ナマズになって転生したら、もともと住んでた寺だった件
私はナマズ、それも特殊な場所に住むナマズだ。私は今にも壊れそうな寺の屋根裏にできた水たまりに住んでいるのだ。壊れそうだとはいうものの、もともとは立派でそれなりの規模のお寺だった。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。出雲寺。ちなみに、出雲大社とは何の所以もない。
ところで、私の頭上にはぽっかりと大穴が開いている。――もっとも、体長が一メートルを超える私がギリギリ住めるほどの大きな水たまりができるぐらいだから、ポタン、ポタン……程度の雨漏りではなく、相当の大きさの穴がいるに違いない――その穴から空を眺めていると、明後日の未の刻に、暴風雨がやってくるらしいということが分かった。それ自体は別に珍しいことではない。なぜなら、私の家は代々出雲寺の最上位、別当を継いできたので、寺の建立当時からの史料が残っている。暇すぎて何度も読んでいたら、その内容を覚えていたのだ。え? ナマズが別当になれるのかって? もちろん、なれるわけがない。ここに衝撃の事実を書こうじゃないか。
私は実はもともと人間だった。別当職を息子の上覚に譲り、三途の川を渡って極楽へ……となるはずだったのに、三途の川を渡る途中にナマズに嚙みつかれ、こうしてナマズとなって転生してきたのだ。けれども、どうして出雲寺に舞い戻ってきたのかは分からない。それでも、こうして大きく育ってしまった。
暴風雨に話を戻そう。この寺は次の暴風で崩壊する。これは確実だ。私を含め、先代も、そのまた先代も、はたまた上覚も、まったく手入れせずに過ごしてきたのだから、少しの暴風でも倒れてしまうほどにガタついている。だったら修理しろよ! そんな声は無視させてもらうとして――なにしろお金がない――この機会に外の世界に出てみたいと思ったわけだ。私は生まれてこのかた出雲寺で一生を生き、転生しても出雲寺に住んでいたのだ。ほんの僅かだけでも外の世界へ出てみたいと思うのは自然の摂理だ。
そうと決まればさっそく、上覚に手伝いを頼まねばならない。仕方が無い、気力を振り絞って私の存在を知らせてやろう。私は老いた人間の姿となって、夢に現れることができるのだ。
「お~い、上覚よ。私だ。お前の父親だ。いきなりお前の夢を邪魔して悪いが、実は折り入って頼みがある。明後日の未の刻に暴風雨が吹きすさぶだろう。すると、お前も知っての通り寺は古いから倒れてしまう。すると、屋根裏に水たまりがあるのが分かるはずだ。私は今その水たまりに住んでいる。私はナマズなのだ。そこでだが、多分私は風によって水たまりから投げ出されると思う。それをもし近所のガキどもが見つけたら、私は踏んだり蹴ったりの目に合うに違いない。そうなる前にお前に頼まれてほしいのは、私を見つけたら即座に川に運ぶ、ということだ。実は、私はまだ広い世界を見たことがない。川に出て、海を見られるかもしれないこの機会を逃す手はない。何卒よろしく頼んだぞ」
できることはやった。人事を尽くして天命を待つ、だ。――いや、「人事」ではなく「ナマズ事」だな――
さてさて運命の日だ。予測通り、丑の刻になり風が吹き始めた。少しずつ寺が揺れ始める。何も知らなければ地震だと勘違いするかもしれない。バコン。突風が吹き、屋根が吹き飛んだ。強い雨で水かさが増す。どこかから飛んできた瓦が、寺の壁に激突し、メシメシと壁が割れていく。なんということだ。これほど脆いとは思わなかった。これでは未の刻になる前に倒壊してしまう。
お、家の方から男が出てきた。よく見れば、私の代から寺の管理を手伝ってくれていた爺さんだ。相も変わらずバカ息子の上覚は自ら父を助けようとは思わないらしい。それとも、私の話を信じられず、確認させようとしているのだろうか。ともかく、ボロボロになった壁と柱の上に水がいつもより多い水たまりがあるのだから、やがて重さに耐えきれず崩壊するだろう。
「ギギギ、ギィ、キィ~」
開かずの扉が開くように、ゆっくりと、しかし確実に床が傾いてゆく。水を支えていた板が割れ、とてつもない勢いで水が流れ出ていく。ジェットコースターのような流れに興奮し、「フゥ~」と思わず言ってしまったが、実際には口から細かい泡がぷくぷくと出ただけだった。ともかく、私は地に降りた。振り返ると、行水中の仏像が見えた。会釈をしてから家の方に向かう。さすがに家の者は上覚も含めて外へ出て、状況を見守っていた。
弾幕のような雨に必死で耐えながら、上覚の足元へと這ってゆく。
「えっ! と、父さん、なんですか……?」
おいおい、せっかく夢に出てやったのに、信じとらんのか……。私はあきれ果てたが、この体故、言葉を発することができん。そこで、私は勢い良く頷いた。ウン、ウン、ウンウンウンウン……。上覚は、腑に落ちない顔で首をかしげながらも一応信じたらしく、大声で叫んだ。
「お~い、みんな、来てくれ~。このデカいナマズを運ぶんだ」
わらわらと人が集まってくる。
「お前は頭の方へ行ってくれ。あっ、爺さんは腹のとこだ。おい、よそ見してないで手伝え!」
なんだかんだ頼もしくなってるじゃないか。これで私がいなくなっても大丈夫だ。安心して寺を任せられる。――まあ、任せるも何も、寺が壊れたら何も残らないんだけど――そうこうしているうちに、私の体は地上から一メートルほど持ち上げられて、運ばれていった。けれども、目の前には小姓が立ちふさがり、どこへ運ばれるのかてんで見当もつかぬ。だが、ここから一番近い鴨川へはそれなりの距離がある。ずっとこの体勢なのはキツイなあ・・・・・・と嘆いた矢先、私は地面に下ろされた。どうやら畳らしい。見渡すと、懐かしい調度品が目に入った。ただ家に運ばれただけだったようだ。ということは、台車に乗せて川へと運んでくれるんだな。やっと、念願の川に行ける!
「ねえ、ちょっと、何やってるの!?」
突然家に響き渡ったのは、上覚の嫁の金切り声だった。
「いいじゃないか、こんなチャンスを逃す手はないだろう」
上覚の声は落ち着いているが、今にもスキップしそうなのを押さえきれていない。それにしても、何の話だろうか。
障子がガラガラと開く。少し間が空いて、上覚が部屋へ入ってきた。背中に右手を回している。父親に隠しごとをしないでもらいたい、そう思ったが、ナマズの姿では怒号をあげることはできない。
その時だった。上覚は、勢い良く左手を伸ばし、私の首をむんずと掴んだ。驚いてバタバタとくねらせてはみるが、逃げだすことはできそうにない。台車に乗せるだけなら、こんなことはしなくても良いはずなのに・・・・・・。上覚は私が落ち着いたのを見ると、深く息を吸った。
グサリ。ザクッ。
上覚の右手には、私の血がついた草刈り鎌が握られていた。混濁してゆく意識の中で、私の耳には上覚の声がこびりついていた。
「こんなにデカいんだ。今夜の食卓は豪華になるぞ」
「そりゃ、父親だってことは分かってるさ。でも、見れば見るほど美味しそうなんだ」
「それに、川に放したところで、誰かに捕まって食べられるのがオチさ。それだったら、家の者が食べたほうが、お父さんにとっても嬉しいだろ」
(了)
いかがでしたか?
「上覚」や「未の刻」などのワードでお気付きの方もいるとは思いますが、一応、ネタばらしです。これは、宇治拾遺物語の巻第13の8『出雲寺別当の鯰になりたるを知りながら殺して食ふ事』のリメイクです。古典文学も面白いだろ?ってことを伝えたくて、現代風にアレンジしました。原作が気になる方は、Google先生に聞いてみてください。
さて、『宇治拾遺物語』は鎌倉時代の作者不詳の説話集です。全篇を通して仏教説話が多いのですが、教訓的な説話は少なく、破戒凡愚の僧が活躍する話など、迷信を退け、仏教の呪縛から解き放たれた人間が描写されています。