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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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十七話 ミラーリング効果

「学園生の中で派閥争いなんてあるのか……わざわざ面倒な事をするものだな」


 引き続きユキたちと雑談していると、息の詰まりそうな学園生活の話になった。

 聞くところによれば、大家の子供の周囲には人が集まって自然と派閥が作られるとの事だ。学生生活にまで政治を持ち込むとは嘆かわしい限りである。


「今でこそ静かになったけど、私が入学した時なんか大変だったんだから」


 カリンは苦い口調で過去を語る。

 神桜家の息女ともなれば周囲が騒ぐのも理解出来るところだ。……外見的には現在も小等部入学直後といった感じだが、俺は優しいのでそこには触れない。


「私はカリンちゃんの派閥という事になってるらしいです……」


 派閥抗争と無縁そうなユキは困った顔だ。

 カリンは打算で近付く者を追い払うので、唯一のカリン派という扱いになっているようだ。周囲は敵ばかりともなると気弱そうなユキの心労が偲ばれる。

 よし、ここは一つ元気付けてやるとしよう。


「ふふ、案ずるな。真星あるところに千道あり。俺は何があってもお前の味方だ」

「あんたは私の護衛でしょ! ユキの専属護衛みたいになってるじゃないの!」


 軽い冗談に対して過剰に反応するカリン。

 頭に手を置いて宥めるとブウブウ言いながらも気を落ちつかせてくれたが、気が付けばユキの付き人の警戒レベルが更に上昇している。


 ユキは少し嬉しそうな様子なので問題無いが、付き人は俺に職を奪われると誤解しているのかも知れない。悪い人間では無さそうなので個人的には仲良くしたいと思っているのだが……ままならないものだ。


「それはさておき、向こうが騒がしいな。あの連中は何をしようとしてるんだ?」


 俺たちが隅で話している間に、パーティー会場の一画が騒がしくなっていた。

 なんらかのイベントでも始まったのか、学園生たちはある一画を囲むように集まっている。遠目に見る限りでは私的なイベントのような雰囲気だ。


「……ああ、きっとあれね。あんたには関係無いから気にしなくていいわよ」


 カリンは突き放すような応えを返した。

 相変わらず無駄に敵を作りそうな言い草だが、俺は誤解したりはしない。


 これは冷たく突き放しているというよりは、むしろ俺を気遣って遠ざけようとしている節がある。そして、カリンが言葉を濁した理由はすぐに分かった。


「なるほど……そういう事か。なんとも趣味の悪い見世物だな」


 カリンは同級生の護衛について『金持ちのペット自慢』と評していたが、ホールの一画で行われているのはペット自慢の延長線上の行為だ。


 ホールの一画では、子供が友人同士でカブトムシを闘わせるかのように――学園生の屈強な護衛たちが殴り合っていた。


「……進級祝いの席での恒例行事らしいわ。普段は学園の中に護衛を連れていけないから、この機会に自分の護衛を自慢しようって事みたいね」


 カリンが嫌悪感を露わにしているのも当然だ。

 護衛たちがやっているのは試合ではなく、ただの喧嘩に過ぎない。


 護衛たちがルール無用で殴り合い、その様子を子供たちが囃し立てながら観戦している。カリンでなくとも胸が悪くなる光景だと言えるだろう。


 当然の如くユキたち主従も眉を顰めているが、しかしカリンやユキのような反応は少数派に属している。学園生の大多数は積極的に見世物を観戦している有様だ。


 一部の生徒は凄惨な光景を嫌うように顔を背けているが、そんな生徒たちも観戦の場から離れようとはしない。

 同調圧力があるのか周囲の人間と違う行動を取ることに抵抗があるようだ。


「この乱痴気(らんちき)騒ぎを学園側は黙認か。まったく世も末だな」


 学園生のガス抜きのつもりなのか、ホール各所にいる学園側の人間は止めようとしていない。名家の子女である学園生が怪我をするならともかく、ただの護衛が怪我をするだけなら問題無いと考えているのだろう。


 学園側が容認しているなら部外者が口を挟む問題では無いのだろうが……子供の情操教育に悪影響を及ぼしそうな娯楽なので、純朴な子供たちには見せたくない。


 とりあえず、カリンたちの視界から現場を隠すように立ち位置を変えておく。

 本当なら無理矢理にでも愚行を止めたいところだが、下手に動いてカリンの立場を悪くするわけにはいかないのだ。


 そして狂乱を振り払って歓談していると――不意に、ホールの空気が変わった。


 何かに期待しているような気配。

 例えるなら、野球で代打の切り札が登場したような雰囲気だろうか。


 訝しげに思って視線を向けると、そこではコロコロ太った子豚のような学園生がふんぞり返っていた。どうやら彼はあの集団の中心的人物らしく、場の空気が変化したのは子豚少年の護衛がこれから戦闘するからのようだ。


「あいつ、なにかと私に絡んでくる奴よ。ほんっと鬱陶(うっとう)しいんだから」


 カリンの辛辣な人物評だ。

 なんでも彼は同年代における『三大派閥』の一つの長らしく、神桜カリンに対しても怯まない人間であるらしい。


 同級生に遠慮しないのは良いことだと思うが、カリンの物言いからすると好人物とは言い難い雰囲気だ。あの催しに積極的に参加している時点で察せられるが。


 しかしカリンの心情はともかく、子豚少年の連れている護衛は中々のものだ。

 スーツの上からでも分かるほどの盛り上がった筋肉。どっしりと構えたその姿は大岩のように揺るぎない。


 子豚少年は派閥の長という事なので、実家の財力に物を言わせて有能な人材を引っ張ってきたのかも知れない。


 ――――ズダンッッ!


 そして俺の見立てに狂いはなかった。

 戦闘が始まった直後、あっという間に対戦相手は地に叩きつけられている。


 巨躯に見合わぬ素早さで相手の懐に潜り込み、流れるような動きで背負い投げだ。どうやら子豚少年の護衛は柔道家らしい。


 柔道男の快進撃は続く。同級生たちはカードゲームで対決するくらいの気軽さで護衛を挑ませているが、そのことごとくが床で寝る破目になっていた。


「ぐひゃひゃ、弱い弱いっ! どいつもこいつも相手にならないなぁ!」


 大音声で叫ぶのは子豚少年。

 なんとなく性格が悪そうな子供だと思っていたが、その下品な笑い声によって第一印象が裏付けられてしまった形だ。


「これはまた、まるで自分が戦って勝ったかのような態度だな……」

「護衛の力を自分の力だと勘違いしてるんでしょ。あんなのが同じ学園生なんだから最悪よ。私まで同類に見られかねないわ」


 一周回って子豚少年に感心していると、カリンが苛立ちを含んだ声で応えた。

 カリンと子豚少年は同じ学園生という事だけではなく、この二人には『三大派閥の長』という共通点もある。傍目には同列に見られやすいという事だろう。


 そんなカリンの言葉が聞こえたわけではないだろうが……有頂天で大笑いしていた子豚少年が、不意にこちらの方に目を向けた。


「神桜じゃないかぁ! どうしたんだよ、そんな隅で縮こまってよぉ!」

「うわっ……」


 カリンが嫌そうな声を漏らすのも無理はない。

 護衛が無双して大興奮なのか、子豚少年は豪快にヨダレを垂らしているのだ。


 ビジュアル的には子豚少年がカリンに近付くだけでも犯罪性を感じてしまう。これはカリンが助けを求めるように俺のズボンを掴んでいるのも当然だ。


 もちろん困っているカリンを見過ごしはしないが……しかし、ただ仲裁に入るだけでは名探偵として芸が無い。

 よし、ここはあの手でいこう。


「――失礼。お嬢様を呼び捨てにするのは控えていただけますか?」


 俺は魔法の言葉を放った。

 これはユキの付き人が俺に放ったものと同じ言葉――そう、ミラーリングだ。


 心理学用語でミラーリング効果とも呼ばれるが、その内容は文字通りの『鏡』。


 会話している相手が腕を組んでいたら自分も知らぬ間に腕を組む、といったように人間は無意識に相手の行動を真似ることがある。


 その多くは好意を持っている相手の仕草を真似するものだが、しかしミラーリングは好意を測るだけのものではない。


 深淵を覗く時、深淵もこちらを覗いている。


 つまり、相手の行動を意識的に模倣することで『この人、私と同じ!』といった好印象を与える効果もあるのだ。


 ユキの付き人からは妙に警戒されている節があるので、カリンを守るついでに好感度を上げておこうという訳だ。これは一石二鳥の巧みな策略と言えるだろう。


 俺は得意げに付き人の様子を窺う。

 その視線の先、付き人の表情に見えるのは――――苛立ち!

 そう、負の感情を見るまでもなく苛立っているのが分かる……!


 おかしい……一体何がまずかったのか?

 一言一句違わず模倣しなかったのが失敗だったのか、調子に乗ってドヤァしてしまったのが悪かったのか、これは逆効果だったと認めざるを得ないところだ。 


次回、十八話〔圧倒する守護者〕

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