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「…………楽だー」
婚約期間は二ヶ月ほどしかなかったので1度も会うことなく過ぎ去り、陛下が結婚式をやる必要ないと一蹴したおかげで、私は嫁いでから初めて陛下の顔を知った。
初対面で何か欲しいものはあるかと聞かれ、自分専用の庭が欲しいと答えた私は無事楽園を手にし、物凄い怠惰な生活を送っている。
呆気ないほどに早く纏まった婚姻は未だ実感も湧かず、広々とした部屋で1人だらける毎日だ。
と言うのも、陛下は部屋に篭りきりで、初対面以外1度も姿を見せないし、そもそも私達のいる別荘は山奥なので人も来ないし、勿論夜会や社交の場などあるはずもなし、非常にのびのびと過ごせたのだ。
しかもこの屋敷には何か要望を言えば勝手に叶えられる魔法がかけられているので、使用人もいなかった。
つまり何が言いたいかって、物凄い暇だということだ。
いや、いくらなんでも限度があるだろ!
こんなに引きこもっていたなんて!
最初は社交から解放されて喜んだし、自分の好きなハーブや花を自由に庭に植えられて楽しかったよ、そりゃあ。
でもちょっとずっとこの生活は無理があるだろ!!!
ちょっとずっとって何だ!!!!自分で言ったんだけれども!
ついにその欲が爆発したので、私は暇つぶしに森の中を散策することにした。
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「どうなってるんだ、これ」
あまりの景色に呆然とする。
森自体は普通の森なのだが、屋敷を頂上として緩やかに下って暫くすると、壁にぶち当たる。文字通り、壁に。
おそらく結界魔法なんだろうが、そんなことより半透明な結界を越えたすぐ先に森側には ライオンや虎などこの国には生息していないはずの肉食動物がうじゃうじゃといて、街側には山が全て削られて崖になっているのがとても気になる。
私は普通に街から馬車で来たんだけどな…?
不思議に思いながらも素直に屋敷に戻り、何週間かは結界の範囲内で楽しんだ。
いや、欲を言えばまだ楽しみたいけど、流石にこれ以上森に入ったら結界内の森の山菜やきのこが全滅する。原因私だけど。
だって部屋に持って帰って「これって夕飯になる?」って聞いたらちゃんとその日の夕飯 山菜料理になってたよ?!
空中に向かって話すだけでこんなに細かい要望も聞いてくれる魔法凄いなって…だからこれは私のせいじゃなくて魔法のせいっていうか……うん。
というわけで、外にも行けないし、刺繍とかは趣味じゃないしで、暇つぶしチャレンジは残すところあと1つとなった。
元から何個あったかは知らないけど。
そう。
陛下の部屋突撃である。
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陛下の部屋は中庭を挟み私の部屋と反対のフロアに位置している。
「初めて来たなあ」
渡り廊下からは中庭が覗き、見たこともないような花が咲き誇っていた。
私の育てている庭園とは天と地の差である。
…まあ私はハーブとか薬になる草花とかしか育ててないから、ぱっと見は全部雑草なんだ。しょうがない。
と、中庭に完全に気を取られていたが、大変なことに気付いた。
そういえば必要最低限の会話しかしてないから、陛下の部屋の場所を聞いてない。
「……仕方ない。1階から1つずつ見てくか。」
打たれ強さはお妃教育の賜物である。
そうして私は不法侵入……げふんげふん、見学をしながら進んでいった。
残すは最上階の一番奥の部屋のみである。
そっとドアに顔を近づけると、幾人もの声や茶器の擦れる音、書類を捲る音などが聞こえてくる。
流石だ、とカリーナは思う。
ここには陛下しかいないのに、複数の人の声がする。つまり、王宮から遠距離伝達魔法を使っているのだろう。
この伝達魔法はとても高度なもので、そんな簡単に使えるものではない。魔力量が人を超越していると聞いていたけど、噂は本当だったのか。
仕事中なら、またにしようかな。でも、そんなこと言ってたらいつまで経っても話せないしなあ。
悩んでいると、話し声が止む。どうやら終わったようだ。
「すみません」
きっちりノックを3回してから声をかけると、瞬間 色んなものが落ちる音が聞こえた。