百二五話 輝かしき光
カリン島から飛行機で数十分。
遊ぶ間もない飛行の後、俺たちは小さな空港に降り立った。そしてその小さな空港では、この国に滞在している俺の友人が笑顔で待っていた。
「――チャイクルさん!」
「ソレネ!」
ひしっと再会のハグを交わす俺とチャイクルさん。最後に会ってから三週間も経っている事もあるが、異国の地で相見えるという状況にテンションが上がってしまったのだ。……しかし、そんな和やかな再会を許せない者も存在していた。
「貴様ッ、殿下に軽々しく触れるな!!」
俺たちの抱擁を引き剥がすのはサティーラ。
友人同士の再会を邪魔するのは無粋な話だが、しかしチャイクルさんの友人に嫉妬してしまう気持ちは分からなくもない。
「サティーラも久し振りだ。相変わらずチャイクルさんの事が大好きなようだな」
「ち、ちが、違わんッ!」
反射的に否定しようとして『チャイクルさんが嫌い』と本人に誤解されかねないと思い直したのか、中々に意味不明な強弁となっていた。
普段はキリッとしていても殿下が絡むとポンコツ化してしまうのは相変わらずのようだ。悔しげに頬を染めている姿は実に微笑ましい。
「また千道さんが女性を辱め――むぐっ!?」
無自覚に俺を貶めようとする毒舌っ娘にミルク飴を撃ち込む。いかなる時も中傷を忘れないディスり精神は変えられないが、それでも物理的に誹謗中傷を止めることは可能なのだ。氷華の厳しい視線に屈しない攻めの姿勢である。
「ほら、ちゃんとルカにもやるから安心しろ。……ん? どうしたカリン」
いやしんぼな野生児にも飴を与えた直後、俺は違和感に気付いた。普段なら『私も飴が欲しいっ!』とアピールするはずのカリンの様子が妙だった。
人見知り精神を発揮して初対面の相手を警戒しているなら分かるが、なにやら目をパチパチしながらチャイクルさんを見ているのだ。
「……眩しすぎて、顔がよく見えないのよ」
小声で困惑を伝えるカリン。一体何を言っているんだ? と考えたが、すぐに不可解な言葉の意味に思い至った。俺は負の感情をモヤのような形で視認しているが、カリンは正の感情を『光』のように見えると言っていた。
チャイクルさんは善意の塊で構成されているような人物なので、カリンの目にはチャイクルさんが全身から光を発しているように見えるという訳だ。
「ふふ、チャイクルさんは凄いだろう? 前々から紹介したいと思ってたんだ」
カリンは俺と同種の能力者。チャイクルさんの価値を一目で見抜ける人間なので、いつか機会があれば紹介したいと思っていた。そんなところに想定以上の好反応が返ってきたので得意げに自慢してしまうのも仕方ない。
「凄いことは凄いけど……でも、相手の表情が見えないから話しにくいわよ」
「なに、表情が見えなくても大丈夫だ。彼は何があっても常に笑顔だからな」
「それはそれでどうかと思うけど……」
カリンは能力の弊害で話しにくいなどと言い訳しているが、この幼女が初対面の人間を苦手としているのは平常運転だ。人見知りの言い訳など即座に論破である。
ちなみにユキも同じく人見知りだが、こちらに関しては緊張しているくらいで丁度良い。現在は口を塞いでいるので問題無いが、それでも『眩しくて見えないなんて全年齢向けの規制みたいですね!』と言いたそうな顔をしているのだ。
チャイクルさんへの暴言はサティーラを刺激してしまうので、口の悪いユキには適度に緊張感を保ってもらいたいと思う。
とりあえず、こそこそ話しているのは好ましくないので子供たちを紹介する。
「――分カッタ、孫ネ!」
「そうなんです。やんちゃな盛りでして……」
「適当に肯定するのは止めなさいっ!」
俺とチャイクルさんの会話を孫が邪魔する。
孫のような友人という意味合いだったのだが、チャイクルさん初心者であるカリンには伝わらなかったようだ。横を見ればユキも不満そうな顔だ。
「もったくもう、これっぽっちも話が通じてないじゃないの。共通言語が覚束ないなら大人しくスマホの翻訳ツールでも使いなさいよ」
やれやれ……カリンは全く分かっていない。
お互いの心が通じ合っていれば、言語の正確性など些細な問題に過ぎないのだ。
まぁしかし、対人経験の浅い子供に『雰囲気で会話する』という高等技術が分からないのも無理はない。大人として寛容に受け流すのみだ。
だが、そんな俺の態度が気に障ったのだろう、カリンは目に物を見せてやるとばかりにチャイクルさんの前に立った。
「――なっっ!?」
そして俺は絶句させられた。
カリンの口から出てきたのは異国の言葉。シアポールの公用語らしき言語を自在に操り――チャイクルさんと流暢に会話しているのだ!
「ふふっ、凄いですよね。カリンちゃんは十カ国以上の言語を話せるんですよ」
俺が驚愕に打ちのめされていると、ユキが自分の事のように誇らしげな声で教えてくれた。十カ国以上の言語。カリンが聡明である事は知っていたが、十二歳という若さで言語面でも隔絶しているとは予想外だった。
「ちゃんと私とユキの事は話しておいたわよ。……なによ、どうしたの?」
「……恥ずかしながら認めよう。俺は、二人が話している姿に嫉妬してしまった」
「ふええっ!?」
俺とチャイクルさんは五年の付き合い。多少の不便はあったが、これまではコミュニケーションに問題を感じた事はなかった。
しかし……今日会ったばかりのカリンが流暢に会話をしている姿に、俺は浅ましくも嫉妬してしまったのだ。友人の聡明さを誇りに思えるユキとは大違いだ。
「ふ、ふん……し、仕方ないわね、もう話したりしないから安心しなさい」
「いや、それは駄目だ。カリンはこれまで通り、何も気にしないでいてくれ」
本来なら余計な事を口にして意識させるべきではないが、俺だけが嫉妬心を見抜けるのは不公平なので吐露したまでだ。ここで気を遣われては恥の上塗りである。
これは全て俺の責任。チャイクルさんを敬愛していながら『なんとなく意味が通じるから問題無い』と、彼の母国語を学ばなかった俺の怠慢によるものだ。
「ホットドッグが売ってるぞっ!」
「ワンチャンアルヨ!」
完全に雰囲気だけで会話しているルカとチャイクルさん。感性で生きる野生児と同レベルだと認めるのは悔しいが、カリンと比べれば似たようなものだったと認めざるを得ない。まぁ、ニコニコと歓談しているので悪い事ではないが。
「ルカならすぐに打ち解けると思っていたが、まさに期待通りだったな」
「あれは打ち解けてるの……?」
ルカは興味の無い人間には素っ気ないところがあるが、チャイクルさんが相手なら仲良くなれるだろうと確信していた。感覚派のルカは善人に懐きやすいのだ。
だがしかし、殿下が少女と仲良しなのでサティーラがそわそわしている。嫉妬深いサティーラが暴発する前に止めておくべきだろう。
「サティーラ、ここで歓談していると邪魔になる。そろそろ案内してくれるか? ――ああ、あと空港の入口でカラスと合流するからな」
今日はチャイクルさんに街を案内してもらう予定となっている。空港で歓談するのも悪くないが、着陸直後に別れたラスを放置するわけにはいかない。お互いの親交を深めるのであれば移動の車中にすべきだろう。
ルカに売店のホットドッグを買い与え、カラスという単語に訝しげなサティーラを促し、俺たち一行はシアポール観光へと足を踏み出した。
明日も夜に投稿予定。
次回、百二六話〔評価すべき勤勉性〕




