを人質に取られる可能性がある」
「うっ……」
俺の気持ち的にも『アクセルとブレーキを間違えた!』とばかりにレンタカーを突っ込ませたいところだが、ここは自制しなくてはならない。
敵にカリンが捕まっている以上、俺たちは可能な限り慎重に動くべきだ。いずれは露見するにしても、ギリギリまで目立たないようにしておきたい。
とりあえずは、施設へ密かに潜入することを前提に考えるべきだろう。
「ラス、施設の上空から偵察してくれるか? 警備体制の概要が知りたい」
「カァッ!」
任せておけ、と言わんばかりの力強い鳴き声。
本来ならラスを危険な事に巻き込むのは本意ではないが、カリンは俺の友人でありラスの友人でもあるので遠慮はしない。
ラス自身も協力を望んでいるので、ここは素直に力を借りさせてもらう。施設は高い塀に囲まれているが、空を飛べるラスにとっては塀など障害にならないのだ。
大きく翼を広げて飛び立っていくラスを見届け、俺はスマホに視線を落とす。
カリンが入れたマップの解像度は高い。
広大な敷地面積を持つ光人教団の施設。その施設のどの辺りにカリンが居るのかも分かるほどだ。これだけ分かっていればカリンの救出も難しくはないだろう。
「――ッカァ、侵入するなら東側からだな。塀沿いに生えてる木が敷地内まで枝を伸ばしてるんだがよ、相棒なら木の枝から建屋の二階まで跳び移れると思うぜ」
偵察から戻ってきたラスの情報は、俺が期待していた以上のものだった。
ロープはあるのでルカが侵入してから引き上げてもらおうと思っていたが、木から跳び移れるならそれに越した事はない。
敷地に侵入している枝の伐採を怠るとは無用心な話だが、一応は宗教団体の施設なのでセキュリティ意識はそんなものなのだろう。
「よくやったラス。これから俺とルカが侵入するから森で待っていてくれ」
「……」
カラスの頭に手を置いて成果を褒め称えると、ラスは物言いたげな様子で俺を見上げた。その瞳には、どこか寂しそうな色がある。……まったく、このカラスは。
「ラス、お前は充分に役目を果たした。次は俺とルカの番というだけだ」
このカラスは普段は余計な事までべらべらと喋っているくせに、こんな時ばかりは言葉を内に封じ込めている。
肝心な場面で置いてけぼりを受けるのが寂しいのだろうが、これはただの適材適所だ。ラスは既に役目を果たしたのだから胸を張って待っているだけで良い。
「……ッカァ。それじゃあオレ様は高見の見物をさせてもらうぜ」
カラスの頭に手を置いたまま親指で額を撫でていると、ラスはむずがるように首を動かしながら憎まれ口を叩いた。
ここからは俺とルカの仕事になるが、俺たちがやるべき事は単純な救出作業ではない。俺とルカが目指すところは、完全勝利。
カリンに自責の念を感じさせない為にも、散歩の途中で立ち寄ったくらいの気軽さでカリンの前に立たなくてはならない。
「――なるほど。ラスの言う通り、ここからなら容易に侵入出来そうだな」
ラスに案内された場所は中々の侵入スポットだった。木の上から目算する限りでは窓の縁まで少し距離があるが、俺やルカなら充分に跳べる距離だと言える。
「あの窓にはカギが掛かってるが、相棒なら問題にならないだろ?」
ラスの問い掛けに、俺は自信満々で頷く。
もちろん窓を破壊して侵入するわけではない。ルカなどは窓ガラスを体当たりで破った前科があるが、そんな派手な真似をすれば施設内は大騒ぎだ。
侵入の発覚は少しでも遅らせるべきなので、俺たちの行動には隠密性が求められる。こんな時には俺の隠し玉――念動力の出番だ。
念動力の使用には幾つかの制限があるが、『窓のカギ開け』という作業は使用条件にピタリと嵌まる。視認可能な場所であり、数秒間の凝視が可能な状況。これほど念動力に向いている作業はないと言えるほどだ。
「ではルカ、一階の方はお前に任せたからな」
「ああ、ギッタギタにしてやるっ!」
潜入前に最後の確認を取ると、ルカからは戦意に溢れた声が返ってきた。
救出作戦というよりは殲滅作戦に赴くかのような勢いだが、最終的にカリンの救出という目的を達成出来ればいいので咎めたりはしない。
――そしてそう、俺とルカは施設内で別行動を取るつもりでいる。
なにしろGPSの位置情報では『高さ』が分からない。この施設は二階建てなので、一階か二階のどちらにカリンが居るのか分からないのだ。
そこで、各階に戦力を分散しての急襲だ。
俺が二階、ルカが一階。
同時に攻めればどちらにカリンが居たとしても問題無いという訳だ。……もしも地階が存在したとしても、ルカならば地下の空間に気付くはずだろう。
最悪のケースは発信器だけが部屋に置いてあるという状況だが、ルカが『近くからカリンの匂いがする』と言っているので遠くない場所に居るのは間違いない。
いざとなったら教団施設を更地にしてでもカリンを探し出してみせよう。
「……相棒、嬢ちゃんを頼んだぜ」
ラスの激励を背中に受け、俺は木の枝から身を踊らせた。
首尾よく窓枠を掴み、動け動けと念じて窓のカギをカチリと解錠する。そしてすかさず窓を開いて颯爽と室内に滑り込む。
まさに流れるような家屋侵入。
我ながら恐ろしい空き巣スキルである。
ラスからよく『相棒には探偵より向いてる仕事があると思うぜ』と言われているが、俺に空き巣の適性がある事は認めざるを得ないところだ。
俺は窓を大きく開き、木の枝で待機しているルカに合図を送る。
――ふわり。
俺の合図を受けたルカは、重力など存在していないような動きで舞い降りた。
目を見張るほどの身のこなし。なにやら空き巣のプライドを刺激されてしまう。
しかし、呑気に感心している暇はなかった。
ルカと廊下で合流した直後、不意に近くの部屋の扉がガチャリと開いたのだ。
もちろん俺は即座に反応している。
ノブが動いた瞬間には、条件反射のように扉に素早く駆け寄っていた。
扉から現れたのは中年の男。俺は有無を言わさず鳩尾に拳を打ち込み、男がうずくまったところで後頭部をゴスッと強打する。
「っぐっ……」
小さな呻き声を上げて意識を失う男。
息を潜めて周囲の気配を窺うが、スピード解決だったおかげか他の人間には気付かれていないようだ。……いきなり部屋の扉が開いたので肝が冷えさせられた。
部屋から出てきた男の無警戒ぶりからすると、侵入の物音が聞こえたわけではなく偶然に部屋から出てきただけなのだろうと思う。
「よし、この男はスマホを持っているな。これはルカが持っていろ。通話中にしておけばいつでも連絡が取れるからな」
戦利品としてスマホをゲットしたのでルカに渡しておく。
不幸中の幸いと言うべきか、ここで予備のスマホを得られたのは幸運だった。ルカは通信手段を持っていないので別行動において不便だったのだ。
「ん、ビャクの声が聞こえるな」
ルカは同じ時代に生きる人間とは思えない反応をしていた。
この少女は食わず嫌いのように機械製品を避けている節があるので、この様子からしてもスマホを使うのは今回が初めてなのだろう。
俺の声が聞こえるのが嬉しいのか、ルカは「アタシの声も聞こえるか!?」とスマホに向けて弾んだ声を上げている。……うむ、もちろん直接聞こえている!
「よしよし、そのスマホを壊さないように気をつけるんだぞ。では、ルカはあそこの階段から一階に向かうんだ」
孫にスマホを買い与えたおじいちゃんのような気持ちで注意を促しつつ、スマホに夢中になっているルカに階段の場所を指し示す。
もちろん昏倒した男を部屋に押し込めておく事も忘れない。……なんとなく、一連の行動だけを見ると強盗の所業のような気がしないでもなかった。
実際のところ、スマホ提供者の男が誘拐犯の一味なのかは分かっていない。
カリンの誘拐には光人教団の一部だけが関与していて、末端の人間は知らないという可能性はあるのだ。――しかし、俺はそんな事を忖度しない。
最優先すべきはカリンの身の安全。
わざわざ教団員の一人一人に確認を取っていくような余裕はないので『疑わしきは罰する』の精神で、スピードを重視してやらせてもらうのみだ。
明日は昼と夜に投稿予定。
次回、三三話〔因縁のような対決〕