表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第六部 終わりの千道
159/167

百五九話 動き出した絶対者

 この時、俺は油断していた。政府関係者にも護衛にも敵意が見えなかったので、この場所に危険は存在しないと過信していた。最後の最後まで気を抜くべきではなかったのに、自分の読心能力に依存して警戒を怠っていたのだ。


 俺がそれに気付いた時には手遅れだった。


 部屋の隅に立っていた政府関係者の護衛。その男に敵意が無いことは事前に確認していたが、俺たちが会食を終えて席を立った直後に異変が起きた。


 時間にして一秒にも満たない所業。

 その護衛は懐から小さな箱を取り出し、手に持った箱を一瞬で巨大化させた。そしてその開かれた蓋は――――カリンの小さな身体に向いていた。


「カリンッッ!!」


 それに反応出来たのはルカだけだった。突然現れた巨大な箱に硬直するカリン。そのカリンを庇うように、ルカが爆発的な速度で滑り込んでいた。


 パタン、と閉じる箱の蓋。子供たちが箱に入った直後、またたく間に巨大な箱は元のサイズに戻った。巨大な箱が消えた後には、カリンとルカの姿も消えていた。


「……ッ、カリンたちは箱の中か? お前を殺せば戻ってくるのか?」


 俺は激情を抑え込んで問い質す。

 これはおそらく物質干渉型の能力。なぜ護衛が急に豹変したのかは分からないが、子供たちが囚われたのなら全力で取り返すまでだ。俺は不埒者を叩きのめすべく一気に踏み込む――――が、殺意を察して即座に跳び退いた。


「お前もか……」


 俺の行動を阻んだのは銃弾。こちらに容赦なく銃撃を放ったのは、先程まで一緒に話していた自衛軍の男だった。間違いなく敵意は無かったはずだが、ほんの一瞬の間に全身から敵意を立ち上らせていた。


 そして豹変したのは自衛軍の男だけではなかった。この部屋の政府関係者たちは、全員が箱を持った男をサポートするように交戦態勢に入っていた。


「――――」


 目を向けるとライゲンも既に交戦中だった。

 部屋中で銃弾や超能力が乱れ飛んでいたが、ライゲンはツバキを守りながら危なげなく敵を屠っている。要人相手でも躊躇しないのは流石と言えよう。俺の方も混乱しつつ政府関係者たちを仕留めていたが――――だが、俺たちは一手遅かった。


 窓の外に見える大きな異物。

 ふと気が付いた時には、高層ビルに横付けするように戦闘ヘリが飛んでいた。


「ッ、外からくるぞ!」


 俺が警告を発した直後、戦闘ヘリから機銃掃射が放たれた。敵も味方もない範囲攻撃。無慈悲な掃射は窓ガラスを突き破り、政府関係者ごと俺たちを薙いでいた。


 もちろん俺やライゲンは反応していたが、戦闘ヘリの目的は殲滅ではなかった。

 俺たちが機銃掃射を躱している中、射線から外れていた人間――箱を持った男は迷いなく走り出していた。その向かう先は戦闘ヘリ。


 箱を持った男は躊躇なく空へと跳び出し、戦闘ヘリの開かれたハッチに転がり込んだ。そして戦闘ヘリは見る見るうちに上昇していく。絶望的な状況に思わず頭が真っ白になったが……しかし、まだ諦めるのは早いと己を叱咤する。


 俺は大きく息を吐いて室内を見回す。

 静かな怒りに燃えているツバキ。表面上は冷静な声で戦闘ヘリの追跡を手配しているが、目の前でカリンが攫われた事で冷たい炎のような怒りを発している。


 主の怒りに呼応するようにライゲンも煮えたぎっているので、この様子では機銃掃射で生き残った人間も遠からず殲滅されるはずだろう。


 だが、連中にトドメを刺すのはまだ早い。

 今にも皆殺しにしかねないライゲンを手で制し、虫の息になっている自衛軍の男へと歩み寄った。この男には、この存在には、確認したい事があった。


「――()()()()()()()()?」

「…………」


 その問い掛けに返答はなかったが、俺の眼は『肯定』の答えを捉えていた。

 会食参加者の突然の豹変。最初に護衛が裏切った時は心変わりかと思ったが、その後に政府関係者たちが一斉に牙を剥いたことが決定的だった。


 政府関係者たちは『一つの生き物』のように同じ敵意を発して襲い掛かってきた。しかも自衛軍所属と思しき戦闘ヘリに掃射を受けても、彼らは驚愕も恐怖も発することなく自然に受け入れていた。これは明らかに異常な状態だ。


 そこで脳裏を過ったのは『ギフト』と呼ばれる不可解な能力付与。

 ギフトが他者干渉型の能力であれば神王樹と接触しなくてはならないが、政府関係者たちは丸薬のようなものを飲むだけで能力を得たとの事だった。


 だからこそ、一つの仮説に思い至った。

 二十年前の大厄災は世界中で一斉に始まったが、それは神王樹が『分体』なる能力によって自分の分身を創り出していた事によるものだと聞いている。


 同じ敵意を持った政府関係者。超能力の種別に当て嵌まらない能力付与。そして、神王樹の持っている分体という能力。


 ――そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えれば辻褄が合う。


 丸薬の摂取で超能力を得るとの話だったが、それは超能力を得たのではなく『神王樹に成っていた』という訳だ。丸薬が神王樹の分体だと考えれば納得がいく。


 自我が残っていれば当人も周囲も違和感を覚えない。普段はオート操作のように自由意思を許し、重要な局面で完全に分体化させたという事なのだろう。


「……やはりお前が神王樹だったか。カリンたちの身柄は深部に運んでいるのか? ドレインの直前に箱から出すのか?」


 眼前の相手が神王樹と分かれば情報収集しない手はない。先の襲撃では負の感情が見えなかったので不覚を取ったが、相手の意思が表出している状態であれば俺の眼から逃げられるはずがなかった。俺は手早く情報を集め、ツバキに声を掛ける。


「これからカリンたちは神王樹の元に運ばれるらしい。すぐにでも後を追いたいから移動の足を用意してくれるか? 俺の足なら樹海で追いつけるはずだ」

「――既に屋上にヘリを呼んでいます。龍の一族も後を追うことになるでしょう」


 ツバキからの返答は即座に返ってきた。

 俺が相手を神王樹と断定して尋問している最中、ツバキの護衛たちは困惑の気配を発していたが、ツバキだけは予想の範疇だったかのように冷静に受け止めていた。おそらく俺が樹海に向かうと言い出すことも予想していたのだろう。


 そして龍の一族がバックアップに付いてくれれば心強い。ここからヘリで向かう俺の方が早いはずだが、応援が来ると分かっていれば気が楽になるというものだ。


「……ああ、そうだ。最後に一つ聞いておこう」


 ヘリに乗るべく屋上に向かう前に、自衛軍の男――神王樹に改めて向き直った。

 機銃掃射を浴びて瀕死の状態なので長くは保たないだろうが、最後に少しだけ気になっていた事を確認しておきたい。


「樹神教団のトップである伝達者――――あれは『お前』だろう?」


 前代未聞の大厄災を手助けした樹神教団の伝達者。あまりにも狂った自然保護者だと思い込んでいたが、神王樹の分体という能力を知れば別の可能性が生まれる――そう、前々から伝達者は神王樹に成っていたという可能性だ。


 いくら熱心な自然保護者であっても大厄災は行き過ぎている。なにしろ人類が文明を失えば自分自身も不便な生活を強いられる事になるのだ。


 だからこそ樹神教団の伝達者は自我を失っていると予想したが……しかし、その返答は意外にも神王樹自身から返ってきた。


「――あの人は私。私はあの人です。私はあの人の望みを叶えています」


 俺が尋問していても無機質な瞳を向けるだけだった存在は、樹神教団の伝達者に対して思い入れが強いのか初めて口を開いた。


「……それは欺瞞だな。お前はお前のやりたい事をやっているだけだろう」


 俺は戸惑いながらも相手の矛盾を指摘するが、しかし神王樹は本気でそう思い込んでいるのか全く揺らいでいない。

 事ここに至って俺はようやく理解した――神王樹の精神は狂っている、と。


 伝達者が自我を失っている事を自覚しながらも、神王樹は本心から伝達者の望みを叶える為に行動しているつもりだ。人間と植物の価値観の違いによるものという線もあるが、先の尋問で違和感が見えなかったので違うはずだろう。


 最初から狂っていたのかどうかは分からない。神王樹は伝達者を慕っている節があるので、もしかすると伝達者の自我が消えたのは想定外だったのかも知れない。


 だからこそ、伝達者を失った事を認められずに暴走しているのではないだろうか。……その悲しい予想は、なんとなく当たっているような気がした。


 しかし、俺は止まるわけにはいかない。

 子供たちの命が狙われている以上、このまま神王樹を放置するわけにはいかない。神王樹が純粋悪でなくとも、俺は自分自身の為に神王樹を滅せさせてもらう。


あと三話で本作は完結となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、百六十話〔樹海迷宮〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ