百三話 集結した男たち
夜の訪れが寒さから涼しさへと変化しつつある季節。千道探偵事務所に珍しい客人が訪れたのは、そんなある日の夜だった。
それは思いもよらぬ客人。間違いなく本人だと分かっているのに、心のどこかで偽者ではないかと疑ってしまうような客人だ。
「……よく来たな、カンジ」
「おう、ビャクっ!」
山龍カンジ。龍の里の数少ない若者であり、両親から都会に出るように促されながらも不動の構えを見せていたエリートニート。
そんな男が、ついに都会へと出てきたのだ。
「ラスもしばらくだなっ!」
「カァッカッ、二週間と十五時間ぶりだぜ」
カンジは初めての都会でテンションが上がっているのか、知的キャラぶっているラスに手を伸ばしてバシッと叩かれていた。
叩かれても嬉しそうなのは相変わらずだ。
「それにしても、急にカンジの母親から電話が掛かってきた時には驚いたぞ」
見知らぬ番号から掛かってきた一本の電話。その電話の主はカンジの母親を名乗り、しかも『上京した息子が会いたがっている』という耳を疑うような内容を告げたのだ。あまりにも信じ難いので最初は詐欺の類かと思ってしまった。
「へへっ、ビャクの事を言ったらお袋が連絡つけてくれたんだよ」
「両親が都会で暮らしていると聞いてはいたが、まさか俺に直接連絡が来るとはな……。事務所のホームページに連絡先を載せていたのが功を奏したようだ」
その連絡を受けてからカンジが来るまでは早かった。突然の電話から三十分。雑居ビルの前にリムジンが停車したかと思えば、その車からカンジが颯爽と降りてきたのだ。……山龍家が資産家だと知っていても驚愕を禁じ得ない光景だった。
「そういや、親父とお袋がビャクに会いたいって言ってたぞ」
「仕事が忙しいだろうから無理をする必要はないぞ。礼を言われても困るしな」
一人息子が都会に出てきた事がよほど嬉しかったらしく、先の電話ではカンジの母親に大層感謝を告げられたので困惑していた。
俺がカンジを都会に誘ったのは事実だが、それは俺の為でもあるので感謝されても居心地が悪い。それに何より、カンジが上京を決心した要因は他にある。
「しかし、まさか仁寛が結婚したとはな……」
そう、仁寛の結婚。
それこそがカンジが村を出た最大の要因だ。
知り合ったばかりの友人がスピード結婚を果たした事によって、呑気だったカンジも危機感を募らせて重い腰を上げたという訳だ。
「まったくよぉ、仁寛はたった一週間しか家にいなかったんだぜ」
仁寛は怪我が治るまで山龍家で療養する予定だったが、予想外にもカンジの親戚である二十代の独身女性に見初められたのだ。カンジと同じく都会で伴侶探しをしていなかった姉貴分が一目惚れしたらしい。
遠慮がちな仁寛は最初こそ断ったようだが、しかしそこは龍の一族。猛烈なアタックでぐいぐい迫り、最終的には仁寛も快く求婚を受け入れたとの事だ。
出会いから一週間のスピード婚である。
「カンジの姉貴分だったか。あの仁寛を口説き落とすとは大したものだな」
自分の体臭に強いコンプレックスを抱いていた三十路の仁寛。
好意を寄せられても素直に受け止められる性質には見えなかったが、おそらくは全身全霊で好意をアピールして強固な心を溶かしたのだろうと思う。
「あいつらの結婚式も凄かったぜ。最後には村中で殴り合いになってたからな」
ふ、ふむ、なるほど……。
状況が全く理解できないが、本当に全く理解できないが、カンジの口振りからすると大盛り上がりだったという事なのだろう。その場に居なくて幸運だった。
「まぁなんにせよ、カンジが都会に出てきた事は喜ばしいな……んん? このエンジン音。どうやらもう一人の客人が到着したらしい」
カンジの来訪を歓迎している最中、窓の外からエンジン音が聞こえてきた。この時間に雑居ビルを訪れる車に心当たりは少ない。まず間違いなく事務所の客人だ。
果たして、窓から眼下を眺めてみると見覚えのある男が立っていた。
「おおっ、ライゲン! ライゲン――ッ!!」
「こら、近所迷惑だから大声を出すんじゃない」
旧友にヒートアップしているカンジを窘める。
探偵事務所の窓からライゲンの姿を確認した途端、コンサート会場の熱狂的ファンのように大声で叫び出してしまったのだ。
しかし、カンジが興奮する気持ちも分からなくない。なにしろライゲンは村を出てから一度も帰郷していないと聞いているのだ。
親友と四年振りの再会ともなれば、カンジが暴走してしまうのも責められない。
「――ライゲン! お前はライゲンだろっ!」
ライゲンが四階の事務所までのっそり上がってくると、カンジは変装を見破ったかのような勢いで旧友に指を突きつけた。
この大男がライゲン以外の誰に見えると言うのか。……いや、ライゲンはスーツ姿なので変装されている感覚なのかも知れない。
「……久しいな、カンジ」
一方のライゲンは相変わらずの無表情。
常に感情を剥き出しにしているカンジとは大違いだが、心なしか雰囲気が柔らかいような気もする。おそらくライゲンなりに再会を喜んでいるのだろう。
「久し振りだなライゲン。まさかすぐに来てくれるとは思わなかったぞ」
「……ああ」
カンジの上京となれば知らせるべきだろうという事でメールを入れたが、多忙なライゲンがすぐに来てくれるとは予想外だった。
この一事を見ても、カンジの上京を歓迎している事が窺い知れるというものだ。
「カァァッ、まったくだぜ。カンジは事前連絡無しで突然に来るからよぉ」
「へへっ、そうだろ」
ラスのぼやきをポジティブに受け止めているカンジの声を聞き流しつつ、事前に仕込みをしておいた鍋をテーブルの上に置いた。
予定の面子が揃ったからには食事の時間だ。
今夜の目的は他でもない、村から都会に出てきたカンジの歓迎会なのだ。
「本当ならルカたちも誘いたかったが、今日はちょっと時間が遅いからな。それは次の機会としておこう。これからはいつでも会えるという事もある」
カンジの上京連絡が届いた時には遅い時間だったので、就寝時間が早い子供たちの参加は見送らざるを得なかった。
食事会に不参加となると文句を言われそうだが致し方ないところだ。
明日も夜に投稿予定。
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