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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第五部 飛翔するランバード
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百三十話 直すべき悪癖

 熱烈な歓迎というよりは温かい歓迎。

 カリンやユキが居心地悪そうであれば早々にランバード邸を辞去するつもりだったが、幸いにも子供たちは自宅で過ごしているかのようにリラックスしていた。


 ランバード邸が和風建築なので異国感が薄いという理由もあるだろうが、カリンたちが気を張らずに済んでいるのは屋敷に住む人々の人柄のおかげだと思う。


 だからこそ、当然のような流れで『ここがビャク坊の部屋じゃ』と屋敷に泊まることが決定していても、子供たちから不満の声は上がらなかった。


 市場で購入した海鮮食材に舌鼓を打ち、男女別に別れた大浴場で旅の汗を流す。そして女性陣に用意された大部屋に戻ると、旅館に泊まっているかのように布団が敷かれていた。そんな至れり尽くせりな光景に、ユキが息を吐いて感想を漏らす。


「わぁぁぁ……床の上で寝るなんて初めてです」


 これは、ディスってるのか……?

 普段から煽りっぱなしなので判断が難しいな……。まぁしかし、ユキに悪意は見えないので煽り判定はセーフとしておこう――


「――待て。ユキの家は純和風のお屋敷だろうが。布団など珍しくもあるまい」


 煽り判定をセーフと見做(みな)しかけた刹那、その発言の違和感に気付いてしまった。

 まんまと煽りっ娘に騙されるところだったが、ユキの家は庭園まで存在するほどの和風屋敷なのだから、常識的に考えて布団で寝ていないとは思えない。

 まったく……危うく隠されたヘイト発言を見過ごすところだった。


「いえ、私の部屋はフローリングの床ですから。寝る時はいつもベッドですよ」

「あの純和風の家屋で洋室なのか……?」


 だがユキから予想外の反論が返ってきた。

 しかし、考えてみれば……かつてユキの爺さんは『真星家の正装は和服じゃ』などと言っていたが、ユキは真星家のパーティーでは普通にドレスを着ていた。大人しそうに見えても周囲の圧力に負けない確固たる意志を持っているのだろう。


「ちなみにカリンの部屋は……おっと、もうルカが寝てしまったか」


 ルカが布団ですやすやしている事に気付き、俺は言いかけた言葉を止めた。

 相変わらずルカの就寝は早い。まだ夜も浅いので雑談する流れだと思っていたが、気が付けば布団の中に潜り込んで幸せそうな顔で眠っている。

 とりあえずルカを起こすわけにはいかないので、静かに隣室へと移動する。 


「カリンも一緒に寝る時間じゃないのか? 氷華やユキはともかくとして」

「ふん、私はもう子供じゃないのよ」


 意外にもカリンがついてきたので疑問に思って問い掛けると、カリンは子供扱いに気分を害したように鼻を鳴らした。


 悪態を吐きながらも少し眠そうな気配だが、旅行の夜なので夜更かししたいという気持ちがあるのか、まだカリンは床に就く気はないらしい。

 ユキや氷華たちが起きているので対抗心もあるのだろうと思う。


「よく寝るのは悪いことではないからな、少しでも眠くなったらいつでも寝るがいい。まぁ、まだ夜も早いから無理にとは言わんが」


 実を言えば……今夜はナムさんとチャイクルさんと飲み明かす約束をしているのだが、カリンたちには個人的な希望を叶えてもらったので無下にはできない。ここは強引に寝かせることなく存分に楽しませるべきところだ。


 ナムさんたちには子供たちの相手を優先すると伝えてあるので、酒宴への合流が遅れたところで大した問題は無いのだ。


「しかし……今日もルカは大暴れしていたが、普段の護衛もあんな感じなのか?」


 前々から気になっていたので、この機会にルカの行状について尋ねてみた。悪意を向けてきた人間がどうなろうと構わないが、上流階級の人間を気軽に殴っていたら大きな問題になりかねない。今日の蛮行を目にして心配になるのも当然だった。


「最近は落ち着いてるわよ。噂になってるから変なのも寄ってこなくなったし」


 以前にもチラリと『ルカはそんなに問題を起こしてないわよ』と引っ掛かる事を言っていたが、どうやらルカの悪評が広がった事によって虫除けとして完成してしまったらしい。現在の周囲環境にカリンが満足そうなのが救いだろうか。


「現状からすると相当数の犠牲者を出したようだが、その話しぶりでは大きな問題になってないようだな。いつものように大金で片っ端から黙らせたのか?」

「いやらしい言い方は止めなさいよね。ルカが怪我をさせた相手に治療費は支払ってるけど、それは法外な金額じゃないわ。あくまでも常識の範囲内よ」


 カリンの言う常識の範囲内が大金である事は明らかだが、それでも暴行問題が無事に解決している節があるのは少し意外だ。


 中には神桜家の弱みを握ったとばかりに『あれからムチ打ちが酷くてなあ!』とつけ込む輩がいたとしても不思議ではないのだ。

 そんな俺の疑問を察したのか、静かに控えていた氷華が口を挟んだ。 


「神桜家を敵に回すような者は少ないですが、事が大事にならないのは海龍家の存在も大きいのではないかと。特にルカさんのご母堂様は有名ですから」

「……ああ、そういえばルカの母親は『女帝』の護衛をしていたんだったな」


 世界的に有名な実業家でありカリンの祖母でもある女傑。それほどの大人物の専属護衛を務めていたとなれば名前が売れるのも当然だ。


 ちなみにルカの母親も超能力者のはずだが、自分の能力については『ここだってところが分かるんだよ!』とフワフワな事を言っていた。あのルカの母親らしい説明ではあるものの、その後に実演してくれたので言わんとするところは分かった。


 なにしろルカの母親は大岩を一突きで粉々にしていた――それも軽く突いただけで、だ。その不可解な現象と本人の説明を併せて考えると、おそらくルカの母親の能力は『直感的に急所を見抜く能力』なのだろうと思う。


 そんな超攻撃的な能力の持ち主が、敵の多かった女帝の護衛を務めていたとなれば、周囲に暴威を撒き散らして上流社会で有名になるのも当然だろう。


「女帝か。ルカの母親を身近に置いていた、という一事だけでも大したものだな」


 ルカの母親となれば暴走癖を持っている事は明白。現在のカリンはルカに振り回されっぱなしだが、女帝の場合は巧みに手綱を握っていたものと思われる。自分の護衛が悪人を殴りっぱなしでは世界規模で活躍出来るはずがないのだ。


「カァッ。女帝の外見だけを見るとツバキの嬢ちゃんに似てるが、実際にはカリンの嬢ちゃんによく似てたらしいな。一度会ってみたかったもんだぜ」

「えっ、カリンちゃんに?」


 ユキはラスの発言内容を疑っているが、女帝と面識がある人物の証言なので疑う余地はない。元暗殺者と元護衛による太鼓判である。


 この話題になると女帝を尊敬しているカリンが嬉しそうな顔になるのが微笑ましいが……しかし、それだけに女帝が亡くなってしまったのが残念だ。


 二十年前の大厄災。世界を襲った緑化によって多数の犠牲者が生まれたが、カリンの祖母である女帝もその中の一人だ。


 女帝が年齢的要因で表舞台から身を引き、それに伴ってルカの母親が護衛を辞した直後――金城鉄壁の護衛が消えたタイミングで、大厄災が起きてしまったのだ。


 自分が近くに付いていればと思っているのだろう、女帝が亡くなった話になるとルカの母親が後悔を滲ませていた事が印象的だった。

 ルカの母親と女帝は家族のような間柄だったらしいので無理もない。


「……となると、将来的にはカリンが女帝のようになる可能性があるのか。これは今の内にサインを貰っておかねばならんな」


 死に別れてしまった主従の事を考えると物悲しい気持ちになるが、それを表に出して子供たちに暗い顔をさせたりはしない。

 女帝が亡くなった話には言及せず、ただ明るい未来に言及するのみである。


「サ、サインとか何言ってんのよ……」


 そう言いながらも転売対策で『千道さんへ』と追記しそうな顔をしているカリン。しかし、カリンには人に言い掛かりをつける悪癖があるので将来が心配だ。


 そう、ファンの佐藤さんにサインを頼まれたら『佐藤、ありがちな名前――転売する気でしょ!』と言い掛かりをつけかねないのだ……!


「……な、なによその顔は。どうせまたビャクは変な事考えてるんでしょ」


 カリンから早速の言い掛かりである。

 俺は純粋な気持ちで心配していただけなのに、そもそも感情を顔に出していないはずなのに、これだから佐藤さんへの冤罪が心配になるというものだ。


 まぁしかし、俺がカリンの傍に控えているので問題は無い。ルカを更生させる事に比べれば、カリンの悪癖を正すことなど楽なものだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、百三一話〔機能不全のダブルチェック〕

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