百話 魔の観光スポット
救出依頼を果たした数日後、俺は事務所で優雅に白湯を飲んでいた。
調査機関からの依頼料は高額だったので、その大半を孤児院の仕送りに回していても懐は温かい。しばらくは昼間の仕事も必要ないだろう。
俺だけが報酬を受け取っている形なのが心苦しいが、いずれはカンジにも何らかの形で返すつもりでいる。あの男が金銭を欲するとは思えないので妥当な対応だ。
ちなみに仁寛はカンジの家に置いてきた。
本人は頑なに遠慮していたが、強引に身柄を運ばれていたので選択肢は無かった。仁寛は村に到着するなり体調を崩していたので尚更に為す術はない。……仁寛の体調不良の原因は不明だが、おそらく樹海で怪しげな物でも口にしたのだろう。
まぁしかし、山龍家は露天風呂まであるので療養にはもってこいの場所だ。
村の人々も『変わった匂いだな!』と仁寛を好意的に受け入れていたので、あの僧侶には村でゆっくりと身体を癒してもらいたいものである。
「……そういえば。俺とカンジが樹海に出向いている間、カリンたちも近場に出掛けてたらしいな。あの村の近くに観光スポット的な場所でもあるのか?」
不意に思い出したのでソファに座っている幼女に尋ねてみた。今日はユキやラスが不在という事で、自前のノートパソコンで黙々と仕事をしていたカリン。
一般的には仕事中に話し掛けるべきではないのだろうが、カリンの場合は仕事をしながらも会話を求めている節があるので問題は無い。……そもそもなぜ俺の事務所で仕事をしているのかという話ではある。
俺の質問を受け、カリンはキーボードを叩きながら顔を上げた。
「……あそこは観光スポットなんかじゃないわ。もう私は二度と行かないわよ、ルカのせいで酷い目に遭ったんだから!」
話している内に忌々しい記憶が蘇ったのか、カリンは怒気を露わにしてルカをなじった。俺たちが村に帰還した時にもカリンの機嫌は悪かったが、この様子からすると奔放なルカに振り回されていたらしい。
「そう怒るなカリン。ルカのせいで酷い目に遭うなんて珍しくもないだろう?」
「珍しくもないから怒ってるのよ!」
もっともな意見だった。
冷静に考えてみれば酷い目に遭わされてばかりでは怒るのも無理はない。どうやらルカに毒されて感覚が麻痺していたようだ。
「それでルカ、カリンを連れてどこに出掛けていたんだ?」
角砂糖を口の中でころころ転がしている問題の被告人、海龍ルカ。
今日はお土産を持参するユキたちが居ないのでお茶請けのグレードが下がっているが、ルカは角砂糖でもご機嫌だ。もちろん自分が責められている自覚などない。
「ん、川に行って一緒に泳いだんだ」
なるほど、川か……。
そろそろ暖かくなってきたので気候的には泳げなくもない。俺は依頼の事しか頭になかったが、カリンは水着を持参して川遊びを楽しんでいたという事だろう。
「あの辺りに泳げる川があったんだな……というか、カリンは泳げるのか?」
「そ、そんな事はどうでもいいのよ!」
この反応から察するに泳げないようだ。
昔から運動不足な生活を送っていた幼女なので当然と言えば当然だ。むしろカリンが泳げる方が不自然と言える。……そして、この時点で俺は答えを導き出した。
「ふふ、俺には全て分かったぞ。カリンは泳げないにも関わらず、ルカが強引に川に引きずり込んだ――どうだ、その通りだろう?」
泳げないカリン、自由人のルカ。
そんな二人が川に行って、カリンが『酷い目に遭った』と証言しているとなれば、答えは一つしか考えられない。いやはや、名探偵には易しすぎる問題だった。
「違うわよ! このルカは、私を滝に――滝壺に突き落としたのよっ!」
なっっ!?
そんな、予想を遥かに上回っている……!
おそらくは悪意なく一緒に泳ごうとしたのだろうが、泳げない子供を滝壺に突き落すとは狂気の沙汰という他ない。しかもそれが護衛対象となれば尚更である。
これではカリンが怒るのも無理はない。
むしろこの程度の怒りしか発していないカリンが聖人に見えてきたほどだ。
「こらルカ、カリンを怖い目に遭わせるんじゃない。こいつめこいつめ……」
「や、やえよおお」
許されざるルカの頬をむにーっと引っ張ってお仕置きしてしまう。
この不埒者ときたら、他人事のようにカリンの怒りを受け流していた。実力行使で反省を促すのは主義に反するが、口頭注意では反省しないので致し方ない。
俺の体罰が許せなかったのか「ル、ルカの顔から手を離しなさいっ!」とカリンが言い出したところで、ようやくルカの頬を掴んでいた手を離した。
「ほら、ちゃんとカリンに謝るんだ」
「悪かったなカリンっ!」
とりあえず言われた事には素直に従うルカ。
なにやらカリンはむすーっと不機嫌そうだが、それでも謝罪をする事には意味がある。大海の一滴くらいの反省心も見えるので良しとしておこう。
明日も夜に投稿予定。
次回、百一話〔望ましい名付け〕