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ACT4-5a 霧の視点・2

 ナギ君との電話が終わったあと、私はバランスボールに背中を預けて、ずっと天井を見上げていた。


「はぁー……」


 もう少し話していたかったし、話していられたと思う。


 聞いてみたいことも沢山あって、ちょっとだけ電話するつもりだったのに、気がついたら自分で決めた時間を過ぎてしまった。


 時計の秒針が動くのを見ながら電話していた。


 自分で決めたルールを破らなかったら、ナギ君に電話してもいいと思った。


 ニャー、と鳴き声が聞こえて、足にふわふわした感触が触れてくる。寄ってきてくれたのは、飼い猫のセナだった。


「ごめんねー、何してるのって思うよね」


 セナがもう一度鳴いて、私は笑って、胸に抱き上げる。


 この子を撫でている時は、凄く気持ちが落ち着く。


「……ナギ君が、私に歌ってほしいっていう唯ちゃんの気持ち、ちょっと分かるって」

「ニャー」

「ふふっ……そうだよね、わかんないよね。困った飼い主さんですニャー」


 セナは最近、肉球を触らせてくれるようになった。


 握手するように小さな手を持って、可愛くて仕方なくて、なんだか泣きそうになる。


 『友達』って自分で言っておいて、こうやって遊んだりしないのかなって思ってたのに。


 唯ちゃんが私に気を遣ってくれてるっていうのは、ないと思う。


 ナギ君にラジオの観覧チケットを渡したことも謝ってくれてて、私は、謝ることないって言った。


 期待してたわけじゃない。でも、そんなのはただの言い訳で、唯ちゃんの性格を分かっていてチケットを渡してしまった。


 ――私は……朝谷さんに、本当の気持ちを薙人さんに言って欲しいです。


 そういう私の(ずる)さも全部、鷹音さんは分かっていた。


 分かっていて、怒っていて――私のことを、叱ってくれた。


 鷹音さんは凄く優しくて、自分に厳しい人。そんな人が誰かを好きになるのは、簡単なことじゃない。


 ナギ君をかばって『今カノ』と言ったとき、きっとまだ鷹音さんは、自分の気持ちには気づいてなかったと思う。


「……私が告白させちゃったんだよね。でも、私が来なくても、そうなってたのかな」


 セナは鳴かずに、私をじっと見てる。


 こんなこと言われても困る、って顔でもなくて、ただ私を見ているだけなんだと思う。


 私の本当の気持ち。


 私が、ナギ君のことを今、どう思っているか。


 そんなこと、言えるわけない。このまま卒業まで、その先までずっと仕舞っておいてもいいくらい。


 私自身が、中学の卒業式の日に、ナギ君に言ったこと。この日を何事もなく過ごしてしまう人が多いんだと思う――なんて。


「ニャー」

「……そうだよね。一緒に遊びに行けるんだから、楽しまないと損だよね」


 私は友達なんだから。ナギ君と、鷹音さんと、みんなで遊んだりしてもいい。


 色々考えすぎないほうがいい。これ以上、ナギ君を振り回して、そんな形で彼の近くにいるのはダメだから。


「……歌の練習しなきゃ。セナも一緒に歌う?」


 あごの下を撫でると、セナはごろごろと甘えてくる。この子は胸のところに収まって寝るのが好きで、冬の間はよく私のベッドに入ってきていた。


 セナは女の子だけど、どうやって名前をつけたかは、鷹音さんには言えなかった。もし言ったら、私がいつもどうやってセナと過ごしているか、見せられなくなる。


「ナギ君、これから見るのかな……」


 『青リリ』は、私達と同じ年代から少し上までの人たちがいっぱい見てるっていうことだけど、やっぱりナギ君が見ていると思うと、リアルタイムで放送チェックなんてできない。


 そのとき、部屋のドアがノックされる。お母さんが仕事から帰ってきていたのは、ナギ君とチャットしてるうちに気づいてた。


「霧、今日のドラマはどうするの? お母さんと一緒に見る?」

「ううん、今日はいい。ちゃんとできてるよ」

「そう。少し演技の話をしたかったんだけど……次の放送は一緒に見ましょうね」

「分かった。おやすみ、お母さん」

「ええ、おやすみ」


 ドアを開けて入ってきたりしないのは、お母さんが私を尊重してくれてるからだと分かってる。


 でも、少しだけ寂しくなる。お母さんが一緒に放送を見るとき、最初のように楽しそうに笑ってくれなくなったから。


「……考えすぎだって、分かってるんだけどね」


 バランスボールから起き上がって、私はベッドの上のスマートフォンを見る。


 ナギ君と話してるときに、私はどんな顔をしてたんだろう。


 演技をしなくてもいいときでも、私は、どんな顔をしてていいのかを自分に言い聞かせてる。


 それは、いつからなんだろう。ナギ君に出会ったときは、そうじゃなかった。


 ナギ君が告白してくれたあの時から? それよりもずっと前から。


 歌の練習をしておかないといけない。それはナギ君のためじゃなくて、友達の前で歌うときでも、上手く歌えた方が雰囲気が上がるから。


 ――鷹音さんは、どんな歌を歌うんだろう。


「デュエットとかしたら、ナギ君どんな顔するだろうね」

「ニャー」


 セナは興味ないっていうふうに鳴いて、私のベッドで丸くなる。この子はお風呂に入れられるのが苦手だから、私がお風呂に入る気配がすると、急に懐いてこなくなる。


 今からお風呂に入ったら、ちょうどナギ君がドラマを見てるかもしれない。それは気分の問題でしかなくても、今日は録画だけにして、良かったら後で見てほしいと思った。


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