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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第五部 飛翔するランバード
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百二十話 冴え渡る知略

「――ビャク、アタシと勝負するぞっ!」


 子供用プールでカリンと戯れていると、ルカがプールサイドに跳び出てきた。

 ちなみにここで言う『跳び出てきた』とは言葉通りの意味だ。さながらイルカのようにプールから跳び出てくるという人外の動きである。


「ほほう、名探偵に挑むとは良い度胸だ。その意気を買って勝負を受けてやろう」


 とりあえず不敵な態度で勝負を受けておく。

 ルカはバトルジャンキーなので勝負を挑まれるのは珍しい事ではないし、新泳法を覚えたところで成果を試してみたくなる気持ちも分かるのだ。

 一つのミスが命取りの模擬戦に比べれば水泳勝負くらいは可愛いものだろう。


「おうっ、じゃあいくぞッ!」


 威勢よく返事をするルカ。まるでこれから戦闘を始めるかのような様相だな、と思った直後――ルカの右ストレートが飛んできた!


「うぉっ!?」


 突然のデンジャラスパンチをサッと躱す!

 こ、これはどういう事だ、なぜいきなり殴られそうになったんだ……?

 文脈がおかしい、この話の流れは水泳勝負をする展開ではなかったのか……!


 いや、もしかすると……こちらの『勝負を受けてやろう』という返答を聞いた直後、ルカの中で水泳勝負がリアルファイトに変換されたのかも知れない。


「おいこら、いきなり殴りかかるな。水泳勝負をするんじゃなかったのか?」

「あっ、そうだったな」


 俺の言葉を聞いて本懐を思い出すルカ。どうやら予想は的中していたようだ。

 うっかりミスに照れているように「へへっ」と笑う顔は可愛らしいが、悪意もなく殺人パンチを繰り出す狂暴性には戦慄してしまう。


 もしかすると深層意識では俺に恨みを抱いているのだろうか……。いや、ルカに恨まれるような事をした記憶は全く無い。いつものうっかりミスだろう。


「まったく仕方のないやつだな……まぁいい、それでは改めて水泳勝負といくか」

「カァッッ、それで済ませられるのが相棒の大したところよ。しかし相棒よぉ、ルカの嬢ちゃんはとんでもなく速いぜ?」


 俺の敗北を案じているのか、ルカのコーチを務めていたラスが口を挟んだ。

 難しい説明を聞き流してしまうルカに『もっと生八ツ橋のように足を動かすんだ』などと不可解な助言を送っていたラス。


 しかし、結果としてルカの自己流の泳ぎは洗練されていた。不敗の名探偵が負けるのではないか? とラスが心配してしまうのも無理はない。


「ああ、ルカの泳力は分かっている。横目でルカの泳ぎを見ていたからな」


 当初の状態ならともかく、今のルカは正面から挑んで勝てる相手ではない。

 俺の泳力が高くともルカの身体能力は常軌を逸している。もはや技術力でカバーするには難しい域にいるはずだろう。


 だが、俺とて無策で挑むつもりはない。

 この勝負に活路を見出しているからこそ、ルカの挑戦を堂々と受け入れたのだ。


「……本当にルカと勝負する気なの? 勝てるわけないじゃないの」


 ルカと対決すべく入水した直後、カリンが意気を挫くような事を言い放った。

 しかし、これは俺を軽んじているわけでも馬鹿にしているわけでもない。

 カリンもルカの魚雷のような泳ぎを見ているので、俺が負けても落ち込まないように予防線を張ってくれているのだ。


「案ずるなカリン。名探偵に敗北はあり得ない」


 確かにルカの人並み外れた身体能力は脅威であるし、ラスの指導によって泳法を確立しているので技術面でも大きな差をつけられない。


 だが、それでも付け入る隙はある。体力勝負でもなく技術勝負でもなく、名探偵らしく知略で勝負すれば良いだけの事だ。


「いやはや、ルカは本当に泳ぐのが速いなぁ……。しかし、あれほどの勢いでは――水着が脱げてしまうのではないかな?」

「なっっ!?」


 そう、体力自慢には頭脳プレーで勝負だ……!

 実際にルカのビキニが脱げるとは思っていないが、この局面では『もしかして……?』と思わせるだけで充分だ。


 心の乱れは泳ぎのフォームを乱す。ビキニパージを警戒する事によって泳ぎのフォームは崩れ、ルカは十全の力を発揮できなくなるという寸法だ。


「卑劣な盤外戦は止めなさいっ!」


 おっと、公平であるはずの審判から物言いが入ってしまった。

 正々堂々と全力を尽くそうとしているのに卑怯者扱いとは度し難い。むしろ手を抜いて敗北する方が失礼ではなかろうか。


「贔屓判定は良くないぞ。審判を任されたからには私情を交えず公平に……」

「何が贔屓判定よっ! こんなのビャクの反則負けに決まってるでしょ!」


 横暴な審判には俺の声が届かなかった。ルカは赤い顔で水着を引っ張り回しているので『スタート!』の合図があれば確実に勝てたはずだが、カリンは大金を渡された忖度審判のように理不尽な判定を下している有様だ。


「反則負けとは随分な言い草だな。心理戦もれっきとした戦いなんだぞ?」

「セクハラはれっきとした犯罪よ!」


 カリンは声高に主張しているが、もちろんこれはセクハラなどではない。そもそもこの頭脳プレーは、俺の勝利だけを目的にしたものではないのだ。


 ルカは戦闘一族として高い才能を持つが、しかし搦手(からめて)に弱いという弱点も持つ。

 だからこそルカの精神を鍛えるべく、あえて心を鬼にして試練を下していたのである。むしろ辛いのはこちらの方なので俺が被害者と言っても過言ではない。


 ……まぁしかし、カリンが贔屓判定を発動してしまったので勝負はお預けだ。

 考えようによっては成長する時間を与えたとも言えるので、本番の海水浴でルカの成長を確かめさせてもらうとしよう。


明日も夜に投稿予定。

次回、百二一話〔乗ってしまうジェット〕

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