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天運

 寒風吹きすさぶ季節が訪れても千道探偵事務所に隙はない。

 常連の子供たちの寒そうな姿を見過ごすはずもなく、俺は事務所の所長として最強の暖房器具――こたつの導入に踏み切っていた。


 フローリングの床に畳を敷いての大改装には子供たちも大満足。

 新規の依頼人が現れないので開き直ったと言えなくもないが、仕事の依頼自体はポツポツ来るようになっているので問題は無い。


 そもそも、探偵事務所に依頼する人間は周囲の目を気にする傾向がある。


 探偵事務所を直接訪れるのは抵抗があるという事で、仕事を依頼する時には喫茶店などで顔を合わせる事が多い。つまり、事務所は拠点として存在しているだけで充分という訳だ。


 そんなこんなで平和な日が続く中。

 とある穏やかな午後に、前々から気に掛けていた事について言及した。


「…………私の能力が、()()?」 


 カリンに秘められた超能力。このまま推察を胸中に温め続けても良かったが、将来的に神桜家の娘としてトラブルに巻き込まれる可能性は否めない。


 情勢も落ち着いて精神的にも余裕が出てきた頃合いなので、この機会に能力を自覚させて有事に備えさせた方が得策だろう。


「なによそれ、そんな訳ないじゃない。心当たりなんて全くないわよ」


 しかし、カリンに自覚は乏しかった。

 俺の推察を一顧だにせず、こたつに潜り込みながらキーボードを叩いている。この事務所が階下から『社長室』と呼ばれるのも無理からぬ光景だ。


「いやいや、俺がカリンと出会ってから半年以上。ずっと近くで見てきた俺から言わせれば、カリンの運の良さは異常だ」

「ず、ずっと近くで見てきたって……」


 俺が真面目に話しているのに照れ照れしながら赤面するカリン。何を恥ずかしがっているのか理解に苦しむが、ここは第三者に持論を補強してもらうとしよう。


「どうだルカ? カリンは何かと幸運だと思わないか?」

「おうっ、カリンにアイスを買ってもらうと毎回当たるからな!」


 ルカも幼女の幸運性に気付いていたようだ。

 最近お気に入りの棒アイスをぺろぺろしながらご満悦の笑顔である。……というか、この『オラオラ君』が毎回当たるとは尋常ではない。


 アイス棒に『オラァ!』と書いてあったら当たりだが、当選確率は五パーセントに満たないと記憶している。この状況で幸運に無自覚とはどうなっているのか。


「そうだろうそうだろう。しかしルカ、もう十六歳なのだから子供にアイスを買ってもらうのはどうかと思うぞ」


 俺の推察が補強されたのは喜ばしいが、それはそれとしてルカの社会性の欠如を窘めておく。なにしろルカは子供でも一応は社会人だ。


 元より父親から限度額無制限のクレジットカードを渡されているし、カリンの護衛という名目で雇われているので少なくない収入もある。それなのにカリンが保護者役になっている有様だ。俺が苦言を呈するのも当然だろう。


「へへっ、金を持ち歩くのは面倒だからな!」


 曇りのない笑顔で『オラァ!』とアイス棒を見せつけるルカ。どうやらまた当たったらしい。……まったく、相変わらず困った奴だ。


 俺と出掛ける時にも当然のように無一文。

 いつもいつも俺が奢っていては教育上良くないので、ルカのクレジットカードに支払いを任せる事もあるが……傍目には子供に払わせているクズ野郎のように見えてしまうのだ。理不尽極まりない。


「ルカに大金を持たせると不安という事もあるが……まぁ、いい。それよりカリン、ルカもこう言ってるぞ。自分の幸運性を自覚するといい」

「ふん、アイスが当たったから何だって言うのよ。それだけで超能力扱いするのは無理があるでしょ」


 あくまでもカリンは否定的なスタンスを崩さない。……やれやれ仕方ない、ここは証拠を積み重ねて論破してやるとしよう。


「アイスは一例に過ぎん。ほら、ソシャゲのガチャの引きも良かっただろう?」

「何言ってるのよっ! あれはビャクが忖度だって決めつけてたじゃないの!」


 かつての忖度裁判を思い出して激昂するカリン。

 一度は忖度罪で吊し上げておきながら証拠として挙げたのが許せないようだ。その気持ちは分からなくもない。


「悪かった悪かった。あの件については俺の非を認めよう。……そうだな、ここは論より証拠。実際にカリンの能力を試してみるとしよう」


 本来なら証拠を重ねて攻めたかったが、過去に誤審を下した俺では説得力に欠ける。今日はラスやユキが不在で援護も望めないので実証する他ない。


「私の能力を試すって、どうやって試すつもりなのよ?」

「なに、難しい事ではない。トランプの札を選んでもらうだけだ」


 俺は戸棚からトランプを取り出す。

 これは他でもない、ユキが持ってきて定住化している玩具だ。


「絵札を引けたら当たりという事で、試しに十回ほどやってみよう」


 こたつテーブルに置いた三枚の札。この中に絵札――十一から十三のカードを一枚潜ませて三択を当ててもらうという訳だ。

 そんな訳で、気乗りしていないカリンを促して検証を始めた。


「…………ふむ。十回中、当たりは三回か」

「だから言ったじゃないの。むしろルカの方が的中率高いわよ」


 それ見たことかと言わんばかりのカリン。

 結果だけを見ればその通りだが、しかし持論を諦めるのは尚早だ。比較検証で参加させたルカが六回も当てている事はさておき、カリンには明らかにやる気が感じられなかった。


 おそらくカリンの『天運』はパッシブ系。


 念動力などのアクティブ系と違って無意識に発動しているタイプだと睨んでいるが、それでも当人が無気力では周囲に及ぼす影響は少ないはずだ。

 であれば、カリンのやる気を引き出してから再検証すべきだろう。


「――よし、分かった。ならば次に勝った者は存分に甘やかしてやろう」

「な、なにが分かったのよ!?」


 動揺しながらも頬を緩ませているカリン。

 なんだかんだ言いながらも甘やかしに期待しているようだ。


 ルカの方は「アタシは甘やかされたりなんかしないぞ!」と強がっているが、普段から甘やかされに定評があるのでカリンから白い目で見られている。

 そして、運命の再検証は始まった。


「…………十回中、当たりが十回か」


 俺は露骨な結果に引いていた。

 アイスの当たりやガチャの引きから能力自体は確信していたが、これほど有無を言わせない結果が出るとは思っていなかったのだ。


「うぅぅ、ち、違うわよ……」


 甘やかしチャンスに能力全開な結果になった事を恥じているのか、カリンは真っ赤な顔で俯いたまま苦しい弁明をしている。しかしパーフェクトを叩き出した幼女に説得力は皆無だった。


「くっっ、負けた……!」


 十回中八回という好成績を出したルカも敗北を認めている。

 野生の勘なのか理論値を遥かに上回る結果を出しているが、流石にパーフェクト幼女の前では膝を屈するしかなかった。……というか、比較検証が混乱するので異常な結果を出すのは止めてほしい。


「何はともあれ、約束を果たさねばなるまい」

「べ、別にいいわよ、そんなの……」


 もちろんカリンの拒絶の声は気にしない。

 負の感情が一欠片も見えない事もあるし、カリンが甘やかしを求めている事は結果が証明しているからだ。この圧倒的な結果は疑う余地がない。


 俺は甘やかしアイテムを探して冷蔵庫を漁る。そして目を付けたのは、プチシュークリームの詰め合わせ。良好な関係を築いている階下の事務所から差し入れで貰った物だ。


「ほら、カリン。あ~ん」


 かつてルカに手ずから食べさせていた際にカリンは羨ましそうだった。

 普段なら羞恥心が邪魔をして拒絶するだろうが、今回は『勝負の結果』という大義名分を用意している。俺を嘘吐きにしない為、などと自分に言い訳をしながら受け入れるはずだろう。


「っっ、し、仕方ないわね……」


 渋々といった体で「あむ」とパクつくカリン。しかしふわふわの金髪をヨシヨシすると、堤防が決壊したように笑み崩れてしまう。やはり身体は正直だった。


 もちろん、ルカへのフォローも忘れていない。


 目の前でプチシューを与えられている光景に「ああっ……」と妬ましそうな悲しそうな声を漏らしていたので、オンラインゲームのヒーラーが回復を飛ばすようにプチシューを口に投げ入れてニコーッとさせておく。俺のヘイトコントロールに隙は無いのだ。


 ひとしきり甘やかして穏やかな時間が訪れると、少し冷静さを取り戻したカリンがぽつりと呟いた。


「三分の一を十回連続で当てるのは五万九千五十回に一回くらいの確率だから、ビャクの言う通りなのかも知れないけど……幸運が能力って、嫌だわ。これまでの全部が『天運』で片付けられそうだもん」


 ああ、なるほど。妙に否定すると思っていたが、カリンはそんな事を考えていたのか。ならばその考えを正してやらねばなるまい。


「そんな事はない。少なくとも、そんな確率を素で出せる頭は幸運では片付けられない。俺とカリンの出会いは天運によるものだったのかも知れないが、それから親交を深めるに至ったのはカリンが動いた結果だ。そうだな……運命の出会いを演出してもらった、と考えれば悪くないだろう?」

「う、運命の出会い……」


 俺の説得が功を奏したのか、カリンは顔をもにょもにょさせて満更でもなさそうだ。自分の能力は好きに越した事はないので喜ばしい。


 常人では持て余しそうな絶大な能力ではあるが、平和利用すれば皆を幸せに出来そうな能力でもある。今後の能力鍛錬には俺も積極的に協力してやるとしよう。


次回〔月守動物園〕

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