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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第五部 飛翔するランバード
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百三四話 サイコパラドックス

 善意に悪意で返してしまう許されざる兵士たち。そんな畜生道に堕ちた相手であっても、俺は苛立ちを顔に出すことなくサティーラに更なる通訳を依頼する。


「レッカー車がなくとも俺たちが力を合わせれば動かせるはずだ。どうだろう、ここは俺たちに試させてくれないか?」


 ここで重要なのは正当性。

 この連中は『装甲車が故障したから仕方ない』というスタンスを取っているが、人力で橋から動かせるなら動かさないわけにはいかないのだ。


 公僕である軍人が国民に不利益を与えるのは問題なので、この提案を無下にするならスマホを突きつけて脅してやればいい。こちらに正当性があるのは明白なので打つ手が無くなるはずだ。……しかし、装甲車の兵士たちは思わぬ反応を見せた。


「おい、サティーラ。なぜこの連中はこれほど怒り狂ってるんだ?」


 怒り心頭とばかりに装甲車を殴りつける男、顔を真っ赤にしてナイフを抜き放つ男。言葉は理解出来ずとも兵士たちが激怒しているのは一目瞭然だった。


 これはおかしい……この不自然な展開はどうした事だろうか。


 最終手段としてスマホを突きつけた後であれば怒るのも理解出来る。兵士たちが調子に乗った後に『国民を守るべき軍人がこんな事を言っていいのかな?』と煽り倒すつもりだったので、その挑発の後であれば激昂するのも分かるのだ。


 だが、まだ俺は怒らせるような事は何も言っていない。現時点では善意の協力者として穏当な提案をしただけなので不自然過ぎる。


 ……いや、これはもしかすると。

 殿下の敵に対して攻撃的なサティーラ。会話の流れ的に不自然な反応を見せる兵士。そして何より、サティーラはこの不可解な状況を自然体で受け止めている。


 これらの要素から考えられる結論は一つ――そう、俺の言葉はサティーラによって悪意の誤翻訳をされていたに違いない……!


「こら、俺の言葉をどうやって伝えたんだ。明らかに反応がおかしいだろうが」

「私は貴様の言葉をそのまま伝えただけだ。己の不手際を他人のせいにするな」


 んん? サティーラは嘘を吐いていない?

 間違いなくサティーラの悪意翻訳によるものだと思っていたのだが……いや、もしかすると当人に自覚が無いだけなのかも知れない。


 サティーラは兵士たちに敵意を持っていたので、本人も無意識の内に攻撃的な言葉を選んでしまったという可能性はある。


 つまり俺の善意による『押してやるぞ?』という発言は、サティーラによって『押忍ッ、殺してやるぞ!』と超翻訳されていた可能性がある……!


 しかし、これは参ったな……。

 こちらが先に挑発していたとなれば、スマホで撮影した動画で正当性を訴えるという手段が選べなくなった。ここは別の解決策を考えるしかない。


 兵士たちは今にも襲ってきそうなので正当防衛を狙うという手はあるが、後方で控えているチャイクルさんに暴力沙汰を見られたくないので避けるべきだ。


 であれば、問答無用で装甲車を橋から押し出すという手はどうだろう……?


 四の五の言わせずに根本的な問題を解決してしまう妙案。兵士たちは興奮しているので下手に近付くと暴発しかねないという問題はあるが……いや、それなら俺の念動力で押し出してしまえばいい。こんな時こそ超能力の平和利用だ。


 ――あとは、それが出来るかどうかだ。


 俺は念動力を鍛えているので出力には自信があるが、それでも装甲車のような重量物を動かすのは容易な事ではない。


 本来なら俺の念動力では確実に不可能だった――――が、それも今は昔。最近になって念動力の『壁』は超えている。今の俺なら、やれるはずだ。


 超能力は壁を超えれば飛躍的に強力になる。

 俺の読心能力は壁を超えた事で相手の思考を誘導出来るまでになったが、念動力の方は壁を超えられずに停滞を続けていた。


 そんな俺が念動力の壁を越えた切っ掛けは『発想の転換』だ。

 ミスミから教わった訓練方法では発動時間の短縮には至らなかったが、日々の訓練を重ねる内に真逆の発想へと思い至ったのだ。


 つまり、超能力の発動時間を早めるのではなく――『逆に発動時間を遅くしてみたらどうなるのか?』という事だ。


 俺のイメージするところは、デコピン。

 一箇所に力を集中し、力を溜めに溜めて一気に解放するというイメージだ。


 実際に装甲車ほどの重量物に試みたことはないが、探偵事務所でエアデコピンをしている感じでは大きな手応えがあった。元より念動力の出力には自信があったのでズズッと押し出すくらいの事は出来るはずだろう。


 ――――集中する。

 俺が見据えるのは装甲車、それだけだ。


 装甲車の上では兵士たちが何事かを喚き続け、サティーラが正当防衛の機会を待っているかのように冷笑しているが、意識が研ぎ澄まされる事によって周囲が見えなくなっていく。読心能力による思考誘導でもそうだが、念動力の壁を超える時にも頭がずきずきと痛くなる。おそらくは脳に負担が掛かっているのだろう。


 しかし俺は能力の行使を止めたりはしない。

 真っ直ぐに装甲車の一点を見据え、念動力を誤って発動させないように、ただひたすらに限界まで圧力を加えていく。

 そして、限界まで力を溜め切ったところで――全てのエネルギーを解き放った。


 ――ドゴンッッ!!!


 鼓膜を破壊するような轟音。思わず後退りしてしまうほどの凄まじい爆発音だ。

 その結果を引き起こした俺ですら驚いているという事で、周囲の人々などは悲鳴を上げて腰を抜かしているほどだった。


 ちなみに彼らが驚いているのは音の大きさだけではない。その視線の先には空を滑空する装甲車――そう、凄まじい轟音と共に装甲車が吹き飛ばされていた……!


「これは、一体何が……」


 流石と言うべきか、凄腕の暗殺者のようなサティーラには動揺が少なかった。

 俺と同じく装甲車の傍らに立っていたはずなのに、咄嗟に腕を上げて身を守ろうとしただけで、座り込むどころか悲鳴すら上げていない。元凶の俺ですらビックリしているという事を考えれば驚異的なメンタルである。


 もっとも、俺の場合は自分の能力が想定以上に強大だった事に驚いている。


 装甲車は重いので限界まで力を込めようと思っていたが、ズズッと動かすどころかドゴンッと吹き飛んでしまったのだ。この爆発的な結果に驚かないはずがない。


「いやはや凄まじい音だ。しかし装甲車が樹海に落下したのは幸いだったな」


 近隣の畑に落下していたら罪悪感に襲われるところだったが、激しく吹き飛んでいった装甲車は樹海に豪快なダンクを決めている。爆発炎上する装甲車には木々が群がっているので残骸処理の手間も省けてしまった。


「……これは貴様の仕業か、千道?」

「おいおい、言い掛かりは止してくれよサティーラ。チャイクルさんに悪意を向けたから天罰でも下ったんじゃないか?」

「ふむ、一理ある……。殿下は神にも等しい御方だからな。あり得る話だ」


 サティーラの詰問をジョークで躱すと、予想外にもすんなりと納得されてしまった。なぜ殿下が絡むとこれほどポンコツ化してしまうのか。


 ちなみに装甲車の乗員たちは無事に生き長らえている。兵士たちは車上に座っていたので、装甲車が吹き飛ばされた事によって激しく振り落とされているのだ。

 多少の怪我はしていても装甲車と命運を共にするよりは幸せな結果だろう。


 もっとも……未知の現象に恐怖しているのか高額な装甲車を失ったからか、兵士たちは酔いが醒めたような蒼白な顔だ。まぁしかし、罪無き人々に迷惑を掛けた輩なので同情の余地はない。上司から責められても自業自得である。


 それにしても予想以上に凄まじい結果だった。超能力は壁を超えると飛躍的に力が高まるとは知っていたが……読心能力の場合は目に見えないので実感が弱かったからだろう、壁を超えた念動力の力を見誤っていたようだ。


 読心能力による思考誘導を『バタフライパペット』と名付けたが、この新技はサイコキネシスを発動しながら動かさない矛盾という事で、とりあえず便宜的に『サイコパラドックス』と名付けておくとしよう。


 能力発動までに時間が掛かるという欠点はあるが、思考誘導で相手の動きを誘導してやれば実戦でも使えるはずだ。バタフライパペットとサイコパラドックスの併用である。……うむ、自分でも何を言っているのか分からなくなってきたぞ。


「無事に解決したという事で、そろそろチャイクルさんたちのところに戻るか」


 サティーラに声を掛け、俺たちはランバード家の車へと足を向けた。

 色々と想定外の事は起きてしまったが、最終的には平和裏に解決したので俺の心は晴れやかだ。名探偵として犠牲者ゼロという成果には大満足である。


 そもそも悪意に疎いチャイクルさんに嫌がらせをしたところで無意味なのだが、もう彼の出国日は近いので国がちょっかいを出す暇もないはずだ。故国が敵対的というのは悲しい事ではあるが……太陽のようなチャイクルさんなら、場所がどこであっても、自分も周囲も温かく包み込んで幸せに暮らしていけるはずだろう。

第五部【飛翔するランバード】終了。



明日からは第六部【終わりの千道】の開始となります。

次回、百三五話〔帰ってきた名探偵〕

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