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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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二六話 手慣れたご機嫌取り

「ほんっと信じらんない! 私を車で待たせておいて何してんのよ!」


 カリンは非常にご立腹だった。

 しかし、確かに車中で長く待たせてしまった事は認めざるを得ない。おそらく仲間外れにされているように感じて拗ねてしまったのだろう。


「遅くなったのは悪かった。ついでにルカを護衛にスカウトしていたんだ」


 今のルカは幼女に守られている形だが、この野生少女の適性は想像以上のものだった。これほどの逸材は中々いないのでスカウティングも当然である。


「ほらルカ、いつまでも地面に座ってるんじゃない」


 スカウトしたはずの人材が頼りない姿を見せていては体裁が悪い。荒ぶる幼女を宥めつつ、座り込んでいるルカにスッと手を伸ばす。


「うわぁぁぁっ!」


 だが、ルカは爆発的な勢いで跳び退いた。

 座り込んだ体勢からとは思えないほどの俊敏な動き。この身体能力は素直に感心するが、それにしてもなぜ俺の手から逃げるのか? 


 そんな反応をされると傷付くから止めてほしいなあ……と考えていると、俺の心の声が届いたのか、ルカは低い体勢のまま叫ぶように訴える。


「ア、アタシに近付くなっ! ビャクが近付くと、変な感じになるんだっ!」


 変な感じになる……?

 何を言っているのか――そう、俺が近付かなくともルカは元々おかしい!


 手刀で腕を切り落とすバイオレンスガールが正常なつもりだったのか。世の変人の多くは自覚が無いと聞くが、それはきっとこの事だろう。 


 ……いや、待てよ。

 熱があるように赤くなっている顔。しかも近付くなと言いつつ、ルカは一定の距離を保ったまま遠くに逃げようとしていない。


 これは、もしかして……俺の事が恋愛対象的に気になっているのだろうか?

 意中の相手が近付くと胸がドキドキして冷静でいられないというやつだ。


 …………いやいや、それは無いな。


 カリンと初めて会った時に『オッサン』と言われたように、俺の外見は客観的に見れば三十代くらいに見えてしまうのだ。


 さすがに十代半ばの少女から懸想されるとは考えにくいので自意識過剰だ。……まったく、目が合ったから両思いくらいの恥ずかしい勘違いだった。


「むぅーっ……!」


 カリンがジト目で俺を見ている。

 おそらくは得意の恋愛脳でもって俺と同様の勘違いをしてしまったのだろう。


 しかしルカの不審な言動が恋煩いの影響ではないとすると……そうか、そういう事か。俺は名探偵なので即座に答えを導き出してしまった。


 これはおそらく、敗北による戸惑いだ。

 先の腕相撲対決での敗北に加え、俺の卓越した交渉力による精神的屈服。


 言動から察するに、これまでルカは勝負に敗北した経験が少ない。これが初めての敗北という可能性も充分に考えられる。


 だからこそ、初めての敗北に、初めての感情に戸惑いを隠せないのだろう。


 それが分かってしまえば後は簡単だ。孤児院育ちの俺にとっては子供のご機嫌取りなど日常茶飯事。こんな時は飛び道具で解決するとしよう。


「ルカ、ちょっと口を開けろ」

「な、なんだよ、アタシは……もごっ!?」


 例によって得意の指弾で飴を打ち込む。平常時のルカが相手では難しいだろうが、今のルカなら意識の間断を突くことも難しくないのだ。


「どうだ、いちごミルク飴だ。甘いだろう」

「……ん、甘い」


 急に飴を口内に入れられて動転していたルカだったが、いちごミルクに屈服したのか嬉しそうな顔だ。あまりのチョロさに少々不安になるものの、なにやらこのポンコツな野生少女が可愛く見えてきた感はある。


「ちょっとあんた、いきなり女の子の口にモノを入れるのは止めなさい!」


 微笑ましい気持ちでルカを見守っていると、幼女に厳しく叱責されてしまった。

 当のルカは嬉しそうなのに、第三者であるカリンの声音は不機嫌そのものだ。

 しかしカリンの気持ちはお見通しだ。


「分かっている分かっている。ほら、カリンにも飴をやろう」

「いらないわよっ! なにも分かってないじゃないの!」


 カリンも飴を欲しているとばかり思っていたが、予想外にも拒絶の言葉が返ってきた。そこですかさずルカが口を挟む。


「いらないのか? じゃあアタシにくれよ」

「い、いらないなんて言ってないわよ!」


 数秒前の発言を(ひるがえ)す幼女。

 これは若年性痴呆症などではなく、ただ強がって拒絶していただけなのだろう。


 その証拠にいちごミルク飴を与えると「んむ……」と機嫌を持ち直している。

 ともかく、二人が落ち着いてきたようなので本題に移るとしよう。


「ルカ、紹介がまだだったな。この素直さに欠ける幼女、この子供こそがルカに護衛を頼もうとしていた護衛対象だ」

「……神桜カリンよ」


 カリンはぶすっとした顔で名を名乗る。相変わらず初対面の相手が苦手なのか、まだルカへの警戒が解けないでいるらしい。


「アタシは海龍ルカだ。お前……なんか、ちょっとボワッとした感じがするな」


 さすがにルカは『神桜』の名に萎縮しない。それどころか不思議そうな顔をしながらカリンの身体をくんくん嗅いでいるほどだ。


「な、なに、私の匂いを嗅いでんのよっ!」


 もっともな怒りの言葉だった。

 ルカは人懐っこい奴だとは思っていたが、いくらなんでも距離感がおかしい。これではカリンでなくとも文句の一つも言いたくなるというものだ。


 それにしても……ボワッとした感じがする、とはどういう意味なのだろう?


 俺の時には『ビャクは嫌な感じがしない』と言っていたので、もしかすると本能でその人間の性質を察しているのだろうか?

 まぁそれはそれとして、このルカの非礼を見過ごすわけにもいくまい。


「ルカ、相手の匂いを嗅ぐのは止せ。それはデリカシーに欠けるというものだ」

「あんたにデリカシーを語る資格はないわよ!」


 助け舟を送った相手から暴言を吐かれてしまった。語る資格がないとは、とんでもなく理不尽な言葉狩りである。


「……お前、なんか面白いな。よし、お前の護衛ってやつをやってやる!」


 ルカは急に威勢良く宣言した。

 なにかしらルカの琴線に触れる部分があったのか、護衛の仕事を渋っていたとは思えないほどに前向きになっている。


 一方のカリンは複雑そうな顔をしているが、取り立てて反対する気もないようだ。元より護衛にスカウトする許可は取っていたので当然ではあるのだが。

 ともかく、これで話は纏まった。


「よしよし、よくぞ言ってくれた。ほらルカ、いちごミルク飴をもう一つやろう」

「あむ……」


 褒められたのが嬉しいのか、いちごミルク飴が気に入ったのか、ルカはにへらっと幸せそうに表情を緩めている。

 公平精神でカリンにも飴を与えつつ、年長者として話を進行させていく。


「夜の森で長話をするのは望ましくない。とりあえず詳しい話は街に戻ってからだな。――お前たち、俺が運転するから車に乗れ」


 持ってて良かった運転免許、というわけで俺が運転だ。車に関してはペーパードライバーも甚だしいのだが、この辺りなら車通りも少ないので問題無いだろう。


「今回の件は後から警察に連絡するとして、問題はあの連中だな。ここに置いておくか、車のトランクに詰めるべきか……」

「なんか死体運んでるみたいになりそうね……」


 カリンが不穏な呟きを漏らす。

 実際のところ、襲撃犯は体力的に弱っている人間ばかりだ。トランクに詰めておくと死体にクラスチェンジしかねない予感はある。


 空いている座席に座らせるという選択肢も存在しないので、やはり森に置き去りにするのが無難なところだろうか。


 まぁしかし、今夜は色々とあったが……無傷で襲撃犯を撃退した上に、信用の置けるルカが護衛に付いてくれる事になった形だ。

 結果的には最良の結果に収まったと言っても過言ではないだろう。


 事後処理については、警察と神桜家が上手くやってくれる事を願うばかりだ。


明日は昼と夜に投稿予定。

次回、二七話〔汚名返上の幼女〕

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