4:人喰いの村<前編>
――――――― 2 ―――――――
「まったく、お人好しだな、お主」
「……」
「記憶に残しちまったら後引くもんを。そんな事を知らないお主ではあるまい?」
「……――」
「これはガキの事を云うとる訳じゃないぞ。お主だ、お主。お主自身の話をしとる」
「――よく喋るその口、縫い合わせてやろうか」
「おお、怖ッ! 分かった分かった、黙っておくさ」
―――――
――辺境の小さな村。
支払えるのか、報酬を?
そんな事、わたしが気に掛ける事ではない、か。
それにしても――
「お待ちしておりました、ディーサイド様!」
「よくいらっしゃって下さいました、助かります」
「ようこそ、救世主様!」
「有難う御座います、ディーサイド様。宿の準備は出来ておりますのでご案内致します」
一同に、笑顔――歓迎されている?
わたしを、いや、わたし達の結社を。
俄には信じられない。
忌まわしい筈の処刑人、それがわたし達。悲報なくしてわたし達は必要なく、欲した時には必ず凶報が付きまとう。
それ故、いつからか揶揄される。
ディーサイドが鬼衆を呼ぶ、と。
その表情が、姿勢が、作っているものだと、刹那に分かる。強張った表情筋、努めて明るい口調、泳ぐ目、落ち着かない手許。首から提げたお揃いの厄除けを弄ぶ様、ストレスを感じているのだろう。
それでもまあ、快く受け入れてくれるのであれば付き合おう。その演技に。
取り敢えず、宿泊先とやらへの案内人について行こう。野宿の方が落ち着くんだが無下にも出来まい。
「おい! おいッ! おい、マリア!」
声を潜めながら、
「……なんだ? 人が近くにいる時に話し掛けるなと云っているだろ」
「お主、気付いておらぬ訳ではあるまい?」
「――なんのことだ」
「白を切りおってからに。残り香だ、残り香。鬼衆共の」
「――ああ、分かってる」
分かっているさ。
村役場で出会った者、集まっていた野次馬、その全て。その全てから微かに鬼衆の残り香が漂っていた。
普通、人に化けた鬼衆と生活を共にする家族や屋内で長時間労働をする職場の者等、ある程度密な関係性を維持し続けなければ残り香なんてすぐに霧散する。
併し、あの者達。老若男女問わず、一人残らず全ての村人から残り香がした。幾ら小さな村とはいえ、考え難い。
一種異様――
だが、動くには早過ぎる。少し、探る必要があるのは確かだ。
「こちらに御座います、ディーサイド様」
「――宿、……には見えないが?」
「ああ、すみません。辺鄙な村でして訪れる者も少なく所謂、旅籠の類が御座いません。ですので、時折いらっしゃいますお客様には、村の者が誰も使っておりませんこの戸建にお泊まり戴いております」
「――なるほど」
「後程、お食事をお持ち致しますので、まずはお部屋にてお寛ぎ下さい」
「……ああ」
集落から少し離れた人気のない森の中、獣道のような小径を多少歩んだ先に、それはあった。
別段、綺麗でも豪華でもないが、一人で使うには大き過ぎる家屋。
確かに、見知らぬ旅人同士でもシェア出来そう程の間取りがある。ゲストハウスとしては十分、と云ったところか。
よく手入れがなされている。修繕や補修もしっかりしている。十分、いや、十二分過ぎる程。
それだけに違和感。
人の住まない家屋というものは唯、人が住まないという理由だけでガタつくもの。いつ来るとも知れない旅人の為だけに用意されたゲストハウスに、ここ迄労力を注ぐとは。
だが――
「こりゃ酷い」
「……」
「迚も人が寝泊まりしちゃいけねぇ~場所だ」
「――そうだな」
「尤も、儂らにゃお似合いかもしれんがな」
「――ああ」
噎せ返る程。吐き気を覚える程の――血の臭い。死が纏わり付く特有の臭い、不吉な香り。
とは云っても、これに気付く人間はほぼいないだろう。
清掃は隅々迄行き届いている。血痕の染み痕一つ見当たらない。
そう、これは――
「こりゃ~、アレだ」
「……」
「屠殺場」
なるほど――
探りを入れる迄動かずにいるつもりだったが、動く迄もない、といったところか。
唯待つだけで、事は起こる。
この村も亦、早く済みそうだ。
―――――
「お待たせ致しました。お食事をお持ちしました。粗末なもので恐縮ですが、どうかお召し上がり下さい」
「――どうも」
「お食事が済みました頃合にでも片付けに参りますのでごゆっくりどうぞ」
早めの夕食。
わざわざご丁寧に、ここ迄持ってくるとは殊勝。余程、主賓扱いなのだろう。
蒸した色取り取りの山菜に茸、ボイルした山鳥、干し肉、煮汁、そして棒麺麭。田舎の山村では十分な馳走と云える。
もし、わたしが唯の人間だったら恐らく、美味そう、そう思ったに違いない――のだが。
「どうした? 手をつけんのか? 全くお主らときたら小食にも程があるわ」
小食。
その通りだ。わたし達は謂わば、燃費が良い。飲まず食わずで一週間過ごすのは余裕。水さえあれば、一ヶ月は保つ。
勿論、空腹感はある。唯、そんなものはあの“飢餓感”に比べれば、どうという訳でもない。
尤もこれは、今回のこれに限っては抑々が違う。
「化物故に、人については疎いようだな、お前」
「どうかしたのか?」
「混入されている」
「!? 毒物か?」
「凡そ、痲薬の類」
煮汁から薫る僅かな刺激。肉汁と香草の強烈な香りで誤魔化してはいるものの、獣であれば到底、近付きもしないだろう。
どんな効果を齎すものか迄は分からないが、それが一時的であっても生体活動に支障をきたすであろう事は容易に想像がつく。
安直。
実に安直な手立てではあるが、長旅をして来て疲弊し切った者達を陥れるには予想以上に効果的。
慣れているな、こいつらは。
さて――
「どうする? 一口もつけない訳には行くまい」
「そうだな――頼む」
「いつも通り、と云う事か。全く、世話の焼ける主人よのぉ」
「それくらいしか能がないだろ?」
「……違ぇ~ねぇ!」
左手を食器に近付け、翳す。
――ガッ!
ガガッ、グチュ、ガッガッ、グシュ、グジュグシ、グジュルグジュッ、ゴキュッ!
自律感覚絶頂反応とは真逆、実に不快な咀嚼音。無論、そんな感覚等、どうでもいいのだが。
ゲェ~ッフ――
見事なものだ。
あっと云う間に平らげたか、この化物め。
醜態以外のなにものでもありはしないが、その喰いっぷりだけは羨ましいと思うよ、割と真面目に。
半時程して、食器を片付けに訪れた年増の女。
作り笑いを忘れてはいないが伏し目がちなその様に、剣呑な様子が見て取れる。
綺麗さっぱりと片付いた食器に視線を落とし、ほっと安堵した表情を浮かべる様が、いっそ痛々しい。
損な役回り、そう思っているのだろうか。
なんて――
傲慢。
唯、それも人間。悪く云うつもりは毛頭ない。だから――
だから、わたしも悪びれはしない。
「ありがとうございました。とても、――美味しかったです」
「……あっ、はい! 喜んで戴けて幸いです」
化かし合い。
どうしようもないくらい馬鹿馬鹿しい。
本当の化物は一体、どっちなんだ。
まあ、どうでもいい、か。
そんな思惑等一切関係なく、
――唯、
夜は更けて行く――




