百四六話 開かれた忖度裁判
半裸で肩に大きな斧を担いでいる俺を模したキャラクター。その野性的な姿に戦慄しつつも、努めて冷静さを保って問い掛ける。
「な、なるほど……。これに毛皮のコートを着せるつもりなのか?」
「そうです。ちょっと寒そうですから」
くそっ、何が寒そうだ……。
このアバターは、デフォルトでスーツを着ていたはずだろう……!
思わず保護者の氷華に視線を向けると、従順な付き人は『お嬢様の嗜好には口を挟みません』とばかりにスッと視線を逸らした。相変わらず甘々な教育方針だ。
「……まぁいい。思うところはあるが、とりあえずガチャに挑戦してみてくれ」
俺も嗜好には寛容なので悪趣味だと罵ったりはしない。アバターのモデル的には文句を言う権利がある気もするが、これでユキは悪意を持ってやっているわけではないのだ。そして俺たちが見守る中、ユキは十連ガチャのボタンをタップした。
「やっぱり駄目みたいですね……でも、ちょっと欲しかったのが出ました」
結果はノーマルアイテムが九つ、レアアイテムが一つ。本命の『毛皮のコート』は出なかったようだが、同じくレアアイテムの『ドクロのネックレス』が出たのでユキは少し満足そうだ。早くも装備して蛮族化を進行させている。
「よし、次はカリンが試してみてくれ」
「えっ……私のアバターも見せるの?」
なぜか少し恥ずかしげな様子のカリン。
忖度問題を検証する為には比較検証が必要なのに、どうしてか自分のアバターを見せることに抵抗を覚えているようだ。それでも疑惑払拭の為には仕方ないと観念したのか、カリンは自分のスマホをテーブルの上に置く。
「ん? ほとんどデフォルトのアバターだな」
どんな色物が飛び出てくるのかと構えていたが、カリンのアバターは至極真っ当なものだった。普段の俺に近しい服装で肩にカラスを乗せているだけだ。これのどこに恥ずかしがる要素があるのか……むしろ恥じるべきはユキの方である。
「ア、アバターの事はどうでもいいでしょ!」
俺の訝しむような視線から逃げるように、顔を赤らめたカリンは操作を進めていく。小さな指でポチッと実行された十連ガチャ。
俺は厳正な裁判長の如く、その吐き出された結果を公正な目で検分する。
「ふむ、なるほど…………判決、忖度ッ!」
俺は容赦なく『忖度』の裁定を下した。
カリンは不服そうに「なんでよっ!」と声を荒げているが、しかしこれに関しては異議を差し挟む余地はない。ユキが目を丸くしながら、その証拠を口にする。
「レアが六つで、スーパレアが三つも……」
誰がどう見ても忖度の塊だった。
ノーマルアイテムが一つしかないので逆にレア化しているという有様である。これで非忖度を訴えられるカリンの神経も大したものだ。
「ラクダ、ゾウ、キリン……騎乗系動物が三匹も出てくるなんて凄いね」
苦労してホッキョクグマを手に入れたらしいユキは一周回って感心している。ここで素直に感心出来るあたりがユキの偉いところだ。
いや、それよりも……騎乗系動物のチョイスがおかしい気がする。
普通はウマやロバなどをイメージするところなのに、なぜゾウやキリンが選ばれてしまったのだろうか。相対的にラクダがまともに見えてくる異常事態である。……そもそも探偵物のゲームで動物に騎乗している時点で意味が分からない。
「うぅっ……私は何も言ってないのに」
なにやら悔しそうに唸っているカリン。
本人の関知しないところで『忖度罪』として吊し上げられれば無理もない。八つ当たりで社員のボーナスカットをしかねない様相である。
「無知は罪とまでは言わないが、カリンの立場なら予想して然るべきだったな。まぁしかし、社長に気を利かせてくれたのだから社員を責めてやるな」
忖度罪で起訴されたカリンの頭をぽんぽんと叩き、テーブルのドーナツを「もごっ」と押し込んでおく。社員に飛び火しないように宥めるのは俺の役目なのだ。
「っぐ、アタシのドーナツが……」
ドーナツをもぐもぐしながら悲しそうな声を出すルカ。カリンの口に押し込んだドーナツが最後の一個だったので無念な気持ちになっているようだ。
「まったく、ルカは一人で十個以上も食べただろうが……。まだお腹が減ってるなら、階下の給湯室から何か貰ってくるといい」
自分の口にドーナツを入れながら更に所有権を主張するのはどうかと思ったが、カリンが恨まれてはいけないので代替案を出しておいた。
これにはルカも「むぐっ」と嬉しそうだ。
こんな事をしているから探偵事務所が社長室呼ばわりされるのだが、カリンの関係者が顔を出すことを社員は喜んでいる節があるので問題は無い。雨音が上手く立ち回っている事もあって、マスコット的な幼女社長は社員から好かれているのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、百四七話〔始まってしまう草野球大会〕