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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第六部 終わりの千道
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百三七話 鉄人的新聞配達

 休暇明けの職場復帰。職場の雰囲気によっては気後れしかねないところだろうが、もちろん俺の勤める新聞販売店ではそのような事は全くない。


 自由参加の集まりに顔を出すような緩い空気感なので、パジャマで出勤する者もいるほどなので、職場に顔を出すことに抵抗感を覚えるはずもなかった。


 だから、今日の俺の出勤時間が早いのは後ろめたさによるものではない。俺が早めに出勤した理由は他でもない、職場の『新人』の様子が気になったからだ。


「カンジ、仕事の調子はどうだ?」

「おう、めちゃくちゃ面白いぜっ!」


 ニカっと白い歯を見せてくれるカンジ。

 この爽快な笑顔からすると心から仕事を楽しんでくれているらしい。新聞配達の仕事を紹介した立場としては胸を撫で下ろすばかりだ。


 そしてそう、このカンジこそが職場の新人に他ならない。俺とチャイクルさんが休暇に入ることで人手不足に陥っていた新聞販売店。俺は前々から休暇を伝えていたが、チャイクルさんは父親の訃報なので突然のお休みだ。


 それでなくとも人手不足ぎみで大変だったので、この機会に暇を持て余していたカンジを誘ってみたという訳だ。体力自慢にうってつけの自転車配達である。


「うむ、仕事が面白いなら何よりだ。人手が足りてなかったから本当に助かるぞ」

「なぁに、オレも好きでやってるからな」


 カンジには旅行前に仕事を教えているが、これで意外にも仕事覚えは早かった。

 配達先の家を色付きのマーカーで印した地図、日めくりカレンダーのような形で次の配達先が分かる順路帳。これらの便利アイテムがあっても初心者は苦戦するものだが、カンジは真綿が水を吸い込むように仕事を覚えてくれたのだ。


「しかし……自分で誘っておいて言うことではないが、カンジが新聞配達を気に入ってくれたのは少し意外だな。荒事を伴う仕事なら合いそうなものだが」

「へへっ、それがよ……」


 カンジが上機嫌で喋り出した直後、新聞販売店にパァーッと明るい光が差した。

 販売店の扉を開けて現れたのはチャイクルさん。俺と同じタイミングで帰国したので、職場への復帰も同時という訳だ。チャイクルさんは室内を輝かしい笑顔で照らし、俺の横に立っている新入りの存在に目を留めた。


「――カンジ、ヒサシブリ!」

「おう、久し振りだなっ!」


 力強いハグを交わすチャイクルさんとカンジ。

 十年来の親友と再会したかのような様相だが、もちろんこの二人は初対面だ。俺が互いの情報を話していたので親友感覚になっているだけだろう。


「気道確保、サレタネ!」

「おうよっ!」


 予想通りと言うべきか、チャイクルさんとカンジの相性は抜群だった。

 ルカと仲良しだったのでカンジとも仲良くなれるだろうと思っていたが、第三者が入り込めないほどに意気投合している。本当に色んな意味で入り込めない。

 そんな賑やかなやり取りの中、新聞販売店に次なる仲間が顔を見せる。


「おっ、ガブリフじゃねぇか! ――ガブリフ、ガブリーフッッッ!!」

「うるせえぞカンジ。深夜に騒ぐのはやめろ」


 おや、これはどうした事だろう……?

 カンジはガブリフが凶弾に倒れたかのように叫んでいるが、この反応は不思議ではない。チャイクルさんと話している内にテンションが上がっただけだろう。


 しかし、ガブリフの柔らかい態度が意外だ。


 ガブリフは気難しいので俺と出会って一カ月くらいは敵意が強かったのだが、なぜかカンジに対しては悪態を吐いていても負の感情が見えない。……圧倒的コミュ力によって短期間で友人関係を築いたのだろうか?

 ともあれ、俺もガブリフに挨拶をしなくては。


「久し振りだなガブリフ。ほら、シアポール旅行のお土産だ。せっかくだからチャイクルさんとお揃いのお土産にしておいたぞ」

「チッ、わざわざ土産を被らせるヤツがいるか」


 やはりガブリフは気難しかった。

 南国土産の定番であるマカデミアナッツチョコを見せても、居酒屋で『とりあえず生ビール!』とばかりに第一声は文句から入ってしまうのだ。……それでもしかめっ面のままチョコを口に運んでいるのが憎めないところだ。


 そしてガブリフも交えて歓談している中、他の仲間たちも続々と顔を見せる。

 仲間たちにシアポールの土産話を披露し、ランバード家の前で撮影した写真を見せながらドヤァしていると、新聞が配送されてきた事で雑談はお開きとなった。


「…………んん? ちょっと待て、なぜバイクに新聞を積んでいるんだ?」


 新聞にチラシを挟んでバイクに積み込みという段になったところで、カンジの不可解な行動が気になってしまった。


 当初は自転車の運転すら未経験だったカンジ。あっという間に乗り方をマスターして『これ面白ぇな!』と無邪気に喜んでいたはずだが、そのカンジが当たり前のような顔をしてバイクに新聞を積んでいる。これは俺が指摘するのも当然だ。


「ひょっとして無免許運転か? 早朝で車通りが少なくても、それはいかんぞ」


 カンジがバイクに興味を持っていた事は知っている。自転車の乗り方をマスターした後に『これも面白そうだな!』とバイクに興味津々だったのだ。だが、カンジが免許を短期間で取得出来るとは到底思えない。


 この職場に無免許運転を指摘するような倫理観の持ち主は居ないが、カンジの為にも被害者予備軍の為にも見過ごすわけにはいかない。もしも事故を起こしてしまったら取り返しがつかないのだ。……しかし、なぜかカンジは不敵に笑った。


「へへっ、大丈夫だぜ。――ほら、親父に言ったら免許を貰えたんだぜ!」


 なっっ!? ど、どういう事だ……? 

 俺の知っている免許は、プレゼント感覚で貰えるものではなかったはずだ……!


「ほ、本物の免許のようだな……流石に原付のみだが、しかしこれは……」


 誇らしげに見せられた免許は本物だった。

 交通ルールどころか社会のルールすら怪しい男、そんなカンジが免許を持っているのは只事ではない。カンジの発言も踏まえれば導き出される結論は一つ。


 カンジの父親は政財界に顔が効く大物と聞いている――そう、カンジは親のコネで免許を手に入れてしまったのだ……!


「……よし、分かった。今日のカンジの配達には俺も付いていくとしよう。俺の配達分は後からでも間に合うからな」


 免許が交付されているのは公的な事実。

 事ここに至っては、俺が実地で交通ルールを教え込んでいくしかない。この時間帯は車通りが皆無に近いので周囲に迷惑を掛けることもないのだ。


 悩みを持たないカンジは「ビャクと一緒か!」と素直に喜んでいるが、甘い父親の代わりにスパルタ教育で交通ルールを叩き込んでやるとしよう。


明日も夜に投稿予定。

次回、百三八話〔成長していた妹分〕

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