十三話 伝えるべき本心
一夜明けて翌日。
約定通りに学園の行き帰りに付き合った後、その流れでカリンと一緒に探偵事務所へ戻ってきた。もちろん、ただ学園帰りに遊びに来たわけではない。
カリンを狙う犯罪計画が迫っているので事前に対策を練る為の集まりだ。
「――そうか。元々は、カリンの信用の置ける人間が身近に居たのか」
カリンは俺と出会う一週間前に、街中で武装グループから襲撃を受けていた。
信号待ちの最中に襲撃を受け、どうにか襲撃者たちを追い払ったらしいが……その代償として、昔から仕えていた人間たちが入院する事態になったとの事だ。
「ええ。その事件の後に、あの連中が護衛として付くことになったのよ。……たった一週間で本性を現したけどね」
襲撃事件の直後に雇った護衛、その護衛が一週間後に裏切ったという結果だ。
そうなると、タイミング的に二つの事件が無関係とは思えない。最初にカリンを襲った襲撃者たちは、俺が片付けた連中と関わりがあると考えるべきだろう。
「しかしカリンの信頼出来る人間か……。怪我はしていても命に別状無かったのはなによりだ。俺の護衛期間は長くとも退院するまでという事になるからな」
「な、なによ、その言い方は。私の護衛に文句があるって言うの?」
むーっと不満げな声を上げるカリン。
文句も言わずにお湯を飲んでいたほどに上機嫌な様子だったが、護衛に消極的な発言をした事で気分を害してしまったようだ。だが、文句を言われても困る。
「先にも言ったが、俺には悪の超能力者を成敗するという使命があるからな。それに生活費を稼ぐ為に仕事をする必要もある」
事務所の家賃、食費に雑費。それらは新聞配達の給料だけでは賄えない。
少し前に日雇いの仕事で荒稼ぎしたので当面は問題無いが、このままでは遠からず貯金が底を尽く。いつまでも護衛に付き合うというわけにはいかないのだ。
「そうね……そういえば、あんたの報酬について話してなかったわね」
おっと、これはいかん。
これではまるで給料の催促をしてしまったかのようだ。慌てて発言を修正しようとすると、俺が口を挟む間もなくカリンは言葉を続ける。
「危険手当も加味すると、一日で二十万円くらいが妥当なところかしら?」
一日で二十万円が妥当……!?
危険手当と言うが、俺はどれだけ危険な仕事をやらされてしまうのか……。
金銭感覚のおかしいお嬢様に困惑していると、それを金銭的不満があるものと解釈したのか、カリンは更なる上乗せ攻勢に出る。
「少なかったかしら? じゃあ三十……」
「ま、待て、落ち着くんだカリン……ようじょ、ようじょおせいや!」
「なに意味分かんないコト言ってんのよ! あんたが落ち着きなさいよ!」
おっと、いかんいかん。
混乱のあまりワケの分からない造語を口走ってしまったようだ。
昨晩テレビで観た『往生せいや!』を無意識に参考にしたのか、『幼女よ落ち着け』的な謎のフレーズを生み出してしまったのだろう。
「これは失礼した。……だがカリンよ、過剰な報酬を与えるのはカリンにとっても相手にとっても為にならないぞ。神桜家にとっては端金なのかも知れないが、それはあまりに多過ぎる金額だ」
神桜家に金が有り余っている事は分かったが、考え無しに大盤振る舞いするのは悪手だ。仮に信用出来る人間を雇ったとしても、数年務めるだけで一生遊んで暮らせるほどの報酬を与えれば、長期間働くだけの勤労意欲を奪うことになる。
過ぎたるは及ばざるが如し。
そもそも信用出来る人間ならば大金を積む必要性もない。適正な報酬を与えることがお互いにとって有益というものだろう。
俺の忠告は真っ当なものだったが、しかしカリンはムッとした顔で言い返す。
「命の危険を伴う仕事なんだから一概に過剰とは言えないわ。それに、私があんたに支払う報酬は家のお金じゃないわ――私が自分で得たものよ」
自分で得たもの……?
カリンは十二歳。アルバイトもできない年齢なのに金銭を得る手段があるのか?
言葉のニュアンス的にお小遣いというわけでも無さそうだが、しかしカリンが非合法な手段で金銭を得ているとは考えにくい。
俺の疑問を鋭敏に感じ取ったのか、カリンは問わず語りに説明してくれる。
「私が取った特許のライセンス料もあるし、私名義の株や不動産だってあるわ。定期的に纏まった収入があるんだから護衛の報酬に出し惜しみなんかしないわよ」
と、特許?
しかも株に不動産とは……この幼女、十二歳という若さで不労所得があるのか。
俺が畏怖を覚えてまじまじと見ると、カリンはふふんと得意げに言い放つ。
「あんた忘れたの? 私は神桜カリンよ」
神桜という単語を強調するカリン。
傲慢にも思える発言だが、その説得力は高い。
超人一族とも揶揄される神桜家。神桜の人間は文武両道であり、学者からスポーツ選手に至るまでその分野のトップクラスの人材を輩出している。
神桜の人間となれば、この若さで財を成していても不思議ではないのだ。
だが……そうなると疑問が残る。
この国では少子化対策の一環で一夫多妻制が認められており、神桜家の当主には三人の妻が存在している。
しかし、その中にカリンの母親らしき西洋系の人物はいないのだ。
カリンが神桜家の中で不出来な部類に入るのならば、母子共々いないものとして扱うのも理解できなくはない。名家では子供の優秀さが証明されてから家族と認められるケースがあるらしいのだ。
だがこのカリンは、神桜の名に恥じないほどに聡明な子供だ。
この若さで特許を持っているほどの優秀さとなれば、カリンの母親を四人目の妻として迎えていないのは腑に落ちない。
もしかして、カリンの発育が同世代に比べて著しく遅れていることが影響しているのだろうか? あらゆる面で一流と名高い神桜家なら、わずかな欠点すら見逃さないという可能性はある。
「そうか……カリンは凄いな。よしよし」
俺はカリンを褒めながら優しく頭を撫でる。
実際の事情は分からないが……カリンが家の人間に認められていない可能性があるなら、俺だけでも全力で肯定してあげるのみだ。
「こ、子供扱いしないで!」
しかし、カリンは顔を赤らめて俺の手を払い除けてしまった。
外見が幼女で、実際の年齢は十二歳。どちらにしても俺にとっては子供なのだが、カリンを孤児院の子供のように扱うのは駄目だったようだ。
「ともかくだ。護衛の報酬が神桜家の金だろうがカリンの個人資産だろうが、そこは問題ではない。俺にとってはもっと重要な問題がある」
「な、なによ……?」
子供から金銭を受け取りたくないという気持ちもあるにはあるが、護衛の報酬を拒絶する理由はそれが全てではない。
俺はカリンの目を真っ直ぐ見詰め、嘘偽りない言葉を率直に告げる。
「正直に言わせてもらおう。カリン、お前とは金銭で繋がる関係になりたくない」
「ふぇっ!? ちょ、きゅ、急にそんな……」
カリンは赤らんでいた顔を更に紅潮させた。
どうやら俺のストレートな言葉に動揺を隠せないでいるらしい。
しかし俺の言葉に嘘はない。
カリンは俺が初めて出会った同類と呼べる存在だ。性別や年齢は異なっていても、カリンとは得難い友人になれるはずだと確信している。
だからこそ、カリンとは雇用関係のような上下関係になりたくないのだ。
「これは紛れもなく俺の本心だ。――カリン、分かってくれたか?」
「……ぅ、うん」
カリンは真っ赤な顔で俯いたまま消え入りそうな声を出した。
いつになくカリンが素直になっているのは、俺の発言に照れつつも嬉しく思っているからなのだろう。やはり子供は素直が一番だ。
神桜家の娘ともなれば、金目当てで近付くような人間も多いと推察される。
純粋な交友関係を結びたいと本心から告げる人間は少ないはずなので、カリンが俯けた顔を上げられないでいるのも分からなくはない。
次回、十四話〔人間の傲慢〕