百三一話 機能不全のダブルチェック
一夜明け、翌日の朝食。
俺たちが持ちこんだ大量の海鮮食材の影響は大きく、昨晩に引き続いて今日も朝から海鮮三昧となっていた。生モノの早期消費は基本なので当然の流れである。
よく分からない謎貝の味噌汁、深海魚のような魚を焼いた焼き魚。
氷華がユキを心配して『まずは私が試します』と毒見役を申し出るほどのラインナップだが、地元民であるナムさんが気にしていないので問題は無いはずだ。
「これは儂も初めて見る魚じゃのぉ。なにやら毒々しい色をしておるが……まぁ、ビャク坊たちが持ってきた魚なら問題はあるまい」
おおっと、ナムさんから衝撃的な発言だ。
氷華が毒見をしている様子を見ながらの発言だが、どうやら俺と同じような感覚で安全判定を下していたらしい。
これはまさに機能不全のダブルチェック。
最初の人間が『次で確認するからヨシ!』と無責任な判断を下し、次の人間が『最初の人間が確認しているからヨシ!』と同様の判断をしてしまうと、結果的にガバガバ判定になるというものだ。……まぁしかし、この料理はランバード家に代々仕える料理人によるものなので大丈夫だろうとは思う。
「おかわりっ!」
もちろんルカは可食性を全く気にしていない。カリンの毒見役など考えるはずもなく、ご飯のお代わりどころか焼き魚のお代わりをしている有様である。
このニコニコーッとした顔に文句を言う気はないが、今回の一件で『露店を破壊すれば全商品が手に入る』と無意識下で学習してしまう恐れがあるのが心配だ。ルカの今後の動向に気を付けねばならないだろう。
「カァッ、朝から焼き魚とは剛毅なこったぜ。晩の食事にだって珍しいのによぉ」
そしてラスは無自覚に千道家の食事事情を露見させていた。焼き魚や揚げ物は片付けが手間だからやらないだけであって、決して経済的事情で避けているわけではないのだが、カリンから貧困を案じるような目を向けられてしまっている。
「美味シカタ!」
チャイクルさんクラスともなれば食べる前から絶賛である。
それは約束された美味。まだチャイクルさんは箸をつけていないので子供たちは混乱しているが、大人になれば視覚情報だけで味を察せられる事に気付くはずだろう。……そんな平和な朝食時、ランバード家に一本の電話が掛かってきた。
「――ナムさん、なにかトラブルですか?」
俺は問い掛けながらも確信していた。
電話で席を外していたナムさんが、こちらに戻ってきた時には憂いの感情を漂わせていたのだ。電話の内容が好ましくないものだった事は明白だ。
「なぁにビャク坊、心配は無用じゃ。ちょいと仕事が出来ただけの事よ」
朗らかな笑みを浮かべて首を振るナムさん。その首を振る動作で気持ちを切り替えたのか、ナムさんに見えていた負の感情が跡形もなく霧散する。驚くべきメンタルコントロールと言えるが……しかし、このまま見て見ぬフリをするべきなのか。
ここで問題になるのは無関係な友人。
今日もチャイクルさんの観光案内を受ける予定だったが、俺がトラブルに介入すると予定が台無しになってしまうので、ここで手前勝手な判断は下せない。
そう思ってカリンたちに視線を向けると、子供たちからは頷きが返ってきた。
有り難いことに『ナムさんの問題解決に尽力したい』という俺の想いを察してくれたようだ。氷華にも視線で確認を取ると、こちらはユキをチラリと見てから頷いた。例によってユキの意思を尊重するという事らしい。
ラスの意思は確認するまでもない。
ルカは三匹目の焼き魚しか見ていない。――よし、これで決まりだ。
「水臭いですよナムさん。何があったのかは知りませんが、ここは問題解決のエキスパートにお任せください。たちどころに解決してみせますよ」
全会一致で関わる事を決めた以上、ナムさんに遠慮するという選択肢は存在しない。たとえ断られても強引に介入するつもりでいる。
過去の依頼達成率は驚きの百パーセント。
迷い猫を捜し出して遭難者を救助した名探偵――この千道ビャクが、どのような問題でも平和的に解決してみせよう。
あと三話で第五部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、百三二話〔疾走する田園地帯〕