百二七話 消去法の平和的観光
シアポールには観光名所が数多く存在する。
滝や渓谷などの大自然的スポットもそうだが、人類が生み出した歴史的建造物などにも事欠かない。しかし、俺たちに観光スポット巡りは向いていない。なにしろ俺たち一行には、うっかり自然や建造物を破壊しかねない仲間がいるのだ。
「ビャク、変な魚が売ってるぞ!」
市場で売られている真っ赤な魚に大興奮のルカ。この様子からすると市場を観光場所に選んだ判断は大正解だったようだ。消去法の選択ではあるが、シアポールに住む人々の生活を知るという意味でも個人的に興味深い。
「こいつはホウセキキントキだな。流通量こそ少ないが味は悪くないらしいぜ」
俺の肩に乗ったまま魚を鑑定するラス。これが母国なら『鳥獣保護法違反!』と叫ばれるのを危惧して控えているところだが、異国の地なら問題無いだろうという事で堂々と鎮座している。遠慮なく振舞えているからかラスも上機嫌だ。
カリンやユキは人見知りだけあって雑踏に尻込みしているが、市場の喧騒に圧倒されながらも興味深そうにキョロキョロしている。
どうやら普段は訪れない場所という事で好奇心を刺激されているらしい。……真面目に職務を果たしている氷華は大変そうだが仕方ない。
だがしかし、俺たちの非の打ち所がない旅行計画にも誤算はあった。
「……なんか、砂鉄の中に磁石を落としたみたいな状況になってるわね」
カリンが引き気味の感想を漏らしているのは、チャイクルさんを取り巻く環境だ。本来の予定ではチャイクルさんに街を案内してもらうはずだったが……市場に顔を出した途端、チャイクルさんの元に民衆が集まってしまったのだ。
「この俺とした事が、チャイクルさんの人気を過小評価していたらしいな……」
まさに砂鉄の中の磁石。次から次へと人々が押し寄せ、俺のチャイクルさんが人垣の中に埋もれてしまっている。民衆に悪意は見えないので身の安全は保障されているが、これでは観光ガイドを任せるどころではなかった。
「……かくなる上は仕方あるまい。チャイクルさんたちとは後から合流しよう」
個人的には握手会の警備員のように列整理を受け持っても構わないが、市場観光に訪れた子供たちを退屈させるわけにはいかない。ここで選ぶべきは別行動だ。
人の海に埋もれたチャイクルさんにメールを送り――『また登場する事になるだろう』という予言めいた返信を受け取り、俺たちは市場の散策へと移った。
「ここは変わった売り方だな。キャンディのように色違いの魚を並べているとは」
「なんなのこれ、魚の大きさも種類も完全にバラバラじゃないの……」
俺が目をとめたのは焼き魚の屋台。食用というより観賞用に向いている魚たちが、あまり食欲をそそられないカラフルな魚たちが、焼き鳥のような感覚で串売りされている。色彩だけを重視している豪快な売り方である。
「市場で需要が少ない魚を焼いてみたといった感じか。中には掘り出し物もありそうだが……これほど見た目がカラフルだと手を出しづらいな」
「大きさも種類も違うのに同じ値段なのが逆に引っ掛かるわね……」
俺とカリンは興味を持ちながらも、微妙な不審感から一線を越えられなかった。
そんな膠着状態の中、俺たち一行の切り込み隊長が「これだッ!」とイエローな魚を求めたので、そのチャレンジ精神に敬意を表して買い与えてしまう。
「どうだルカ、それは美味いのか?」
「ん、んあい」
焼き魚をはぐはぐしながらニッコリのルカ。
しかし一応聞いてはみたが、ルカは一度も『まずい!』と言った事がないので参考にならなかった。中身は普通の白身魚のように見えても味は疑わしい。
そんな俺の疑念を察したのか、ユキが控え目な笑みを浮かべて口を挟んだ。
「白身魚はどれも同じような味ですから」
魚好きを敵に回すような暴言を吐くメガネっ娘。確かに脂の量や触感以外は変わらないという話は聞いた事があるが、食品メーカーの令嬢の発言としてどうなのかと思わなくもない。ともあれ、俺もルカを見習って挑戦してみるとしよう。
「――相棒が食べてるのはナンヨウブダイだ。味は中々のものらしいが、たまに毒持ちがいるから嬢ちゃんたちは止めときな」
「おいラス、そういう事は先に言え。もう半分以上も美味しく食べてしまったぞ」
わいわい騒ぎながら異国の市場を堪能する俺たち一行。カリンとラスが魚知識バトルを繰り広げたり、ルカがもぐもぐしていたりで前に進まないが、俺たちには旅行ツアーのような時間制限がないので気楽なものだ。
しかし、そこで――俺は悪意に気付いた。
市場のどこからか突き刺さる視線。さりげなく周囲を見回して確認すると、やさぐれた中年の男が不穏な視線を向けているのが分かった。
あまり気分の良いものではないが、俺たちが無法者に目を付けられる理由は分からなくもない。お嬢様然としたカリンは当然として、ユキも口さえ閉じていれば立派なお嬢様だ。スリや強盗などを生業とする犯罪者にとっては格好の獲物だろう。
とは言え、この程度なら問題にならない。
悪意の強度からすると手出しを検討している段階。俺が軽く殺気でも飛ばしてやれば『警戒されている』と察して犯行を諦めるはずだろう。
だが、俺の行動は遅きに失していた。
俺は負の感情が見えるので悪意に対して敏感だが、ここには本能的に敵対者を嗅ぎ分けるハンターも存在していたのだ。
「――なに見てんだテメェッ!!」
まずいと思った時には、もう手遅れだった。
俺が悪意を視認して対象を確認したのは数秒に満たなかったが、本能で生きているルカは悪意を察した時点で動いていた。ルカは人混みを縫うように駆け抜け――弁明を許さない右ストレートを放ってしまった!
「ぶぼぉっ!?」
子供に視線を向けていただけで殴り飛ばされた男。粗暴なチンピラでさえ『なにジロジロ見てやがる!』と因縁をつけ、相手に敵意を認識させてから殴るという手順を踏むはずだが、ルカの場合は完全に問答無用だ。まさに暴君の所業である。
明日も夜に投稿予定。
次回、百二八話〔手慣れた平和的後始末〕