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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第五部 飛翔するランバード
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百三二話 疾走する田園地帯

「この一帯がランバード家の所有地ですか……。ナムさんも農作業をしていると聞きましたが、これだけ広大な田園となると管理が大変そうですね」


 俺たちを乗せた車は、シアポールの広大な田園地帯を走っていた。

 朝食時に掛かってきた電話。それは付近一帯の地主であるナムさんへの相談事だったので、俺たちはトラブル解決の為に現場へ向かっているという訳だ。


「なぁに、最近は農業機械の種類も多いからの。トラクターやマニュアスプレッダー、ブームスプレヤー。用途別に取り揃えておるから苦にはならぬぞ」


 な、なるほど……。

 俺には用途どころか聞き覚えのない機械ばかりだが、ナムさんは文明の利器を巧みに活用しているようだ。元王様でありながらエリート農家のような雰囲気だ。


「しかしルカは健脚じゃのぉ。車と変わらぬ速度で走るとは比倫を絶しておる」

「へへっ、当たり前だろっ!」


 ナムさんが感嘆の呟きを漏らすと、ルカは車と並走しながら得意げな声を上げた。もちろんこれは虐待ではない。車が定員オーバーとなったところで『アタシが走るから大丈夫だ!』と、並走を宣言してくれたので提案に甘えたという形だ。


「……まぁ本当は、暴れん坊のルカには留守番を頼みたかったんだがな」

「なんだとッ!」


 問題解決に相応しくない短気性を発揮するルカ。まさにこういうところだ。

 チャイクルさん絡みの案件で暴力事件が起きてしまったら目も当てられないので、大事を取ってルカを遠ざけておきたいと考えるのは当然の思考だろう。


「ちょっと、ルカを挑発するのは止めなさいよ。それに今回は力仕事になるかもしれないんでしょ? ルカが居てくれたら助かるじゃないの」


 なんだかんだ言いながらもルカに甘いカリン。俺は純然たる事実を述べたまでだが、ルカの気性に悩まされてきたはずのカリンが言うなら黙るしかない。これでカリンもナムさんに負けないくらい懐が広いのだ。


「小さな橋の途中で車が立ち往生してるんですよね? ルカさんなら戦車でも押し退けられそうですから心強いと思いますよ」


 ユキもカリンの意見に賛同している。

 実際のところ、状況だけを考えれば子供たちの意見は間違っていない。単純に力が必要という事なら、ルカによる力押しで解決する話ではあるのだ。


 だがしかし、俺はナムさんの様子に厄介事の気配を嗅ぎ取っている。

 当初は俺たちの介入を拒んでいたという事もあるので、この一件は一筋縄ではいかない案件だと考えるべきだろう。


「カァッッ、車で橋を塞いで通行止めか。しかも今回は場所が悪いぜ」

「……ああ、まったくだ。話を聞く限りでは、問題の現場は『樹海』の近くだからな。近辺には必要最低限の橋しかないと考えるべきだろう」


 緑化侵攻は橋を撤去すれば止められる、そんな噂が広まった事によって世界各地で橋が取り壊されてしまった経緯がある。……実際には止めるのではなく川底を経由させる事で緑化を遅らせただけだったが、人類にとって貴重な時間を稼げたので無益な行為ではなかった。


 樹海の近くの橋となれば積極的に再建を進めているとは思えないので、現地の人々は数少ない橋を渡れなくなって難儀しているはずだろう。


「それにしても、樹海の近くで普通に生活しているなんて凄いですね……」

「日本の樹海となると、最寄りの人里であるルカの村からでも遠いからな」


 ユキの発言には『樹海の近くで生活するなんて草生えますね!』的なディスりを感じなくもなかったが、それには触れることなく差し障りのない答えを返した。


 実際、ユキの意見はもっともだ。

 再緑化が起きた時には真っ先に被害を受けてしまうとなれば、樹海の近くに生活圏を築きたくないと考えるのは当然だろう。


 ただ……緑化被害の少なかった日本はともかく、この辺りは亡国ブルネイアの領土だ。隣国から始まった緑化の影響を受けて、国土の大半を失ったブルネイアだ。


 緑化から十年後にはシアポール連合王国に併合されたが、生活圏には限りがあるので、樹海の近郊を避けたくとも引っ越せないのだろうと思う。


「――おっと、あれが問題の川か。想像していたよりも川幅があるな」


 そんなこんなで歓談しながら車で走っていると、遠くに川が見えてきた。田園地帯にある川という事で用水路のようなものを想像していたが、遠目に見ても川幅は十メートルを超えている。これは橋が無ければ渡るのは難しいところだ。


「川の向こうに見える大きな森、あれが樹海? もっと禍々しい森のイメージがあったけど、意外とそうでもないわね」


 カリンは樹海を目の当たりにして拍子抜けしたような声を漏らしているが、それは大厄災を直接体験していない若い世代だからだろう。

 直接の被害を受けた世代にとっては、苦々しく大きな存在に見えているはずだ。


 特にランバード家のナムさん。当時はチャイクルさんの父親に王位を譲っていたらしいが、国土を奪われた王族としては憎んでも憎み切れない存在に違いない。


「うむ、あれが樹海じゃ。今でこそ落ち着いたが、当時は中々に大変じゃったぞ」

「大変ダタ!」


 だが、ナムさんもチャイクルさんも過去の確執を感じさせない笑顔だった。

 完全に過去の事と割り切っているのか、二人は負の感情を全く発していない。チャイクルさんに至っては嬉しそうに見えるほどである。


「しかし、カリン。樹海は遠くから見るだけで、決して近付いてはいかんぞ」

「ふん、当たり前でしょ。わざわざ危険な場所に立ち入ろうなんて思わないわよ」


 カリンは樹海を甘く見ているようなので釘を刺すと、いつもの減らず口が返ってきた。これで約束は守る子供なのでこの様子なら大丈夫そうだ。


 そもそも今回の件はルカだけでなくカリンたちも関わらせたくなかったのだが……本来なら今日は観光の予定だったので、シアポールの樹海を見てみたいと言われれば拒めるはずもなかった。樹海は物見遊山で訪れるような場所ではないが、人類の脅威を目の当たりして心構えをするという名目で納得するしかない。


 広大な樹海を横目に眺めながら、川を(さかのぼ)るように車を走らせること数分。

 俺たちを乗せた車は、田園地帯らしからぬ渋滞に遭遇した。――そしてそれは、目的の場所に到着した事を意味していた。


「……あれは、()()()か。人力で動かすには苦労しそうな代物だな」


 ユキが物の例えで『ルカさんなら戦車でもゴミカスですよ!』と口にしていたが、橋の途中で停車しているのは戦車に似ているとも言える軍用車だった。横幅の大きくない橋を塞ぐように駐まっているので完全に封鎖状態だ。


「シアポールの正規軍人みたいだけど、樹海関係の仕事で来たのかしら……?」

「なんか恐そうな人たちだね……」


 装甲車の中は暑いからか車上に座っている兵士たち。遠目にも素行が悪そうな連中に見えるからだろう、暴力的な雰囲気に慣れていないユキが少し怯えている。俺にはユキの毒舌の方が恐ろしいのでジャンケン的な三竦みを感じなくもなかった。


あと二話で第五部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、百三三話〔正義の脅迫〕

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