最終話 泣き虫お嬢様と呪われた超越者
深部には群れを成している生物も存在する。
ウェアウルフ、狼男などと呼ばれる異形の怪物もその一種だ。単体でも素早くて厄介な相手だが、それが群れとなれば脅威度は跳ね上がる。
連中は巧みな連携攻撃を仕掛けてくる事から、総合的にはヤマタノオロチに匹敵する脅威だと聞いていた――――が、それでも俺とコクロウの敵ではなかった。
「フハハハ! この程度の雑兵如き、我の手に掛かれば造作も無いわ!」
敵が弱くて物足りないと言いながらも高笑いしているコクロウ。こちらが一人であれば苦戦必至な相手だったはずだが、俺とコクロウが組んで共闘すれば障害にはならなかった。この局面で心強い味方が加わったのは僥倖という他ない。
そう、俺は海龍コクロウを仲間にしていた。
正しい心を持つ海龍家の人間なら協力してくれるはずだと見込んでいたが、俺の予想を裏切ることなく、コクロウは子供たちが攫われた事に激怒していた。むしろ『ここで遊んでいる場合かッ!』と一喝されたのでモヤモヤしたほどである。
俺からすれば樹神教団と対立している状況下で、熱心な教団信者が着ている白い着物を纏った人間が現れたのだ。反射的に敵対者だと誤認するのも致し方ない。
「カァーッ、流石は海龍家の当代当主だぜ」
コクロウの無双ぶりに感心するラス。
俺とコクロウとの戦闘時には一早く距離を取っていたが、不幸な行き違いが解消された直後には颯爽と定位置に戻っている。当初はコクロウを警戒していたものの、ルカと似通ったところがあるからか警戒心を解いたようだ。
「ほう、我の偉大さが分かるとは賢明なカラスよ。伊達に黒くはないという事か」
「カァッッ、色と知能に因果関係はないぜ」
「――いいから行くぞ。もう目的地は近い」
よく分からない会話をしている両者を遮って先を促す。コクロウは海龍家当主として褒められた事が嬉しそうな様子だが、この現状では会話に興じているというわけにはいかない。まだ子供たちの安全が確保されていないので油断は禁物だ。
「しかしコクロウ、さっきは一方的に敵扱いして悪かったな。普段なら敵対者かどうか確認していたはずだが、子供たちが攫われて気が急いていたらしい」
薄暗い洞窟を並んで走りつつ、改めてコクロウに謝罪しておいた。
状況的に致し方ないところはあるが、それでも本気で殺そうとしておいて素知らぬ顔はできない。コクロウが気にしていなくとも頭を下げるのは当然だ。
「なに、構わんぞ。貴様と決着を付けるのは全てが片付いてからでよい」
「勝負を中断した事を謝ったわけではないぞ」
龍の一族だけあって会話が噛み合っていない。
ギリギリのところで殺し合いを回避したのに、何が楽しくて人間兵器と再戦しなくてはならないのか。これは永遠に先送りにすべき案件だろう。
だがそれにしても……龍の一族からコクロウの話は聞いていたが、俺が察した通りの戦闘狂ではあったが、誰一人として外見に言及していなかったのは驚きだ。
アルビノ特有の白髪に赤眼。この特徴的な外見を聞いていたら即座に気付いたはずだが、今回ばかりは龍の一族の大らかな気質が裏目に出てしまったと言える。
それでもコクロウが仲間に加わった事は大きい。
先のウェアウルフの群れなどは俺一人では時間を食っていたはずなので、結果的にはコクロウとの邂逅はプラスに働いていると言えるだろう。
破竹の勢いで進行する俺とコクロウ。
そろそろ終着点が近付いてきたので警戒しながら疾走していると、俺たちの前方から戦闘音らしき轟音が響いてきた。
理想としては先回りして待ち伏せしたいところだったが……この状況から判断すると、拉致犯に先着されたと考えるべきだろう。これはおそらくルカの戦闘音だ。
「……ラス、道案内に感謝するぞ」
内心の焦燥感を抑え込みつつ感謝を告げると、ラスは一声鳴いて俺の肩から飛び立った。この先は戦闘になるという言外の言葉を読み取ってくれたのだ。
ラスは十分に仕事を果たしてくれた。ここから先は、俺とコクロウの出番だ。
――――。
激しい戦闘音を響かせていた場所。
ついに樹海の最奥部へと辿り着いたが、そこでは予想外の光景が広がっていた。
広大な空間の奥に見えるのは巨大な木。これが『神王樹』である事は明らかだが、俺が困惑しているのは巨大な木ではない。神王樹に関しては想定内の存在だ。
この場に大勢の人間が集まっている事も予想していた。今回は敵側の総力戦を想定していたので、樹神教団や自衛軍の人間を揃えていても不思議ではない。俺の想定外だった存在は、樹神教団や自衛軍と対峙している『巨大生物』だ。
恐竜のような巨大生物。ティラノサウルスを太ましくしたような外観だ。ヤマタノオロチと比較すると二回りは小さいが、これは先の巨大生物より『格上の生物』だと直感的に察した。距離があっても胃の腑を揺らすような覇気が伝わってくる。
そんな未知の生物が、なぜか神王樹の手駒と交戦している。深部の生物は神王樹の管理下にあるものと考えていたが、この様子からすると違ったのだろうか?
光の剣、血の弾丸。神王樹の手駒は様々な超能力で攻撃を仕掛けているが、恐竜は桁外れの防御力を持っているのか痛痒を覚えていない。なにやら動きに精彩を欠いている節はあるものの、このまま戦闘が続けば恐竜が完勝するのは明白だ。
しかし、この状況はどうなっているのか?
困惑しながら様子を窺っていると、広間の入口に現れた存在に気付いたのか、恐竜がこちらに顔を向けて俺と目が合う――その瞬間、俺の脳裏に閃きが走った。
「……まさか、ルカなのか?」
「グァァッ!」
自分でも突拍子もない考えだったと思ったが、謎の恐竜からは肯定を示すような咆哮が返ってきた。その巨体のせいで見逃していたが、よくよく見れば背後に小さな子供――カリンを庇っている。もはやルカとしか思えないところだった。
思い返せば、ヒントは与えられていた。
最初の違和感はライゲン。その名前で電撃使いとは出来過ぎていると思っていたが、コクロウと出会った事によって違和感は更に大きくなった。
時間停止能力者のコクロウ。最初は結界に覆われているように見えたが、コクロウと言葉を交わした後には、害意の球体は『牢獄』のように見えた。誰よりも闘争を好みながら、強大過ぎる能力のせいで孤独を強いられているように見えたのだ。
それは他意のない思考だったが、巨大生物を見た瞬間に全てが繋がった。
海龍兄妹の名付けは母親。先代当主の能力は急所を見抜くものだと思っていたが、考えてみれば『ここだってところが分かるんだよ!』と言っていただけだ。
しかしルカの母親の能力が、対象の核――本質を見抜く能力だと考えれば名付けに納得がいく。子供の潜在能力を見抜き、それに応じた名前を付けたという訳だ。
雷の元、ライゲン。刻の牢、コクロウ。そして、ルカ――――『龍化』だ。
「グァッ、グァッッ!」
そんな事をつらつらと考えていると、ルカが大地を揺らしながら駆け寄ってきた。普段と全く変わらない反応ではあるが、圧倒的な迫力に思わず後退りしそうになる。器用にも尻尾でカリンを運んでいるのは流石と言えるだろうか。
「ビャクッ! ル、ルカが、ルカが……」
そしてカリンは著しく動揺していた。
元よりルカは人間離れしていたが、もはや完全に人類の枠を外れてしまったのだ。友人が龍になったのだから混乱は察するに余りある。
「無事で何よりだが、とりあえず落ち着くんだ。これはおそらくルカの超能力だ」
この場所でカリンを『箱』から出して吸収する予定だと分かっていたので、俺としては拉致犯に先んじて待ち伏せするつもりだった。
しかし、不甲斐なくも俺の到着が遅かったので……ルカたちは神王樹の手駒に囲まれる事になり、その窮地に無自覚だった超能力を発動させたのだろうと思う。
「ほう、少し見ぬ間に成長したではないか」
「グァッッ!」
もちろんコクロウは全く気にしていない。
自分の妹がドラゴン化しているにも関わらず、人語すら発せなくなっているにも関わらず、ルカの身長が少し伸びたくらいの軽い感覚だった。
ルカも無邪気に再会を喜んでいる節があるので似た者兄妹だと言えるだろう。……ちなみにルカドラゴンは爬虫類的に表情が全く読めない。
「まぁともかく、とりあえず敵を片付けるべきだろう。――ルカ、俺がカリンに付いているから存分に暴れてくるがいい」
「グァァッ!」
樹神教団と自衛軍の混成集団。
既にルカドラゴンが三人ほど始末したようだが、まだ敵は十人以上も存在している状況だ。再会を喜ぶのは敵を排除してからにすべきだろう。そして俺が蹂躙許可を出した直後、ルカは大地を爆発させる踏み込みで駆け出した。
「ほほう、面白い。我と戦果を競うという訳か」
コクロウも一瞬で視界から消えた。
勝手に勝負を始めているのは理解に苦しむところだが、どのみちコクロウにも殲滅を頼むつもりだったので文句はない。
もっとも、今のルカなら単独でも充分に殲滅可能だろうと思う。
これまではカリンを守りながらの戦いという事で精彩を欠いていたようだが、ルカドラゴンの戦闘能力は完全に常軌を逸している。
消えるような瞬発力で間近に迫り、暴虐の爪で人間を紙切れのように切り裂いているという有様だ。相手の攻撃も全く効いていないので負ける要素がない。
そんなルカドラゴンにコクロウが加わっているという事で、俺とカリンの眼前では圧倒的な蹂躙劇が展開される事となった。
一人、また一人と倒れていく神王樹の手駒たち。このまま勝負が付くかと思われたが…………しかし、敵の中で一人だけ例外が存在していた。
「……ルカ、コクロウ。手を止めてくれ」
俺が静かな声を届けると、海龍兄妹は素直に攻撃の手を止めた。
意外なほど素直に従ってくれたのは、ルカたちも戦闘相手の異常性が気になっていたからだろう。世情に疎い海龍兄妹は気付いていないが、俺は最後に残った一人を知っているので、その敵の異常性に疑問は抱かなかった。
――――伝達者。
植物と話せる能力者であり、ドレイン持ちの神王樹を見出して超能力者を与えた男。全ての元凶となった男だが、その哀れな姿には怒りも憎しみも湧かなかった。
神王樹が分体に能力を与えるのはエネルギー消費が激しいという事で、大多数の分体は一つか二つしか能力を与えられていないが、伝達者には惜しみなく能力を分け与えられている。……だが、自我を失った存在は生物とは呼べない。
無感情な目をした初老の男。
身体に穴が空いても身体を引き裂かれても、苦痛も恐怖も覚えることなく数秒後には身体を再生させている。こんなものが人間と呼べるはずがなかった。
「……神王樹、俺がお前たちを終わらせてやる。だから、もう休ませてやれ」
俺は神王樹を憎んではいない。
子供たちが攫われた時には怒りを覚えていたが、神王樹の分体や神王樹本体と接していく内に攻撃的な感情は霧散している。
なにしろ神王樹は最初から今に至るまで、俺たちに対して一度も悪意を抱いていない。本当に純粋な気持ちで伝達者の願いを叶えようとしているだけだ。
そして、その伝達者が自分のせいで自我を失った事も自覚している。
神王樹は心の奥底で哀しみを抱え、自分の存在を誰よりも憎んでいる――その事は、神王樹を目の当たりにして嫌になるくらいに分かった。
「…………」
伝達者だった存在は動きを止めていた。
俺の声を聞いた直後、なぜか俺を静かに見詰めたまま動きを止めていた。
こちらの心を見通すような透明な目。神王樹も読心能力を持っていて、俺の考えている事――『神王樹たちを解放してやりたい』という想いを読み取ったのかも知れない。実際のところは不明だが、なんとなく当たっているような気がした。
「コクロウ、神王樹の急所は覚えているか?」
俺は心を殺して問い掛けた。
今の神王樹は泣いている子供のように見える。伝達者の亡骸に縋りついて泣いている子供を、俺の手で終わらせてやりたかった。
そして神王樹の急所。ルカの母親が神王樹の急所を見抜いていたという事で、過去の攻略戦に参加していたコクロウに尋ねてみたが、俺に疑問を差し挟むことなく「ここだ」と神王樹の根元を指差してくれた。
「……なるほど。金属のような表皮だな」
植物離れした硬さを持っている神王樹。
これで再生能力まで持っているとなれば、龍の一族でも倒せなかったのも頷ける。俺の念動力でも厳しいかも知れないが、しかしここで引くわけにはいかない。
すでに伝達者は糸の切れた人形のように動いていない。神王樹が終わりを望んでいるのなら、俺は全てを賭してでも応えるまでだ。
――――集中する。死者の目を閉じるように神王樹の表皮に触れ、神王樹を終わらせる事だけを考えて意識を集中していく。
ここで必要なのは貫通力。普段の押し出すような感覚ではなく、細い槍をイメージして小さな一点にだけ力を集中していく。
その能力制御は容易ではない。念動力で針に糸を通しているような細密な制御は負担が大きく、脳の血管が次々に焼き切れていくような錯覚に囚われた。
それでも俺は能力行使を止めない。
俺の眼には神王樹の哀しみが見えている――だからこそ、俺が神王樹を終わらせなくてはならない。これは俺が果たすべき責務であり、俺が背負うべき業だ。
そして俺は限界まで気力を振り絞り、不可視の槍を解き放った。腹の底に響く衝突音。その結果を見届ける前に、俺は限界を迎えて座り込んだ。
「ビャクッ!?」
カリンの心配そうな声が耳に届き、沈みかけていた俺の意識が浮上する。
ここで俺が倒れたらカリンを泣かせてしまう。それに自分の行いの結果を確認するまでは、意識を失って逃げることは許されない。
なんとか力を込めて顔を上げると、神王樹の根本に穴が空いているのが見えた。
親指ほどの小さな穴。見逃しそうなほどの小さな穴だが、不可視の槍は間違いなく役目を果たしていた。……もう神王樹に、哀しみは見えない。
傍目には巨木の佇まいに変化は見えないだろうが、俺の眼は神王樹が永遠の眠りについたことを知らせていた。横に視線を向ければ伝達者も倒れ伏している。おそらく世界中に存在する神王樹の分体も活動を止めているはずだろう。
しかし俺に達成感はなかった。
最後まで悪意を抱かなかった神王樹を、この手で終わらせてしまった。それは頭が割れるような頭痛など比較にならない、俺の心に突き刺さる痛みだった。
「ビャクッ、大丈夫なの!?」
ぱたぱたと駆け寄ってくるカリン。
俺が座り込んでいるせいで心配を掛けてしまったようだ。頭の痛みも心の淀みも残っているが、それでもカリンを不安にさせるわけにはいかない。
「ああ、少し疲れただけだ」
俺はカリンを安心させるべく笑みを形作った。
淀んで濁っている俺の心を表に出す必要はない。この光のような少女には、カリンには憂いの感情を抱いてほしくなかった。
「……そんな顔するの、やめてよ」
カリンはぽろぽろと大粒の涙を零していた。
普段は泣きそうになっても強いて我慢しているカリン。そんな気高い子供が、心の悲しみを抑え切れないように泣いていた。
「……悪かった」
俺はカリンの小さな身体をそっと抱き締める。
心配を掛けないようにと下手に気を遣ったせいで、かえってカリンの心を傷付けてしまった。読心能力持ちを虚構で誤魔化そうとするとは愚かな振る舞いだったが、そんな自明の事を忘れるほど俺は弱っていたのだろう。
いつまでも胸の中で泣き続けるカリン。
俺は脆弱な自分が嫌いだったので子供の頃から泣いた記憶は無いが、カリンは泣けない俺の代わりに泣いてくれている。……なんとなく、そんな事を思った。
それから静かに時間が流れ、カリンが少しだけ落ち着いたところで声を掛けた。
「皆が心配しているから、そろそろ戻ろう」
今この時にも龍の一族がこちらに向かっているはずだが、ここで彼らの到着を悠長に待ち続けるというわけにはいかない。ツバキやライゲンも心配していたので、少しでも早く子供たちの無事を報せてやるべきだろう。
「千道ビャク、光栄に思うがいい。この我が直々に帰路を切り開いてやろう」
「グァッ、グァッッ!」
俺の消耗を見て取ったのか、海龍兄妹が帰路の露払いを申し出てくれた。
未だにルカが人間形態に戻っていないのは気になるが、このまま戻らないのではないかという一抹の不安は残るが、とりあえず二人の厚意に甘えておくとしよう。
「カァッ、帰りのナビも任せときな」
俺がカリンを背中に背負った直後、ラスが翼をはためかせてカリンの肩にとまった。先導する海龍兄妹ではなくカリンの肩にとまったのは、まだ本調子とは言えないカリンを元気付ける為なのだろうと思う。
俺は出発前に後ろを振り返る。
命の灯が消えた神王樹。倒れ伏した伝達者の残骸。全ての元凶である伝達者に同情の余地はないが、神王樹にとって唯一の理解者だったと思えば、伝達者を失って暴走した神王樹の気持ちは理解出来るところだ。
しかし、過ぎた力は身を滅ぼすと言うが……神王樹の能力が強力過ぎたのは、誰にとっても不幸な事だったのだろうと思う。ドレインという強力無比な力が存在しなければ、神王樹も伝達者も不幸な結果にならなかったはずなのだ。
そう考えれば、カリンの秘められた能力は眠ったままであるべきかも知れない。
類を見ない桁外れな能力者。神王樹を尋問した限りでは、カリンを手に入れれば世界を呑み込むだけのエネルギーが得られるものと判断されていた。
当人も無自覚な能力だが……実を言えば、カリンの能力には見当を付けている。
その切っ掛けとなったのはコクロウだ。
時間停止能力。これは自己干渉型や物質干渉型などの分類に当て嵌まらない能力であり、強いて言えば『世界干渉型』とも言える規格外の能力だった。
そして世界干渉型という分類で考えると、カリンの能力に思い当たる節がある。
俺とカリンの出会いは、ランニング中に誘拐現場を目撃した事が切っ掛けだ。
俺以外の人間であれば不審に気付かなかったはずであり、もし気付いた人間がいたとしても名探偵クラスの戦闘力が無ければカリンは攫われていた。あの場に俺が通り掛かったのは奇跡的な巡り合わせだったと言える。
そもそも俺と出会う前にカリンは襲撃を受けているが、その襲撃では雨音が重傷に追い込まれながらも奇跡的に一命を取り留めていた。医者が生存に驚くほどの重傷を負いながら、将来的には後遺症もなく完治するだろうと言われている。
カリンは幾多の災難に見舞われながらも、奇跡的な幸運によって致命的な結果には至っていないという形だ。つまるところ、カリンの秘められた能力は世界干渉型――『天運』とも呼べる強運ではないかと推測している。
現在は無意識下でパッシブに発動しているものと思われるが、自分の能力を自覚して磨いていけば誰にも太刀打ちできない存在になるのではないだろうか。そんな事をぼんやり考えていると、俺の首に回された小さな手に力が込められた。
「……そうだな、早く行くとしよう」
神王樹に目を向けたまま考え込んでいたので、俺が気に病んでいるのではないかと心配させてしまったようだ。強大な能力が幸せに繋がるとは限らないが、この優しい子供なら自分も周囲も幸せに出来るかも知れない。
カリンに隠し事は避けたいという思いもあるので、この件が落ち着いたらカリンの能力について推論を話してみるとしよう。俺は神王樹から視線を切り、背中に温かい体温を感じながら、淡くとも明るい道に一歩を踏み出した――
泣き虫お嬢様と呪われた超越者 完。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。もしよければ【感想】や【評価】などの足跡を残していただけると嬉しいです。具体的には今後の活力になります。
将来的には後日談やら続編やらを書くかもしれませんが……色々と時間が足りていないので、当分は先の話になると思います。。