二四話 蹂躙する破壊者
再会を果たしたルカはパイタッチ事件を忘れたように朗らかな態度だ。
一時は激しく狼狽していたはずだが、森を跳び回っている内に平常心を取り戻したのだろうか? ……いや、この様子からすると単に忘れているのかも知れない。
「ルカ、悪いが今は取り込み中だ。危ないから少し下がっていろ」
再会時にはルカに謝罪したいと思っていたが、今は非常にタイミングが悪い。
ルカの力量は重々承知しているが、なにせ相手は銃を持った男たちだ。俺のように銃撃に対処出来る能力がない以上、ルカと言えども無事では済まないだろう。
「なんだ、アイツらと戦ってるのか?」
ルカは周囲を見渡し、遅ればせながら俺が交戦中である事を察したようだ。
突然現れたという事でルカも銃を向けられているが、ルカに臆した様子はない。
なんで戦ってるんだ? と、不思議そうな目を俺に向けるばかりだ。
ギリギリまで敵を油断させたいところだったが、こうなればやむを得ない。
「連中はあの幼女を攫いにきたんだ。俺が片付けるからお前は下がっていろ」
退避の気配を見せないルカに事情を説明する。
腕相撲勝負で勝利しているのでルカに協力を要請しても構わないのかも知れないが、いきなり銃撃戦の矢面に立たせるほど俺は非道ではないのだ。
俺がカリンの存在を知らせると、ルカは「幼女?」と車に目を向ける。
その視線の先には、車外の状況を見るべく窓に顔を寄せているカリン。
どことなく電車の窓から景色を見ている幼子のような姿なので微笑ましい気持ちになるが……しかし、よく見るとカリンの瞳は僅かに潤んでいた。
おそらくは俺が銃口に囲まれているので心配で堪らなくなったのだろう。心配性な幼女だとは思うが、俺の身を案じてくれている気持ちは素直に嬉しい。
そんなカリンの姿に感情が動いたのは俺だけではなかった。庇護欲を刺激する幼女は、ルカの感情も揺さぶっていた。
「アイツら、あんな子供を泣かせたのか……ふざけやがって、許せねぇッ!」
俺の見込み通り、ルカは正しい心を持っていた。
小さな子供に理不尽が降り掛かるのが許せないのだろう、ルカは義憤に燃える目で襲撃者たちを睨みつけている。……ルカが殴り飛ばしたハム少年とカリンは同い年なのだが、そんな野暮な事をわざわざ指摘したりはしない。
とりあえず、ルカの怒りを静めなくてはならない。カリンの為に怒ってくれるのは嬉しいが、この戦闘にルカを介入させるのは本意ではないのだ。
「落ち着くんだルカ。お前の身に何かあれば幼女が責任を感じる事になる。相手は銃を持っているからな、この場は俺に任せて大人しく引いておけ」
「アタシがオモチャにやられるわけないだろ!」
ルカは気分を害したように文句を言う。
銃をオモチャ呼ばわりしているが、果たしてルカは銃という武器を知っているのだろうか。この野生児は世間知らずな匂いがぷんぷんするので油断ならない。
「……チッ、なにをゴチャゴチャ言ってやがる。女、お前に用は無い」
しかし襲撃者は待ってくれなかった。
想定外の闖入者をどうするのか計りかねていた襲撃者だったが、最終的に不確定要素は消すと判断したのか――俺が止める間もなく引き金を引いた。
パンッ、と乾いた音が響く。
無防備な少女を狙って放たれた銃弾。本来なら焦るべき場面だが、しかし俺は自分が平静さを保っている事に気が付いた。
もちろんルカが撃たれても構わないと思っているわけではない。
俺はルカを戦闘から遠ざけようとしていたが、同時に『ルカなら大丈夫だろう』という漠然とした感覚もあったのだ。そして、その予感は正しかった。
「躱しただと……!?」
ルカは軽く首を傾けた。ただそれだけの動作で、首のこりをほぐすような動作で、あっさりと銃弾を躱していた。
一見すると最初から狙いが逸れていたように思うところだが、俺にはルカの頭部を狙った弾丸の軌跡が見えていた。間違いなくルカは意識的に銃弾を躱していた。
「あり得ん、ただの偶然だッ!」
男は現実から目を逸らして連続で銃弾を放つ。
だが、ルカには通じない。軽く身体を揺らすだけで高速の銃弾を回避している。
……こいつは、本当に同じ人間なのか?
俺には殺意の軌跡が見えるので似たような事が出来るが、それはあくまでも銃撃の直前に躱すというやり方だ。
しかしルカは違う。ルカは銃撃とほぼ同時に回避行動を取っている。にわかには信じ難いが、銃の引き金を引くという動作を見極めている節があるのだ。
桁外れの身体能力に加えて超人的な反射神経。
ルカと対峙している男たちが蒼白になっているのも無理はないだろう。
いや、感心している場合ではない。
襲撃犯のリーダー格らしき男が意地になってルカを仕留めようとしているが、周囲の男たちは呆然と見ているだけだ。この隙に連中を片付けるとしよう。
そこから先は、一方的な蹂躙だ。
なにしろルカの回避能力は俺を超えていた。
俺も銃弾回避には自信があったが、ルカと比較すれば回避動作に無駄が多かったと認めざるを得ない。そもそも根本的に質が違う。
身体を逸らすにしてもステップを踏んで躱すにしても、ルカは必要最低限の動きだけで躱している。完全に銃撃を見切っているからこその芸当だ。
ルカは『オモチャにやられるわけない』と大言を放っていたが、それは誇張ではなく純然たる事実だった。海龍の名は伊達ではないという事なのだろう。
「助かったぞルカ。お前のおかげで予想より楽に片付いた」
銃を持った男たちは路上に倒れ伏していた。
先に倒した護衛も含めると、八人もの男が路上に倒れているという状態だ。
「ビャク、お前強いんだなっ!」
ルカは新しいオモチャを見た子供のように目を輝かせていた。
生来の好戦的な気質を刺激されたのか、俺と戦いたがっているような気配だ。もちろん、俺はそんな期待に応えるつもりはない。
「油断するのは早いぞ。話をするのは、敵を完全に戦闘不能にしてからだ」
襲撃犯たちは全員が意識を失っているか痛みに呻いているかだが、まだ油断するわけにはいかない。隠し持っている武器で反撃を試みるという可能性はある。
「とりあえず全員の手足を折っておくとしよう。ルカも手伝ってくれ」
「分かったっ!」
ルカは無邪気な笑顔でお手伝いを了承した。
大人に頼られて喜んでいる子供のような屈託の無さ。元より分かっていた事だが、やはり根は純朴な少女なのだろう。
ちなみにこのルカ、戦闘中には躊躇うことなく敵を殺害しようとしていた。
ルカの殺意に気付いたので『聞きたい事があるから殺すな』と声を掛けたが、俺が何も言わなかったら間違いなく殺していたという確信がある。
確実に戦闘不能にするという意味では正しい行動だが、十代半ばという若さで殺害という選択をする精神性は恐ろしいと言わざるを得ない。
この純粋無垢な少女は、俺のような大人が正しく導いてやるべきなのだろう。
明日は朝と夜に投稿予定。
次回、二五話〔謝るべきパイタッチ〕