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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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二七話 汚名返上の幼女

 慌ただしい夜が過ぎた翌日。

 探偵事務所には俺とカリンの二人だけが居た。


 本来なら護衛を引き受けたルカも一緒に居て然るべきだが、現在のルカは実家に帰省しているのでここには居ない。


 なにしろルカは父親の命令でハム少年の護衛をしていた立場。何事も無かったように護衛対象を変更するわけにはいかないという事で、最低限の義理を通すべく『親父に話してくるっ!』と実家に向かったのだ。


 報告なら電話で伝えればいいと思うところだが、それを指摘したら『家に電話なんてあるわけないだろ!』と怒られてしまったので仕方ない。……実家は山奥らしいので印象通りの野生育ちという事なのだろう。


「……それにしても、カリンは本当に出来る子だったんだな」


 カリンはノートパソコンを事務所に持ち込み、凄まじいタイピング速度で作業をこなしていた。この幼女は運動音痴のイメージが強かったのだが、汚名返上とばかりに流れるような指捌きだ。


「ふふん、私を誰だと思ってるのよ」


 鼻高々で実力を誇るカリン。

 これまで優秀なところを見せる機会が無かった事もあってか、この世の春が訪れたかのように活き活きとしている。

 ただ、その能力が高過ぎるが故の問題もある。


「入力が速過ぎるのもそうだが、傍から見ていると何をやっているのか全く分からんな。何か凄いことをしているような雰囲気はあるが……」


 事前に作業内容を聞いてはいるが、俺のPCスキルとは次元が違い過ぎるので凄さが伝わりにくい。格闘技でも上級者同士の攻防が素人には伝わらなかったりするが、今回の場合もそれと近しいものを感じている。


「別に大した事はやってないわよ。既存のものとは比べ物にならないけど」

「ほほう、大口を叩くではないか。アップデート後のホームページが楽しみだな」

「アップデートっていうか……もう最初から作り直してるようなものよ」


 既存品を全否定する小癪な幼女。

 俺が作ったホームページが軽んじられるのは屈辱だが、同時にカリンによるアップデートが楽しみでもあった。


 そしてそう、ホームページのアップデート。


 事の発端は襲撃事件の解決後――『一方的に借りを作るのは神桜の名が廃るわ!』と、カリンが言い出した事にある。


 もちろん俺は貸し借りなど気にしない。俺にとっては当たり前の事をしただけなので、昨夜の件で恩に着られても違和感を覚えてしまうほどだ。


 しかし、カリンの言い分も分からなくはなかった。いくら友人とは言え、相手に甘えっぱなしなのはモヤモヤしてしまうという事なのだろう。


 それでも俺は『ゼニや!』と金銭を受け取ることに抵抗があったので、お互いの妥協点として『労働力には労働力で返す』なる提案を受け入れたという訳だ。


 子供を働かせるのはどうかと思わなくもなかったが、当のカリンは楽しそうにやっているので無用な心配だったようだ。


「そういえば、ラスはどうしたの? 今日はいないみたいだけど」

「ああ、あいつは昼間には出掛けている事の方が多いからな。あれでなにかと忙しい身の上らしい。何をやってるのかは知らんが」


 もっとも、今日に限って言えば不貞腐れて外出している節もある。ラスは襲撃事件への協力を希望していたので、事件に関われなかった事を拗ねていたのだ。


 しかし悲しいかなラスは鳥類。残念ながら、鳥目では夜間の活躍は難しいと言わざるを得なかった。……それでなくとも荒事に関わらせる気はなかったが。


「ラスって普段は何してるのかしら……」


 賢いカラスの日常を気にしつつもカリンの手は淀みない。会話しながらでも作業スピードが落ちないとは恐ろしい幼女だ。


「今度会った時にでも直接聞いてみるんだな。――白湯のお代わりは要るか?」

「なにが白湯よ。ただのお湯でしょ」


 カリンは文句を付けつつも湯呑みを差し出す。

 何度も探偵事務所に通っている影響なのか、すっかり場慣れしているようだ。


 なにしろこのカリン、あろう事かソファに寝そべったままパソコンを弄っている。まるで自室であるかのような寛ぎっぷりなのだ。


「……今更ではあるが、寝ながら作業するのは行儀が悪いぞ」

「この体勢が一番やりやすいのよ。誰にも迷惑掛けてないから構わないでしょ」


 子供らしく屁理屈を言うカリン。

 どうやらこの探偵事務所に依頼者が訪れるという可能性を忘れているらしい。制服姿の幼女が寝そべっているとなれば回れ右で退散されかねないのに。


 探偵事務所への依頼者の大半は人の目を気にするので、直接に事務所を訪ねるケースは少ないとは聞くが……それでも来訪者の可能性はゼロではないのだ。


 まぁそれは置いておいても、子供に行儀の悪さを正当化されて黙っているわけにはいかない。ここは知的にお灸を据えてやるとしよう。


「――パンツが見えているぞ」

「ふぇぇっ!?」


 俺の指摘の直後、カリンは焦ったように起き上がろうとしてドタッと床に落ちた。やはり寝そべりながら作業するのは危険だったという事だろう。


「へ、変態っ! 変態変態!!」

「何を言ってるんだ。制服姿で寝ていれば自然と目に入るというものだろう」


 顔を紅潮させて罵倒する幼女に正論を返す。

 学園の制服はそれほどスカートの丈が長いものではない。無防備に寝転がっていればパンチラも自明の理というものである。


「し、信じらんないっ! この変態!」

「まったく、勝手に見せておいて何を言うか……。しかし、安心しろ。俺には子供のパンツを見て喜ぶ趣味はないからな」


 興奮のあまり語彙が少なくなっているカリンを安心させるが、それでも年頃の子供は難しい。俺の言葉にますます猛り狂って「変態!」と罵る始末だ。


 どうやらプライドを傷付けられて怒っているようだが、しかし『清純な白が似合ってるぞ』と褒めるのも変態的というか犯罪的な気がするので如何ともし難い。

 しばらく経っても、幼女の根強い怒りは収まっていなかった。


「ほんっと信じらんないわ。あんたって息をするようにセクハラするんだから」


 カリンは文句を言いながらキーボードを叩く。

 俺は孤児院では洗濯もしていたのでパンツなど見慣れているのだが、カリンはお嬢様だけあってパンツを見せ慣れていないのだろう。当然と言えば当然だ。


 というか、階下にはテナントが入っているので騒ぐのは控えてほしいものだ。

 それでなくとも探偵事務所に金髪幼女が来訪している事が囁かれているのに、幼女が『変態!』と罵る声が聞こえたとなれば社会的に危うくなるのである。


次回、二八話〔新生する看板〕

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