百五三話 屋上の作戦会議
突き抜けるような青空。
そんな爽やかな晴天の日に、俺たちは病院の屋上に集まっていた。
近年では屋上が立入禁止になっている建物も多いが、雨音が長期入院している病院はその限りではない。雨音の意向によるものなのか病院の方針によるものなのか、病院の屋上にも関わらず椅子とテーブルまで存在している有様だった。
「ちょっと、いくら屋外だからってバームクーヘンをこぼし過ぎよ。ほら、ルカの風下にスズメが集まってるじゃないの」
「カァッ。人間のおこぼれに預かろうたぁ、こいつは鳥類の風上にも置けないぜ」
子供たちは今日も元気に騒がしい。
雨音が快復して屋上に出られるようになってからはラスも参加しているので尚更の事だ。だがしかし、今日はこのまま歓談を続けるというわけにはいかない。
「さて、そろそろ真面目な話に入ろう。今日はカリンに大事な話があるんだ」
「な、なによ改まって……」
なにやらカリンは緊張している。基本的に精神防御力が弱いので、俺や雨音から漂っている深刻な雰囲気に警戒しているのかも知れない。
実際に深刻な話をするつもりではあるが、しかしカリンにストレスを与えるのは本意ではない。――よし、ここはあえて軽い調子で告げるとしよう。
「なぁに、そう警戒する必要はない。カリンが樹神教団に狙われている事が判明しただけだ。まったくカリンは人気者だなぁ、はははっ……」
「ええぇっ!?」
寝耳に水とばかりに驚愕するカリン。
光人教団の事件以降は落ち着いていたので油断していたのだろう、俺の言葉の意味が分からないとばかりに激しく混乱している。
本来ならカリンの耳に入れる事なく解決したかった案件だが、これを隠し通すのは難しかったので告げざるを得なかった。俺としても雨音としても苦渋の決断だ。
「……樹神教団が狙ってるってのは、また超能力がどうとかって話なの?」
「よし、任せとけカリンっ! アタシがそいつをぶん殴ってやるからな!」
少し冷静になったカリンが不安そうに漏らした途端、ルカが見過ごせないとばかりに猛々しく吠えた。ルカの想いは尊く美しいものだが、暴力で解決出来るものなら俺がそうしている。事はそれほど単純ではないのだ。
とりあえずルカが激昂すると話が進まないので「もごっ!」と黙らせておく。
「もう、真面目に話しなさいよね」
よしよし、ルカが普段通りにモゴモゴしているのでカリンの頬も緩んでいる。
事が重大であっても子供が気に病んではいけない。最終的には俺や雨音が解決するつもりなので、カリンには気軽な気持ちで必要な情報を受け止めてほしいのだ。
「…………再緑化を防ぐ為に、私が必要?」
まずはカンジの父親から聞いた話をざっくりと語った。これだけでは何も分からないとは思うが、何かと込み入った話なので順を追っての説明である。
「今は政府で話が止まっている段階だが、政府内では樹神教団の主張を支持する流れが大きいようだ。いずれは神桜家に話が下りてくるはずだろう」
「その……私が必要って言うのは、具体的に何をすればいいのかしら?」
「まぁ待て、まずは話を最後まで聞くんだ」
前向きな姿勢を見せているカリンを制する。
カリンは悪意に疎いところがあるので気付いていないが、裏からこそこそ幼女の身柄を求めている時点でまともな話であるはずがない。そして実際、樹神教団の幹部から聞き出した話はロクでもないものだった。
「大前提として樹神教団は再緑化を止めようとしていない、それどころか逆の立場だ。……なにしろ、この世に樹海を生み出したのが樹神教団だからな」
「えっっ!? ど、どういう事よ」
「厳密に言えば、樹神教団のトップ――『伝達者』と呼ばれる男が原因だ。内容が内容だけに教団幹部だけが知っている真相らしいがな」
国内最大手の宗教団体だけあって信者数は膨大だが、この真相について知っているのは伝達者以外では限られた人間のみとの事だ。
そういう意味では関東支部長という大物を一本釣りしたのは大正解だった。
「二十年前の緑化が人災って……」
他人の言葉をあまり疑わないカリンであっても今回ばかりは懐疑的だ。
俺も尋問に立ち会っていたが、この俺ですら物語の鈍感系主人公のように『えっ、なんだって?』と聞き返してしまったくらいなのだ。
「事の発端は一本の木、超能力を宿した木だ。その木が他者から超能力を奪う能力――『ドレイン』を持っていた事が全ての発端になっている」
「植物が超能力を?」
植物が超能力を持つという事実に驚いているが、その気持ちは俺にも理解出来る。オオカミが超能力を有していたように、人間以外の生物にも能力者が存在する事は分かっていたが、それでも植物の能力持ちが存在するとは思わなかったのだ。
「前々から植物にも意思があるという説はあったが……他の植物がどうなのかはともかく、少なくとも『その木』は意思を持っていたようだ」
「でも、どうやってその事が分かっ……あっ、もしかして樹神教団の伝達者って」
「ああ。樹神教団の伝達者は超能力者――『植物との会話能力』を持つ能力者だ」
流石にカリンは察しが早い。
樹神教団のトップが『伝達者』と呼ばれている事から全てを察してくれた。
植物との会話能力。ルカの父親が持つ動物との会話能力に似ているが、その用途は更に限定的なものだと言えるだろう。
動物と違って植物は動けないので『この水は美味しいかな?』『たまらねぇなぁ!』と会話を交わすくらいが関の山だ。しかもダム太郎な返答では水が美味しいのか足りないのかも分からない。……だが、伝達者はその木と出会ってしまった。
「伝達者の前身は過激な自然保護団体。そんな人間とその木の組み合わせは最悪だった。伝達者の行動力が無駄に高かった事も含めてな」
運命の出会いを果たしてからの伝達者の行動は狂気に満ちていた。
各地で超能力者を探し出してはドレインで捕食させ、着実にその木――『神王樹』と名付けた木を成長させていったのだ。
最初の内は超能力者探しで難航していたらしいが、幾つかの有用な能力を入手してからは捕食効率が格段に上がったようだ。
その中でも、自分の超能力を分け与える能力――『ギフト』の存在が大きい。
超能力者を見分ける能力、超能力を吸収するドレイン。それらの能力を他者に分け与え、超能力を収集させた後に神王樹が吸収するという形だ。
「そうやって神王樹は能力者を次々に喰らっていって、最終的には未曾有の大厄災を起こせるまでに成長したという訳だ」
「そうなると、政府は騙されてるって事なの?」
「残念ながらその通りだ。政府側の認識では『伝達者が神王樹と交渉した』という事になっている。定期的に強力な超能力者を捧げれば現状を維持する、とな」
政府関係者は超能力の存在を把握しているばかりか、伝達者が植物との会話能力を持つことも把握しているとの事だ。
表向きは神王樹と交渉して妥協案を引き出したという形になっているらしい。
「なによそれ……っていうか、ビャクたちはどこでそれを知ったのよ。まさかまた危ない真似をしたんじゃないでしょうね」
おっと、情報源に疑問を持たれてしまった。
これまでの話を疑っているわけではないようだが、政府関係者ですら知らない情報という事で流石に違和感を覚えたのだろう。
「ふふ、ご安心下さい。教団内部の親切な方に教えていただいただけですから」
お嬢様の疑問に応えたのは雨音。
もちろんサイコパスな雨音に隙はない。薬物的尋問で聞き出した情報のはずなのに、正義感の強い内部告発者から聞いたかのような様相を呈している。素直なカリンが「樹神教団も一枚岩じゃないって事ね……」と騙されているのも当然だった。
「ちなみに政府関係者が樹神教団の言い分を受け入れているのは実績があるからだ。神王樹から伝達者を通じて『超能力を与えられる』という形でな」
「樹神教団に便宜を図ると超能力が貰えるって事なの? ……そうなると、緑化後に教団が急成長したのもその影響が大きいのかしら」
「その可能性は高いだろうな。当初の樹神教団の目論見とは異なっているようだが、表向きは伝達者を通じて国家と樹海が共存しているという形だ」
権力者が超能力を欲する気持ちは分からないでもないが、樹神教団は信用に値する存在ではない。なにしろ樹神教団の最終目標は『世界を樹海で埋めること』だからだ。いくらなんでも原始的な生活を良しとする人間は少数派のはずだろう。
もちろん、樹神教団の関東支部長を利用して告発するという手は考えた。
だが、それを証明する物証がない。荒唐無稽な話だとシラを切られたらそれまでなので、空柳警察の行状が知られるだけの結果になりかねないだろう。
「神王樹のドレインは超能力を吸収するだけでなく、積極的に活動する為のエネルギー源にもなる――そして、それこそが樹神教団が超能力者を狙っている理由だ。なにしろ前回の緑化侵攻が止まった原因は『エネルギー切れ』らしいからな」
『増殖』『分体』『再生』。
神王樹はそれらの能力を使って二十年の大厄災を起こしたと聞いている。
本来の予定ではそのまま世界を森に変えるつもりだったらしいが、人間が走ると疲れるように、神王樹も能力の行使で想定以上にエネルギーを消費していた。だからこそ、緑化侵攻を休止して超能力者の回収に励んでいたのだ。
「能力的には十分でもエネルギーが足りなかったという事だ。――だから、カリンが犠牲になっても再緑化は止まらない。むしろ状況が悪化するだけだろう」
重要な事なので念を押しておくと、カリンは考え込みながらも小さく頷いた。
このまま座視していれば『再緑化を止める為に協力してほしい』と政府から話を持ち掛けられる可能性がある。それ故に、当人に真相を伝えることにしたのだ。
常人と比較して超能力者から得られるエネルギー量は桁違いらしいが、カリンの場合はその中でも突出しているような節がある。
カリンの犠牲は再緑化を防ぐという意味でも論外だと言えるだろう。
「おっと、そんなに心配そうな顔をする必要はないぞ。俺は名探偵だからな、全ての問題を解決する手立ては考えてある」
カリンの表情が沈んでいたので即座にフォローする。現状はあまり思わしくないが、何も解決策を考えずに当事者に告げるような真似はしない。迷子の子供のようなカリンを安心させるべく、俺は自信に満ちた不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「なぁに、現状の問題を解決するなど簡単な事だ。このままでは再緑化が避けられないという事なら――――俺が神王樹を滅してやろう」
明日も夜に投稿予定。
次回、百五四話〔灯台もと暗し〕