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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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二八話 新生する看板

「――ん、これで完成よ。刮目(かつもく)して見なさい」


 ご機嫌を取りながら作業を見守っていると、カリンが不遜な顔で宣言した。

 俺がホームページを作成した際にはそれなりに時間が掛かったが、その時とは全く比較にならない早さだ。それでも肝心の出来栄えはどうなのか、と覗き込む。


「どれどれ……こ、これは!?」


 俺は思わず目を見張った。

 カリンは一から作り直すと言っていたが、このホームページは確かに別物だ。


 トップページしか存在しなかったホームページには、今や幾つかのリンクが張られているが、情報量が増えているにも関わらずゴチャゴチャしていない。

 見やすくも洗練されたデザインだ。


「ほ、ほう、これはこれは」


 俺は動揺を抑え込んでリンクを確認していく。

 まずはメールフォーム。カリンが絶対に必要不可欠と豪語していたものだ。


 これまでのホームページでは事務所の住所を載せていたが、これは言うなれば一方的に情報を発信していた形だった。


 しかしメールフォームが作られた事によって、仕事の依頼などの情報の受信が可能となった。これだけでも大きな進歩だと言えるだろう。


 だが、それにしても……メールフォームやアクセスマップなどの項目は分かるが、この『経営理念』という項目はなんなのだろう?


 経営理念という単語には見当がつかない。

 果たして、俺はどのような経営理念を持っているのだろうか?


 緊張と期待を抱いてクリックしてみると――『当探偵事務所ではお客様第一主義をモットーに迅速な対応を心掛けて……』などと美辞麗句が並んでいた!


 こ、これはすごいぞ……。

 俺の経営理念なのに全く心当たりのない事が書かれている……!


「ど、どうかしら? 同業他社のサイトを参考にして作ってみたんだけど……」


 勝手に俺を『お客様第一主義』にした事に気付いてしまったのか、カリンの表情には不安が見え隠れしていた。

 確かに中々のスタンドプレーではあるが、もちろん俺の答えは決まっている。


「素晴らしい、素晴らしいぞカリン。これは予想を遥かに上回る出来映えだ」


 俺は上機嫌でカリンの頭をわしわしと撫でる。

 ホームページの記載内容には真偽が怪しい部分もあるが、それはそれで味わいがあって悪くない。むしろ堂々とハッタリを利かせる手法は俺好みだ。


「ふ、ふん……この私が作ったんだから出来が良いのは当然よ!」


 カリンは憎まれ口を叩きつつも溢れるような笑顔だ。自分の成果が認められたのが嬉しいのだろう、頬を上気させて満足そうにしている。


 しかし本当に素晴らしい完成度だ。


 探偵事務所の紹介文にある『全てのお客様から高い評価を得られています』という文言も心憎い。過去の依頼実績は猫探しの一件だけにも関わらず、まるでベテランの敏腕探偵であるかのような印象を受けてしまうのだ。


「いや、本当に凄い。これほどのものを短時間で作成するとは尋常ではないな」


 カリンの頭を撫で撫でしながら褒めそやす。

 意地っ張りな幼女は「み、みだりに女の子の頭に触るのは止めなさいよ」と文句を言っているが、実際にはニコニコの笑顔で受け入れているので説得力がない。


 このホームページにあえて難癖をつけるとすれば、俺が作成した初代の面影が消えてしまった事くらいだろうか?


 なんと言えばいいのか、純朴な息子を都会に送り出したら別人になってしまったような寂しさがある――『今夜も合コンだぜ、ウェーイ!』


「それから、あんたの写真も載せた方が良いんじゃないかしら? あんたは、その……み、見てくれはそんなに悪くないんだから」


 カリンは照れ照れしながら提案した。

 過去にはオッサン呼ばわりされていたが、一応は評価を貰えていたようだ。


 俺は学生時代にはモテていたので外見はそこそこなのだろうという自負はあるが……しかし、ネットの海に近影を晒すのは抵抗がある。


 俺の顔立ちは全体的に濃く、どこかエスニックな異国の香りを感じさせる。

 コンプレックスと言うほどではないが、幼少期には風貌をからかわれる事も多かったので公に晒すのは躊躇してしまうのだ。


「俺の写真は載せずとも良いだろう。……見てくれが良いと言えば、俺よりもカリンの方だ。思い切ってカリンの写真を載せるのはどうだ?」

「な、なに言ってんのよ! 私の写真なんて全然関係ないじゃないの!」


 話を逸らしがてら提案すると、カリンからは至極真っ当な言い分が返ってきた。

 しかし思いつきの提案だが、カリンが被写体として優秀なのは間違いない。


「トップページに制服姿のカリンを載せればアクセス数が跳ね上がりそうだな。……いや、顔出しはまずいか。目を片手で隠せばセーフだろうか?」

「いかがわしい写真みたいじゃないの!」


 軽いジョークに憤慨するカリン。

 いかがわしい写真を知っていたのは少々意外だが、よく考えてみればこのビルの一階には風俗案内所がある。おそらく事務所への来訪時にその手の写真を目に入れていたのだろう。……このビルは情操教育に良くないと改めて実感させられる。


「それにしても……先日の借りを返すという話だったが、これほどの出来となると過分な対価ではないだろうか?」 


 カリンの提案を気軽に受け入れてしまったが、これは俺の想像以上に完成度の高い代物だ。作業前に『知識として知っていても実際にホームページを作るのは初めて』などと言っていたので油断していた。


 子供の初めてのおつかいに『シメジ買ってきてね』と頼んだら『はい、松茸より高い天然物の本シメジ!』と返ってきたような心境だ。

 これほど過分な対価を受けてしまっては申し訳ない気持ちが拭えない。


「あの連中は銃まで持ってたのよ? むしろ対価としては全然足りないわよ」


 カリンは呆れているように俺を諭すが、これは互いの価値観の相違だろう。

 俺にとっては頭脳労働よりも肉体労働の方が容易いので、こちらからすれば労力のウエイトはカリンの方が遥かに上だ。……探偵として頭脳労働の領分を侵害されるのは悔しいが。


 そもそも見返りを要求して護衛をしていたわけではないので、カリンから対価を受け取るだけでも抵抗感があるのだ。


「あんたって大雑把な癖に面倒臭いトコあるわよね……。いいわ、あんたのスマホをちょっと貸してみなさい」


 俺が軽く悩んでいると、なぜかカリンは俺のスマホを要求した。この流れでなぜ? と思いつつも、とりあえず素直にスマホを渡しておく。


「あっさり渡しすぎじゃないの?」


 自分で要求しておいて文句を付けるカリン。

 確かにスマホは情報の塊。本来ならば管理には細心の注意を払うべきだろう。

 だが、今回のような場合は例外だ。


「俺が気兼ねなくスマホを渡しているのは、相手がお前だからだ」

「……そ、そう」


 カリンは言葉少なに顔を逸らした。

 その横顔が綻んでいるところを見る限り、俺からの信頼を嬉しく思いつつも照れているようだ。……しかし、俺のスマホを要求するカリンの目的が読めない。


 スマホをノートパソコンに繋いでなんらかの作業を始めているが、俺の拙いPCスキルでは作業内容が判然としないのだ。


 もしかすると、スマホにSNSの類をインストールするつもりなのだろうか?

 以前にカリンと連絡先を交換した際、俺が流行りのSNSを利用していない事に不満を持っていた記憶があるのだ。


「か、過分な対価って事だったから、これをスマホに入れておいてあげたわ」


 カリンは顔を赤らめてスマホを返す。

 なぜか気恥ずかしそうな様子だが、ひょっとして待ち受け画面をカリンのセクシー写真にされてしまったのだろうか? 

 それを警察に見られると完全にアウトなので止めてほしいのだが……。


「……これとは、この()()()の事か? なにやら見覚えのないアイコンだな」


 戦々恐々な気持ちでスマホを確認したところ、スマホのホーム画面には見覚えのないアイコンが生まれていた。有名どころのアイコンは大体把握しているつもりだったが、それでもこのアイコンは完全に初見のものだ。


「それは私が作ったアプリなんだから当然よ」


 アプリを作った……?

 この幼女のスキルが高いことは思い知らされていたが、まさかアプリまで自作してしまうようなレベルだったのか……。


「とんでもない奴だな……いや、評価するのは実際に確認してからか」


 これは見せかけだけのアプリという可能性もある。実際にアプリの機能を確認する前に判断を下してしまうのは早計だ。


 しかし……ホームページの作成が過分な対価だったとして、なぜそこから俺のスマホにアプリを入れるという展開になるのだろうか?

 俺は疑問を抱きつつアイコンをタップする。


「これは……この探偵事務所の地図か」


 問題のアプリを起動した直後、俺のスマホには近辺のマップが表示されていた。

 マップの中心にあるのは探偵事務所。

 ご丁寧にも雑居ビルにマーカーが付いているので見間違いようがなかった。


「ふふん、それはただの地図なんかじゃないわ。そこにマーカーがあるでしょ? それは『コレ』を指しているのよ」


 カリンは得意げな様子でごそごそと身体を漁る。

 幼女が首筋から引っ張り出してきたのは、花弁を模したお洒落なペンダントだ。

 そして、カリンは驚くべき事を口にする。


「これも自作なんだけどね。このペンダントにはGPSが入ってて、アプリを起動すれば常に私の居場所が分かるのよ」


 な、なんとぉっ!?

 女子中学生の現在地を常にロックオン!

 なんてこった、明らかに犯罪の臭いしかしないではないか……!


「カリン、お前…………いや、そうか。これは自分が誘拐された時の為の保険か」


 俺を本格的に犯罪者にするつもりかと勘繰ったが、言葉の途中で気が付いた。

 敵はどういうわけだかカリンの誘拐を目的としている。カリンの立場としては、俺に現在地を把握してもらえれば安心出来るという事なのだろう。


「その通りよ。……で、でも、邪魔だったら、アプリをすぐに消すわ」

「いや、別に構わないぞ。今後はルカが居るから滅多な事はないと思うが、何かあったらすぐに俺が駆けつけてやろう」


 不安そうな顔になったカリンを安心させておく。

 この幼女は勢いをつけて強気な態度を取っているようなところがあるので、一度冷静になると途端に弱気になってしまうのだ。


 実際のところ、俺がアプリを入れているだけでカリンが安心出来るなら断る理由はない。普段はそれほどスマホを使わないので電池残量などの問題も無いのだ。


「べ、別にあんたが来なくてもいいわ。警察に連絡するだけで充分よ」


 基本的には危険な事に巻き込みたくないのか、カリンは救出を求めなかった。

 それでも俺に保険を残しているのは、カリンには他に信用出来る人間が少ないからなのだろう。だが、カリンが遠慮しようとしても俺はそれを許さない。


「生憎だが、カリンの意思は関係ない。俺が動くべきだと判断したら、たとえお前が嫌がっても勝手に動くつもりだ」

「なによそれ…………バカ」


 カリンは俯いたまま、聞こえないくらいに小さな声を漏らした。

 実際のところ、今後についてはルカが協力してくれるので心配していない。


 将来的には従来のカリンの護衛たちも復帰するはずなので、今後はますます盤石の構えとなっていく事だろう。


明日は朝と夜に投稿予定。

次回、二九話〔野生児と若者の街〕

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