1:白眼の処刑人1
【 第一章 】
――――――― 1 ―――――――
「――こ、これで5人目だ……」
早朝、村の広場に転がる、元人間の肉塊。いや、人の姿をした干からびた革袋と表現した方が似付かわしいか。一部、損壊が見られる。喰われたのだろう。
亦、犠牲者が出た。
全身の血液の多くを失っているにも関わらず、遺骸の周辺に目立った血痕は見当たらない。これだけの事実でこの変死体の容疑者が分かる。
「間違いない、鬼衆だ! 鬼衆の仕業だ!」
――鬼衆。
古来、人の生き血を啜り、時に肉を喰らう化物として各地の伝承や御伽噺に現れる妖怪、化生、怪異、鬼、悪魔の類、闇の住人。
人間の姿に擬態し、人間社会に溶け込み、寂寞と生きるとされる。
生きる、というのは比喩。奴等は死人、亡者に近しい。少なくとも敎會では、そう教えている、“不死者”と。寿命で死なないからこその不死とされ、死なないのは既に死んでいるからだ、と考えられている。
奴等が闇の住人と呼ばれる所以は、日の光を嫌うため。太陽のもたらす陽光は奴等に致命傷を与える。とは云え、人に擬態している時、その弱点は消える。
故に、奴等が本性を現すのは夜に限られ、人々が寝静まった深夜こそが、魔の時間となる。
「どうするんだ村長!」
「もう5人もの犠牲者が出た。一ヶ月! たった一ヶ月で5人だぞ!」
「俺はイヤだ! 化物に生きたまま喰われるなんて!」
村長の家に大勢の村民達が押しかけ、詰め寄る。
村とは云え、辺境の山村とはわけが違う。街道沿いに面したこのラゴンの村は、点在する農家の家々とは別に、集落として村民達が群れ集い暮らす街並も形成している。商いも充実し、宿場村や市としての機能も有し、旅人や余所者の往来も少なくない。
最初の犠牲者は旅人だった。無慙な変死体として発見されたその余所者を見て、妙なトラブルに巻き込まれたのだろうと高を括ったのが抑々の過ち。
この村に限ったわけではないが、余所者に、他人に冷たい。それだけ、社会は閉鎖的。
「だからもっと早くに手を打つべきだったんだ」
「どうするつもりだ村長! 化物を、鬼衆を炙り出す方法は何かないのか!」
「このままじゃ、安心して暮らせやしない!」
――ドン!
机を叩き、詰め寄る村民と村長の間に割って入る。
「だったら、おまえ達はどうなんだ! 何ができるんだ!」
村の青年部で一番若い男コータ。
病に伏せった母と幼い妹、まだ独り立ち出来る程ではない弟を、その身一人で支える正義感の強い青年。
「夜間の外出禁令なんか出したら酒場も盛り場も潰れてしまう! 仮に村の住人にそれを徹底したからといって、外からの来訪者はどうする?」
「――いや、しかし……」
「鬼衆を探し出すにしてもどうする? 人に化けた奴等を見極めることなんて俺達にはできやしない。怪しい者や疑わしい者を問い詰めるにしたって、その基準はどうするんだ! 皆を疑って誰が得をするんだ!」
「……」
「待つんだ、コータ」
「!?」
コータを呼び止める村長。
一瞬の沈黙。
そして、その重い口を開く。
「これを見てくれ」
机の上に置かれた漆黒の封書。
封蝋には逆十字の印璽が捺され、金泥で記された装飾華美な文字が浮かぶ。
「そ、……それは?」
「3人目の犠牲者が出た後、送った書簡への返事が届いた」
「……?」
「来てくれるそうだ」
「えっ?」
「――ディーサイド」
一同、一様に騒つく。
ある者は目を見開き、ある者は口を呆然と開き、亦ある者は口許を引き攣り、茫然とする。
「ディ……ディーサイドっ!?」
「しょ、正気ですか、村長!」
「あ、あんな化物を呼ぶなんて……」
強張った表情の儘、村長が口を開く。
「皆に相談なく奴等を呼んだのは、すまないと思う。併し、状況が状況。人に化けた鬼衆を見つけ出し、判別し、倒す事の出来る連中は、あいつらをおいて他にはおるまい」
「……」
黙り込む、村民。
村長の言は一々尤も。
毒を以て毒を制すではないが、凡そそれしか方策はあるまい、と皆感じている。
そんな中、コータが口を衝く。
「で、ですが村長! 奴等の力が噂通りとも限りません。もし、鬼衆の判別を誤れば冤罪で危機に陥る者もいるでしょうし、ディーサイドが返り討ちに遭えば被害は益々増え……」
「――他にあるまい」
「!?」
「馬鹿げた額の報酬の支払いも承知。だが、放っておけば村そのものの存亡も危うい」
「で、ですが……」
「奴等の到着が間に合っておれば、もしかしたら5人目の被害者も出さずに済んだやも知れぬ。鬼衆への恐れから生活に支障を来す者も出ておるし、実際、このように村民同士の不和も出て来ておる。
儂は村長としてやれることは全てやり尽くさねばならん」
「……」
一同、渋々ながらも了承し、村長宅から出て行く。
ディーサイドなんて禍々しい存在に村の存亡を頼らざるを得ない事態に歯痒いを思いをしながらも、併しそれしかない事実に落胆し、日々の生活に戻って行く。
一言、理不尽。
「兄ちゃん!」
村長の家を出た途端、コータを呼び止める。
「……ヨータ。先に帰っていろって云ったろ」
「だって、村長さん家から大きな怒鳴り声が聞こえたから」
「ああ……」
「で、なんなの、ディーサイドって?」
「聞いていたのか……」
自宅への帰路。
兄コータと街中をゆっくりと歩む途次、そいつについての話を聞く、ディーサイドについて。
「神を殺すもの――<ディーサイド>、それが奴等の総称さ。確か、極北の地にある団体だか組織だか結社だかが対鬼衆用人造兵士として生み出したとか。眉唾だがな」
「人造兵士?」
「この世で唯一、鬼衆と渡り合える作られた兵士の事さ。大昔、戦争の為だけに作り上げられた戦士を“騎士”と云ったらしいが、多分、似たようなもんだろう。
奴等は頼まれれば鬼衆を狩る。膨大な金品を報酬として要求するらしいが、鬼衆狩りを唯一の生業にしてるんだ、払えない額ではないんだろうよ」
「すげーんだな、ディーサイドって! 正義の味方じゃんか!」
コータは立ち止まり、遠くを見詰める。
「……そんなんじゃないさ、奴等は」
「え?」
「半死半生の狂戦士。奴等はその身に、鬼衆の血肉を移植し作られた本物の化物なのさ。謂わば、鬼衆を喰ったもの、それが奴等の正体さ」
「えっ、ええ……」
「死人である鬼衆を取り込む事で半死半生の躰を得た戦闘用の実験人形。その狂気に耐えられたのは、将来、子を産む痛みに耐えられる精神力を持つ女だけ。男は皆、その狂気に耐えられない」
「お、女!?」
「そう、ディーサイドは全員、女戦士だ」
「……」
「言い伝えでは、奴等は真っ白い瞳を持ち、鬼衆を見分ける力を持つと云う。鬼衆を斬り、その生き血を啜る事で、その白い目は血の色に染まり、真っ赤になるんだと。
なので奴等を皆、こう呼ぶ。白眼の魔女、白眼の処刑人、と」
――信じられない。
鬼衆を退治できる強い戦士がいるってのは聞いた事がある。でも、そんなのは御伽噺の中にしか出てこない。
而もそれが女の人だなんて――
「兄ちゃん!」
「ん?」
「その人達……彼女達は、いい人、なんだよね?」
「……いい人? さぁな。少なくとも俺は、処刑を生業にしている奴なんかと、仲良くなりたくはないな」
「……」
俄に辺りが騒がしくなる。
村人が口々に声を出す。
「来た!」
「現れたぞ、ディーサイド!」
「白眼の魔女だ!」
居ても立っても居られなかった。
コータに呼び止められたが、俺はもう走り出していた。
見たかった。
一目でもいいから、その女戦士を見てみたかった。
街道沿い、街の入り口に佇むその女を見た時、俺は思ったんだ。
ディーサイド、神を殺すもの――だって?
違う。
そんなんじゃない!
そう、紛れもなく彼女は、女神、だった。