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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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二九話 野生児と若者の街

 眼前の道を行き交うのは若者が多かった。

 ここは『若者の街』と揶揄されるほどの街なので当然と言えば当然だ。


 俺もまだ二十歳なので若いと言えば若いのだが、それでも街から浮いているような感覚を受けてしまうのは否めない。

 せめてもの救いは、今の俺には若い同行者が存在しているという事だろう。


「ルカ、この店のポテトが気に入ったようだな」

「んぐっ、ん」


 ポテトを口いっぱいに頬張りながら頷くのは、十代半ばの少女であるルカ。

 どうやらファーストフード店のポテトがお気に召したらしく、見ているだけで胃もたれしそうなほどのポテトの山を前にしてご満悦だ。

 電話も通じない秘境で育っただけあってジャンクフードが新鮮なのだろう。 


「しかしルカが正式に神桜家で働く事になったのは喜ばしいが、護衛対象を殴り飛ばした件については大丈夫だったのか?」

「んぐぐっ……」


 父親に話してくると言って実家に帰っていたルカだったが、帰還後は揉める事もなくカリンの護衛に採用されていた。


 カリンが個人的に雇ったという扱いなので神桜家側は問題無いにしても、ルカの父親は元護衛対象をフライングさせた件についてどう考えているのか。


「……んっ。アタシの親父は『よくやった』って言ってたぞ」


 よ、よくやっただと……。

 どこをどう考えればフライングハム事件に『いいね!』が見つかるのだろう?


 最初からハム少年をターゲットにしていたというのなら話も分かるが、このルカにそんな迂遠な真似をさせるとも思えない。


 ルカの父親はとんでもないプラス思考なのか、それとも自分の娘に対して甘過ぎるのか。これまでの話を聞く限りでは両方の可能性もあり得るところだ。


 しかし、それにしても……ルカの父親のスタンスを聞けば、フライングハム事件が大きな問題になっていない事も納得がいく。


 海龍家は政財界に太いパイプを持っているとの話なので、父親が協力的なら事件の沈静化も難しくなかったはずなのだ。


「そ、そうか。……だが、ルカ。カリンに暴力を振るうのは許さんからな」

「あんな子供を殴るわけないだろっ!」


 念の為に釘を刺すと、ルカから噛みつきそうな剣幕で怒鳴られてしまった。

 侮辱的な発言で怒らせてしまったのは申し訳ないが、この野生児にも最低限の分別が存在する事が確認出来たのは喜ばしい。……カリンと同い年の子供であるハム少年が殴り飛ばされているという事実は気にしてはいけないのだ。


「ああ、その通りだな。もちろんルカなら分かっていると信じていたぞ。――ほら、チキンナゲットをやろう」

「はむ……」


 チキンナゲットをハムハムしながら機嫌を直すルカ。微笑ましくはあるが、あまりにも簡単に流されているので将来が心配になるのは否めない。


 しかし、ルカが口にした『はむ』という言葉。


 これは好意的に解釈すれば『ハム、お前にはやり過ぎちゃったな』と反省の弁を述べているように聞こえなくもない。


 元護衛対象をハム呼ばわりするのは問題だが、ルカが無意識下で反省しているのは評価すべきなのだろう。よかったよかった。


「それにしてもだ。ルカがこっちに戻ってきたのはいいが、荷物も持たずに着の身着のままでやって来るというのはどうなんだ」


 襲撃事件の後、ルカは『親父と話してくる』と言って俺たちと別れていた。

 そして約束通りに神桜家に戻ってきたまでは良かったが、あろう事かルカは完全な手ぶらでやって来てしまったのだ。


「ん〜っ……アタシは荷物持つの嫌いなんだよ」


 お嬢様のような事を言い出すルカ。

 だが、ルカは世間から隔絶した山奥で育った少女だ。そう考えれば箱入り娘のお嬢様と言えるのかも知れない。


「いくらなんでも着替えくらいは持参しろ。今日買った分だけで大丈夫なのか?」

「ん、多分」


 今日という日に俺とルカが街に出てきた理由は他でもない、ルカの身の回りの品を購入する為だった。本来なら共通の友人でありルカの護衛対象でもあるカリンも誘うべきところだが、カリンは学園で授業中なのでこの場には居ない。


 なにしろ今は平日の昼間。買い物の付き合いで学園をサボらせるのは論外だ。

 ちなみに俺がルカの買い物に付き合っているのは、野生児を一人で買い物に行かせる事が心配だったという理由もあるが……同行の理由はそれだけではない。


 何を隠そう、俺はルカに負い目があったのだ。


 負い目と言ってもパイタッチ事件の事ではない。あの件に関しては全く気にしていない。俺が責任を感じているのは、護衛勧誘の件で言葉足らずだった事だ。


 そう――俺はカリンの正式な護衛ではない、と告げるのを忘れていたのだ。


 ルカは俺と一緒に護衛をするものと思っていたらしく、神桜家を訪問するなり『なんでビャクがいないんだよ!?』と騒いでいたらしいのである。


 ルカからすれば勧誘した張本人がいないのだから文句を言うのも当然だ。

 巷のブラック企業では『設計職で採用されたはずなのに配属は営業職!』というミラクルプレーが起きる事もあるらしいが、今回ばかりはそれを批判できない。


 おっと、そういえば……ルカの職場環境の件で一つ思い出した。


「まだ聞いてなかったが、ルカがこれから住む場所はどの辺りなんだ? 神桜家から近いマンションの一室でも用意してもらったのか?」

「ん? 何言ってんだよ。そんなのカリンと同じトコに決まってるだろ」


 自明の理を述べるような言葉に、俺は思わず意表を突かれた。

 なにしろ神桜家への立ち入りは簡単には許可が下りないと聞いている。


 長く仕えている使用人ならともかく、採用直後であるルカの居住許可が下りるとは思えないのだが…………いや、待てよ。


 ルカの実家である『海龍』は要人警護の名門。実際に神桜家でも海龍の人間を雇っているという話だった。信頼と実績のある海龍の人間ならば、ルカの例外的な扱いも当然なのかも知れない。


「ルカは神桜家で住み込みか……。屋敷を外から探った限りでは人の気配は少ないが、やはり家の中に住んでいる人間は少ないのか?」

「全然いないぞ。メシの時なんか、でっかいテーブルにアタシとカリンだけだ」


 この話からすると、ルカは護衛でありながら護衛対象と一緒に食事をしているようだ。上流階級のイメージにはそぐわない光景ではあるが、これはルカの無遠慮なところが功を奏したと言える。


 なにしろ現在で『二人だけ』という事は、これまでカリンは一人で食事をしていたという事になる。カリンの食事相手が出来たのは喜ばしい話だろう。


「家に住んでいる他の人間、カリンの家族とはもう会ったのか?」

「んん、会ってない。アタシの兄貴がカリンの姉ちゃんと一緒に居るみたいだけど、あの家には滅多に帰ってきてないらしいぞ」


 屋敷には人の気配が少ないと感じていたが、実際に住み暮らしている人間が少ないのならそれも道理だ。神桜家の人間ともなれば居宅が複数あってもおかしくないので、おそらく普段はあの屋敷を利用していないのだろう。……これまでカリンが孤独な生活を送っていたと思うと同情を禁じ得ない。


 もう少しだけあの幼女を甘やかそうと考えていると、ルカが急に何かを思い出したように「そうだっ!」と目を輝かせた。


「兄貴で思い出したけど、アタシの親父がビャクに会いたがってたぞ!」


 なっ、なぜ!?

 ルカの父親は『大人は殺しても構わんが子供は殺すな』という脅威の教育方針を持つ危険人物。なぜそんなサイコキラーな人物が俺に興味を持ったのか……?


「会いたがってた、というのは何か理由があるのか? というかルカ、俺の事をどうやって父親に説明したんだ」

「ん〜っ……ビャクの事をそのまま話しただけだけど。次にアタシが帰ってくる時は、絶対にビャクを連れてこいって言ってたな」


 不穏な予感をひしひしと感じる。

 娘の友人を家に誘うだけで『絶対』という強い単語が出てくるのは不自然だ。


 特にルカの父親の気を引いた心当たりはないが……もしかして、パイタッチ事件についてのクレームだろうか?


 いや、あれはダイレクトタッチしたわけでもないので問題は無い。言うなれば風のイタズラのようなものなのだ。


「そうか……まぁ、機会があったらその内な」

「おうっ、絶対だぞ!」


 俺がルカの実家を訪れる可能性は、大学生が気乗りしない飲み会に誘われた際に『あ〜、行けたら行く』と答えて実際に参加するくらいの確率だ。

 俺の訪問を楽しみにしているルカには悪いが、ここは君子危うきに近寄らずが正解だろう。そもそもルカの実家は気軽に行けない場所という事もあるのだ。


次回、三十話〔望まれた平穏〕

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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらず覚山覚さんの小説は軽妙で面白いですね。 主人公ビャクも程よくズレていて、今後も周りを振り回しながらカリンやルカの可愛さを引き出してくれるのを楽しみにしています。
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