十五話 開かれたパーティー
豪華絢爛な立食形式のパーティー会場。
ホールの大きな窓からはライトアップされた広大な庭園が見えており、いかにもパーティー会場として人気を博しそうな場所だ。
だが、この場所は一般には開放されていない。
ここは華王学園が郊外に所有する邸宅。華王学園は資産家の子女が通うことで知られている名門学園であり――神桜カリンの通っている学園だ。
「これが学園主催の進級祝いパーティーか……。学園生の集まりという事で、もっと気楽に飲み食いする場だと思っていたんだがな」
俺は思わず重い息を吐く。
進級祝いパーティーという事で和気あいあいとした食事会だと思っていたが、眼前の光景にそのような和やかさは全く見られない。
「せっかく美味しそうな料理が並んでいるのにロクに手を付けていないとは。これでは立食パーティーである意味がないな」
テーブル上の料理たちは存在感をアピールするように湯気を上げているが、パーティー参加者の学生たちは見向きもしていない。
彼らの目的は料理ではなく他の参加者との会話にあるらしく、まだ中学生であるにも関わらず腹の探り合いのような会話をしているのだ。
俺には負の感情が見えてしまうので、権謀術数が渦巻いている空間は非常に居心地が悪い。まさか学生のパーティーでこんな思いをするとは思わなかった。
「――当然でしょ。ここは食事をする場じゃなくて人脈を広げる為の場なんだから。学園卒業後の利益に繋がる事だから、呑気に食事している暇なんて無いのよ」
俺の嘆きの声に応えたのは、このパーティー会場で異彩を放っている幼女だ。
光り輝く金髪が存在感を主張する幼女、神桜カリン。今夜は学園の制服ではなく仕立てのいい真っ赤なドレスを着ているので尚更に目立つ。
周囲の同級生に比べて一際幼く見えるが、その優れた容姿は自然と人の目を引いている。だがもちろん、俺にとっては外見など問題ではない。
この人間の悪意に塗れた空間において異質な心――カリンの汚れのない心を見ているだけで、俺の荒んだ心は自然と癒されていた。
「な、なによ、ニタニタしながら私を見て……」
おっと、これはご挨拶だ。
微笑みながらカリンを見ていたら性犯罪者のように言われてしまった。せめてそこは『ニコニコ』くらいの表現にしてもらいたかったものである。
しかし、俺の方にも非があったのは認めざるを得ない。清涼剤のような幼女に癒やされていたとは言え、黙って見ていたのは確かに不躾だった。
「悪かったな、少しカリンに見蕩れていたんだ。やはりお前はいいな」
「ふぇっっ!?」
素直に謝罪しつつ称賛すると、カリンはあっという間に顔を朱に染め上げた。
周囲に褒めてくれる人間がいないのか、この幼女は褒められ慣れていないのだ。
「あ、あんたも……それ、悪くないわよ」
カリンは小さな声で切れ切れに呟く。
ここで言う『それ』とは、俺のフォーマルな服装のことだろう。一応はパーティーという事で、普段は着ないワイシャツとスラックスを着ているのだ。
というか……この話の流れからすると、俺がカリンのドレス姿を褒めて社交辞令的に褒め返されたという流れのようだ。
同級生とは一線を画している純粋な心を褒めたつもりだったが、しかしわざわざ訂正するのも野暮な話だ。ここは「うむ」と適当に頷いておくとしよう。
「それにしても、カリンの同級生たちはゴツい護衛を連れているのが多いな」
普段の華王学園は関係者以外立ち入り禁止となっており、護衛と言えども学園内に付き添うことは許されていないが、今回に限っては同伴者が認められている。
俺が言及しているのは、その同伴者だ。
パーティーの同伴者という事でスマートなエスコート役が多いかと思いきや、カリンの同級生が連れているのは筋骨隆々とした大男ばかりなのだ。
「ああ……それね。あれは金持ちのペット自慢のようなものよ。あんたには関係無いから気にしなくていいわ」
カリンはどこか苦々しい口調で言い捨てた。
金持ちのペット自慢とは、分かるような分からないような説明だ。
もしかすると『オレの護衛の方が強そうだろ』と競い合うのだろうか?
人間をトレーディングカードのように扱うのはどうかと思うが……いや、人の趣味にケチを付けるのは無粋か。他人に迷惑を掛けるような趣味ならともかく、誰も不幸になっていないなら文句を言う筋合いはない。
「ペットと言えば……いや、ペットではないが、ラスにお土産を持ち帰ってやりたい。ここの料理は余りそうだから持ち帰っても構わないだろうか?」
俺一人なら迷わずお持ち帰りしていたが、今の俺はカリンの護衛という立場だ。
同級生に『カリンさんの護衛は貧乏臭いですわね、オーホッホッホッ!』などと煽られてはいけないのでカリンに確認を取るのは当然だった。
「別に構わないわよ。……あんたって、なんだかんだ言ってラスには甘いわよね」
あっさりと許可を貰えたのはいいが、ラスばかりが甘やかされているのが面白くないのかジト目も付いてきた。まだ甘えたい年頃なので嫉妬しているのだろう。
とりあえずジェラシー幼女に正当な弁明をする。
「あいつは今夜の一件に参加を希望していたからな。お土産も無しでは気の毒だ」
今夜の一件。カリンが普段とは違う行動を取る日であり、郊外の邸宅で開かれる進級祝いパーティーに出向く日。
そう、今夜こそが一週間前に予見していたカリンが襲われる日なのだ。
「これから大変なのに、あんたは余裕ね……」
さすがにカリンは緊張を隠せない様子だが、今後を考えれば無理もない反応だ。
護衛を巧みに尋問したところ、今夜の帰り道に『不埒者の集団に襲われる』という事が判明している――そう、前回と違って敵は護衛たちだけではない。
前回の失敗で警戒しているのか、今回はより大掛かりなものが予想されている。
もちろん、護衛を解雇して襲撃を回避する案も検討したが……カリンと相談した結果、襲撃計画が分かっている現状を利用した方が望ましいという事になった。
神桜家が手配した護衛が二度も裏切れば、今後はカリンの意見を通しやすくなるとの事だ。俺が付いている限りは危険性も低いので問題は無い。
そして、問題の襲撃への対抗策。
今回は襲撃を受けることを前提条件にした上で、前もって警察に相談するという正攻法な手段を選んでいる。
当然の事ながら『心を読んで襲撃を予見した』と説明するわけにもいかないので、『護衛たちが襲撃計画を話し合っていたのを聞いた』と相談した形だ。
警察が今回の件にどれほど本腰を入れているのかは不明だが、俺が相談した刑事は信用出来そうだったので少なからず人手を回してくれるはずだろう。
しかし、この襲撃は未然に防げばいいという類のものではない。
今回は襲撃計画が判明している貴重な機会なので、確実に余すことなく実行犯たちを捕まえておきたい。だからこそ、刑事からの警護提案を断って襲撃場所と予想時刻を伝えるだけに留めておいた。
理想としては襲撃直前に不埒者を一網打尽。
最悪でも襲撃中に警察から援護してもらいたいところだが……まぁ、実際のところは賽を振ってみないと分からないと言わざるを得ないだろう。
次回、十六話〔仮面を被る名探偵〕