百四八話 決着してしまう草野球大会
「――プレイボーッ!」
そして迎えた先頭打者。出雲町の一番手は、新規加入を果たした山龍カンジ。
早速の強打者を迎えてしまったが、カンジは初心者なので付け入る隙はある。ロマルドは変化球も使いこなせる技巧派なので尚更だ。
「ストロンツォ! よくもおめおめバッターボックスに顔を出せたな!!」
因縁の相手を罵ってしまうルチャーノ。
普段は人格者でも不義が絡むと手に負えなくなる男なのだ。まだ捕手の役目を忘れていないだけ冷静な方だと言えるだろう。
「おうよっ、オレが一番手だぜ!」
一度開き直ってしまえばカンジは揺るがない。
口汚く罵倒されながらも爽やかな笑顔で返している。これくらい図太くないとルチャーノの同僚は務まらないので望ましいメンタルだ。
そんな一方的な舌戦が繰り広げられる中、投手のロマルドはマイペースにヒュッと投げ込む。内角高めの速球。初球で身体を引かせようという巧妙な投球術だ。
それは一般的には有効と言える戦術だったが――しかし、今回は悪手だった。
「カンジッッ!?」
ロマルドの速球はカンジの顔面を捉えていた。だが、もちろんカンジはピンピンしている。良い球が飛んできたので自分から当たりに行ったのは明白だった。
しかし、これはまずいぞ……。俺の脳裏に不安が過ぎった直後、審判を務めるペカチュウさんが投手をビシッと指差した。
「――退場ッッ!!」
くっっ、やっぱり退場になってしまった……!
危険行為には厳格に対応するペカチュウさん。頭部への危険球となれば文句無しで一発退場だ。そして退場宣告と同時、俺はバッターボックスに走り出していた。
「ノンッ!! 今のはストラ……ッぐふ!?」
やれやれ、危ないところだった……。
俺が当て身で眠らせなければルチャーノまで退場になるところだった。この男はスイッチが入るとすぐに暴力を振るってしまうトンデモ野郎なのだ。
不思議そうな顔のチャイクルさん、安らかな顔で眠っているルチャーノ、なぜか同じく目を瞑っているガブリフ。残されたメンバーは俺を含めて四人しか居ないのだから、これ以上チャイクル団のメンバーを減らすわけにはいかない。
「ふむ、次のピッチャーはチャイクルだな」
ペカチュウさんの声で試合は再開された。
次なる投手は絶対的エースのキャプテン。これでチャイクルさんはプロ顔負けの名投手という事で、あっという間に出雲町を三者三振で仕留めてしまう。
「ブラーヴォ! 流石はチャイクルだね!」
これには復活したルチャーノも大絶賛だ。
一眠りして冷静になっているので澄み切った笑顔である。ちなみにエースの剛速球を捕れるルチャーノも相当に優秀だったりする。
「チッ、あのライトが無ければオレだって……」
ガブリフはエースの投球に対抗心を燃やしている。さりげなくペカチュウさんのライトを責めているが、しかし全員が同じ条件でやっているので言い訳にはならない。審判のヘッドライトが投手の目を刺すのは仕方ないのだ。
そして試合は進んでいく。超攻撃型のチャイクル団は順調に得点を重ね、なんだかんだで優秀なガブリフも出雲町を無失点に抑える。
四点リードの三回の表。
そこでマウンドに立ったのは、コールド王子のルチャーノ。当然のようにニ者連続ホームランを浴び、適度に場が温まったところで因縁の相手を迎えた。
「……おいカンジ、自分から球に当たりにいくのはマナー違反だからな」
「へへっ、分かってるって」
ロマルドを退場に追い込んでおきながら反省が見えないカンジ。
もっとも、ロマルド本人は全く気にしていない。試合を終えた者から宴会に入る慣わしなので、敗退チームと一緒にビールを飲みながら上機嫌な様相だ。
宿敵を前にギラギラするルチャーノ、ニコニコしながらそれを受け流すカンジ。このポンコツ投手では勝敗が見えているようだが……俺には勝機が見えていた。
俺はど真ん中にキャッチャーミットを構える。球威もコントロールも皆無なので小細工は無用、ここは得意の山なりボールで勝負すべき場面だ。ルチャーノはポーンと絶好球を投げ――ガキーンッ、と当然のように打たれた!
完全にホームラン性の鋭い打球。その球はまたたく間にライト方向の空に消えていく。……よしよし、予定通りの展開だ。
これは俺もハマった事のある落とし穴。カンジも俺と同じく、この草野球大会に隠された罠に引っ掛かってしまったのだ。
ライト方向に伸びていく打球。その完全なホームランボールは、そのままポチャッと川に落ちてしまう。それを確認した審判のペカチュウさんは、ホームランバッターのカンジをビシッと指差し――「退場ッッ!」と高らかに告げた!!
「なっっ!?」
突然の退場宣告に混乱するカンジ。それを見て爆笑する観客のロマルド。……やれやれ、ここは哀れな被害者の為に説明してやらねばなるまい。
「残念だったなカンジ。この草野球において川ポチャは即退場の悪質行為だ」
このグラウンドのライト方向には川が流れており、カンジのような強打者が特大ホームランを打つと落水してしまう事がある。
そしてボールは大会主催者の私物。主催者であり審判でもあるペカチュウさんの恣意的判定により、川ポチャの下手人は問答無用で退場になってしまうのだ。
「これはカンジの落ち度ではないから気にするな。――ほら、ロマルドが呼んでいる。宴会に参加してくるといい」
カンジは呆然としているが、これは説明不足だった仲間たちに責任がある。出雲町の面々も申し訳なさそうなので、カンジが責められる事はないはずだろう。
出雲町の面々とは対照的に、我らがポンコツ投手は誇らしげな様相だ。
宿敵のカンジを退場に追い込んだからだろう、まるで優勝を決めたかのように右腕を高々と掲げている。これが連続ホームランを打たれている男の態度なのか。
「アハハ、カンジも退場ね!」
そして宴席に入ってしまえば敵味方はない。
ロマルドは満面の笑みでハイタッチを求め、カンジも「おうよっ!」と爽やかな笑みで応えている。やはりスポーツは皆の心を一つにするのだ。
だから俺たちの間にわだかまりは存在しない。
結果としてルチャーノが大炎上してコールド負けを喰らってしまったが、俺たちは戦犯を責めることなく仲良く宴会に突入したのだった。
明日も夜に投稿予定。
次回、百四九話〔遥かなインペリアル〕
※補足 作中の『ストロンツォ!』はイタリア語で『クソ野郎!』的な意味です。