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勇者業・1-2

なんだ。ひととなりならぬ、魔王となり(?)を、より知らしめてやろうということか。驚かせおって。


 が、なんだ。ここにも何人か人間がおるな。だれにはなしかけてもよいのか。


 カウンターの向こうを端から端まで一瞥すると、おそらく先程のベイズの殺気のせいであろう、向こう側にいる人間どもが一様にびくりとからだを震わせた。そう怯えずともわざわざ取って食ったりなどせぬのにな。もちろん、一掃もせぬぞ。



「登録用窓口、というものが見当たりませんね。とりあえず、総合窓口という場所ではなしを聞けばよろしいかと思われます」


「そうか」



 適当なところにはなしかけに向かおうかと思った矢先、先んじてベイズにそう言われる。なのでカウンターの上部に書かれている文字を読み、総合窓口とある場所へ向かった。

 オレたちの向かう先が自分のいる場所と気づいたのだろう、カウンターの向こうにいる人間が、一層大きくびくりと震えたあとあたふたと辺りを見回し出す。


 だから取って食ったりせぬというに。



「おい」


「ふぁっ! ははは、はい!」



 いつまでも周囲を見回してばかりいるから、カウンターを挟んだ正面から声をかける。するとまたもびくりと大袈裟にからだを震わせた人間は、慌てた様子でこちらへと向き直った。眼鏡の奥の目に、涙が溜まっている。大いに加減したとはいえ、ちょっとベイズ、やり過ぎたのではなかろうか。


 ついもう一度溜息を吐いてしまえば、目の前の人間の肩がまたもびくりと跳ねた。むう、いくらなんでも小心すぎるだろう。

 よもや人間はみな、これほどまでに脆弱に成り下がったわけではあるまいな。まだ希望が持てる程度には骨のあるものもおると信じたいところだが……。


 まあいい、ともかくこちらの目的を進めよう。



「ギルドに登録をしたいのだが、ここで手続きができるのか?」


「え、あ、えっとえっと」


「どうなのだ」


「ふぁっ! ははは、はい! こここ、こちらで受け付けてますうっ!」



 ……なんとも聞き取りにくい喋りかたの人間だ。まあいい、ここで登録ができるということは理解できた。



「では登録をしてもらおう」


「え、えっと、で、では、あの、こちらに記入と、あと身分証の提示をお願いします」


「……身分証だと……?」


「ひっ! すすす、すみませんすみませんっ! ああああの、ぎぎ、ギルドは、その、信用第一でしてっ」


「ふむ……」



 どうしたものか。オレは本業が魔王ゆえ、身分証など持っておらぬし、仮に魔王という身分証を持っていたとして、それを人間の世で使うのは問題があることくらい理解している。なんのために人間に扮しておるのだということだ。


 まあ、当然ながらオレが魔王であることなんぞ証明するまでもないのだから、そもそも身分証などというもの、必要自体ない。


 さて、ではどうしたものか。


 ちらりとベイズに視線をやれば、こやつはどうやら知っておったらしく、まったく動じていなかった。さっと無駄なくなにかの紙きれのようなものをカウンターの上に差し出してくる。



「これでいいか」


「え、えと……。あ、アオナギ共同区域の出身のかたなんですね。はい、こちらで大丈夫です」


「貴様……いつの間に」


「事前に必要になると聞いておりましたので」



 またこやつはしれっと……。人間の世に順応できるよう先んじて学ばせておきながら、ちょこちょこと穴を作っておったあたり、はじめからついてくる気しかなかったのだろうと今更ながら思う。そういえば、この町に入る際もあの紙を出しておった気がするな。ベイズが勝手にさっさと対応しておったため碌に聞いておらんかったが、通行証、というものだったと思う。


 とにかく、もはやベイズに関してはいっそ開き直って存分にこき使ってやればよいだけのはなしと内心で結論付けることにした。


 ちなみに、アオナギ共同区域というのは、魔族にも人間にも属さず、独自に自治を持つことを認められた区域を示す。そこそこ大きな町を中心として広がるそこは、先々代の魔王の時代に、先々代の魔王が主だって礎を築いた場所。もとは魔族と人間の混血などが多く集まる、魔族にも人間にもなりきれぬものたちが集う集落がひっそりと存在していただけだったらしいのだが、魔族と人間との共存を望んだ先々代がその先駆けとなるようにと願いを込めて、どちらをも受け入れられる器として広げたのだとか。


 当然、魔族にも人間も属さぬ自治を持つ、ということを人間どもにも認めさせねばならぬわけで、そのための尽力は相当だったらしい。ゆえに、代替わりしようとも、あの区域では割とオレ、ではなくこの場合は余だな、人気者だったりする。だからこそそこの出身という身分証を偽造してくれたのだろう。


 魔族にも人間にも属さぬ地、ということで、あまり魔王に肩入れをするわけにはいかぬのだが、別に公のものというわけでも、ましてやなにか政治的な裏があるわけでもない、まったくの個人的な用件だからこそ許されたのだと思う。もっとも、人間ではあるまいし、こそこそと政治的な裏工作なんぞ、わざわざ余がする必要などないのだが。


 とにかく、身分証はこれでよいということだし、あとは渡された紙に記された内容に目を通し、必要事項を記入すればよいのだな。



「え、えっと、あの、そちらのかたのご登録は……」


「私はいい」


「あ、そ、そうですか」



 ベイズはオレについてきただけであって、個人で人間としての活動をするつもりはないのだろう。にべもなく即答しておった。


 さて。必要事項の記入といっても、さして書くこともないものであったためさくさくと済ませてしまう。個人情報は身分証で事足りるからだろう、なまえだけ申しわけ程度に書かされ、あとは得意分野やら苦手分野やら、能力やスキルやら、職業やらアレルギーやら……。ふーむ、これ、どこまで真に必要とするものなのだ。

 能力やスキルは本来のものなど当然書けないゆえ、本来の千分の一と偽って設定した現在の能力値を書き、スキルはごく簡単な……それこそ事前にベイズに許可された、オレからすれば実用性さえ怪しいようなものだけを書いておいた。


ちなみに筆記も魔力による意志疎通の応用でさらっとできる。魔王ともなれば息をするくらいに簡単なことよ。



で、なにより重要な項目であった職業だが。

 当然、迷うことなく勇者と記入した。



 そうして書き終わったものを、カウンターの向こうの人間に渡す。それを受け取り確認していた人間は、途中、ぴたりと動きを止め、困惑した様子でオレを見上げてくる。



「え、えーと、あの、しょ、職業……ゆ、勇者、ですか……?」


「うむ。そう書いたはずだが」


「で、でも、その、か、書き間違い、とか……。あ! えと、魔法剣士のことですよね?」


「勇者だ」


「……えーと、剣士とか、傭兵とか……」


「勇者だ」


「ま、魔法使い、とか」


「勇者だ」



 何度言わせれば気が済むのだ、この人間は。そのあまりのしつこさに苛立ちが募りはじめた頃。横手から新たな声が混じってきた。



「いやあ、今時勇者なんて職、だれも名乗りたがらないぜー」



 ちらりと視線を向ければ、剣士っぽい感じの人間が軽薄そうな態度で歩み寄ってくる。

 なんだ、こやつ。



「いまじゃもうだれでも知ってることだけど、勇者ってイメージすっげえ悪くなってるからさあ。仕事受けたいなら別の職業名乗ったほうがいいぞ」



 視線を戻せば、カウンターの向こうの人間もなにやらこくこくと頷いておる。



「……ふむ。では訊くが、勇者では仕事を請け負えぬというのか?」


「え、いえ、あの、そちらのかたも仰ったとおり、印象があまり、その、よくないので、先方に断られてしまったり、ご紹介できない場合もあったりしますが、まったく斡旋できないということは、ない、です」


「では、勇者という職で登録することは不可能なのか?」


「い、いえ。もともと勇者は自薦他薦問わない称号でして……その、現在も、一応その流れが残ったまま、勇者を職として登録することも可能です。……一応」



 二度も一応とつけずともよい。

ともあれ、だ。



「ではなにも問題ないではないか」


「そ、れは……そう、ですが……」



 なにを惑うことがあるというのか。オレのことばになおも視線を迷わせたカウンターの向こうの人間は、ちらりとオレの隣、不躾に混ざりこんできた剣士っぽい人間に視線を向ける。


 こやつ、自分がオレと会話をしている自覚に欠けるのではないか。


 おかげで、オレはまったく用もないというのに、剣士っぽい人間がさらにくちを挟んできおった。


 ……ところでこの剣士っぽい人間、ほかの人間どもと違い、ベイズの殺気に畏怖しておらぬようだな。あの殺気、この建物内を満たす程度に抑えられていたが、それはつまりこの建物の中にいたものであれば、問答無用であれに当てられたということになるはずだが。


 ふーむ。つわもの、には見えぬから、おそろしく鈍いヤツなのやもしれぬな。



「あー、その、兄さん、なんか勇者に拘りでもあるのか? 勇者っていったら、魔王にこっぴどく返り討ちにされた情けないヤツっていうものの代名詞、みたいになってるんだぞ」


「愚かな。魔王に挑むことができたものこそ、勇者であろう。人間の中では最高峰に位置するものではないか」


「え。いやだって挑んだだけだろ? 倒せてないんじゃ意味ないんじゃ……」


「よもやそのような認識が常識となっておるとは、オレも思いもせなんだ。魔王を倒せるなど思い上がりもいいところだろう。その魔王に挑めるのだ。それだけで充分評価に値するではないか。魔王に挑めるものなど、人間では勇者以外におるまい」


「うーん……そう言われてみれば、確かにそうなのか……? 今時魔王にわざわざ挑もうってヤツ自体なかなかいないからなあ……判断しにくいが」



 むう。やはりそれよな。いずれ魔王とは挑むもの、という認識が常識となるまで意識改革もさせねばならぬか。


 まあ、もちろんまずは勇者の株上げからだがな。魔王の脅威などいつでも示せるし。



………………で。実際のところ、余、ちゃんと知られておるよな? 魔王だものな? な?


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