三十話 望まれた平穏
襲撃犯たちを撃退してから二週間。襲撃を命じた首謀者の特定については難航しているが、幸いにも先の襲撃事件から敵側に動きはない。
これは大掛かりな襲撃計画を潰した影響も大きいのだろうが、一方ではルカ――『海龍』の名が抑止力になっている可能性も高いと考えている。
なんでも上流階級の間では『海龍を敵に回してはならない』という暗黙の了解があるらしく、海龍が護衛に付いているという事実だけで抑止力になるらしいのだ。
まぁ実際、ルカの戦闘力を見れば海龍が恐れられているのも納得ではある。
「相棒、今日も嬢ちゃんたちは来るのか?」
テレビを観ていたカラスが不意に顔を向けた。
ラスが『今日も』と言っている通り、カリンとルカは学園が終わると日課のように事務所を訪れている。もちろん、当面の危機は去っているので訪問の目的があるわけではない。ただ学園帰りに友人の家に集まるような感覚で来ているだけだ。
「特に約束は無いが、今日は俺が休みだと知ってるから来るんじゃないか?」
「まったく……物好きな嬢ちゃんたちだぜ」
呆れた口調ながらも嬉しそうなラス。
カリンにルカ、そして鳥類のラス。三者三様のトリオではあるが、邪心のない性質が似ているからなのかラスたちは仲が良いのだ。
ちなみにルカにラスを紹介した際の反応は、こちらが拍子抜けしてしまうほどに軽々としたものだった。世にも珍しい喋るカラスにも動じることなく『おうっ!』と自然に受け入れていたのだ。
俺の念動力を披露しても当然のように受け入れていたので、ルカの順応性は驚異的だと言えるだろう。……パイタッチに利用したという事実には動揺していたが。
ともあれ、交友関係の狭い三者が仲良くしている光景は実に微笑ましい。
「しかしラス、国会中継のどこが面白いんだ?」
俺と会話をしながらテレビにも意識を向けていたので気になった。
なぜかこのカラスは国会中継がお気に入りらしく、国会の会期中には事務所のテレビで頻繁に視聴しているのだ。
ラスが好んで観ているのでチャンネルを変えたりはしないが、負の感情が見える俺にとって国会中継は面白いものではない。
権謀術数が露骨に見えてしまうのだから当然だ。
そもそも国民の代表の会議でありながら野次や罵声が飛び交っているのは如何なものか。子供に『これが国家運営を決める会議だ』と胸を張って観せられないばかりか、人間としてカラスに観せるのにも抵抗感を覚えるのだ。
「ッカァ、この歪んだ人間模様が面白いんだよ」
このカラス、鳥だけあって俯瞰視点で国会中継を見ているようだ。
ラスの教育に問題がありそうなので、家主権限で健全な教育番組に変えるべきだろうか……いや、ラスが楽しんでいるのに強権発動は申し訳ない。
ここは話題を振って気を散らすとしよう。
「会議と言えば、神桜家でも定期的に家族会議を開催しているらしいな」
詳しい会議内容は知らないが、神桜家では定期的に話し合いの場を設けていると聞いた。もちろん、神桜家だけあって一般家庭のそれとは一線を画している。
なにしろ神桜家の家族会議には『参加資格』なるものが必要らしいのだ。
家族会議への参加資格。普通に考えれば家族なら無条件で参加資格がありそうなものだが、しかし神桜家は違う。血族の中でも『実績のある者のみ』が参加を許されるという殺伐とした会議、それが神桜家の家族会議だ。
特許持ちのカリンですら会議に呼ばれた事がないらしいので、参加資格のハードルの高さが窺い知れるというものだろう。
個人的にはそんな殺伐とした会議に参加する必要性もないと思うが、それでもカリンは家族会議への参加を目標にしているようだ。
本人から直接聞いたわけではないが、おそらく自分が一族から認められる事で母親の地位向上を目指しているのだろうと思う。……カリンの活躍次第で妾から四人目の正妻になるという訳だ。
「神桜家の会議か。嬢ちゃんが参加資格を得たら懐に忍ばせてもらうかな」
どうやらラスは神桜家の家族会議にも興味津々のようだ。物好きなカラスらしいと言えばらしいが、懐に忍んで動向するとは大胆不敵に過ぎる。
「手品師がポケットにハトを忍ばせるように同行する気か? いくらなんでもカリンの体躯では無理があるだろう」
俺くらいの体格なら『俺は胸板が厚いんだ!』とばかりに隠れられるだろうが、幼女体型のカリンでは隠れる余地がないのは明らかだ。
しかもカラスは間近で見ると意外に大きい。
「おいおい相棒よぉ、嬢ちゃんだって成長するんだぜ? 参加資格を得るまでは時間が掛かるだろうし、その頃には嬢ちゃんも一人前の淑女になってるだろうよ」
小生意気なラスはやれやれと息を吐く。
確かにカリンの成長した姿が想像できなかったのは事実だが、一人前の淑女が懐にカラスを入れるかどうかは疑問が残るところだろう。
そもそもラスは懐から『異議あり!』と勝手に発言しそうな危うさがある……いや、その前にボディチェックで引っ掛かるのが先だろうか?
「まぁラスを懐に入れるのはともかく、カリンなら将来的に参加資格を得る可能性は高いだろう。あれで着々と実績を積み上げているようだからな」
「ルカの嬢ちゃんを護衛にした事で評価されたって言ってたなぁ……」
簡単には雇えないと言われている海龍。
その海龍を独力で雇い入れたのが評価に繋がったとの事らしい。
結果的にルカの家柄を利用する形になったのは複雑な思いだが、当のルカは気にしていないので素直に副次効果を甘受すべきなのだろう。
「カリンは複雑そうだったが、家での発言力が増している事は歓迎すべきだろう。護衛や運転手に関する人事も、カリンの希望通りに事が運んでいるらしいからな」
過程はどうあれ、結果的にカリンの地位が向上した事は喜ばしい。
もっとも、神桜家が手配した護衛が二度も造反しているという状況だ。カリンの意見が尊重されるのは当然と言えば当然だろう。
それにしても、先の襲撃事件でカリンの近辺を掃除出来たのは大きかった。
事件直後は人手不足に陥ったりもしたが、最近では従来の護衛たちが怪我から復帰しているので俺が出張る必要性もなくなっている。
難点があるとすれば……敵側の人間を身近から一掃した影響なのか、神桜家から付き人を押し付けられたくらいのものだ。
俺は直接顔を合わせていないが、ルカが『あいつは嫌な感じがする』と言っていたので敵が送り込んできた人間と考えて間違いない。
……とは言え、その付き人は細腕の若い女だ。おそらくは諜報員の類だと思われるので、こちらが油断しなければ大きな問題にはならないはずだ。
「カァッ。護衛が揃ってきたって事は、ようやく相棒もお役御免か」
「ああ、本来あるべき形だな。あとはカリンを狙っている人間を見つけるだけだ」
襲撃を命じた人間を少しずつ辿ってはいるが、最近では接触そのものが難しい相手になっているのが現状だ。一般人が相手ならともかく、社会的地位の高い人間となると軽く話し掛けるだけでも一苦労なのだ。
だがしかし、時間を掛けて調査すれば相手の行動パターンが読み取れる。
対象と面会のアポイントが取れなくても、移動の車に乗り込むタイミングなどで接触出来るという事だ。……本当はもっと手っ取り早いやり方を選びたいところだが、神桜家関係で警察沙汰になるとカリンを悲しませてしまうので仕方ない。
何かと時間が掛かってはいるが、それでも捜査は少しずつ前進している。
このまま調査を進めていけば、遠からず襲撃犯の黒幕に辿り着くはずだろう。
明日も朝と夜に投稿予定。
次回、三一話〔暗転の足音〕




