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勇者業・1-1

ふむ。なにやらここは余のつぶやく場とのこと。なにゆえそのような場が……うん? 皆に余を知ってもらうため……?


 ベイズからいろいろ指導を受け、さらに細やかな小言……いや、はなしも聞かされ、とりあえず目下の仕事にも区切りがついたところで、余はようやく人間の世界に出向くこととなった。



「……で。そのほ……貴様もついてくるのか、ベイズ」



 とりあえず、適当な町のそばの街道まで転移魔法で移動して。そうしてあたりまえのように余……もとい、オレの傍らに立つベイズに、視線を向けるでもなく問う。



「当然でしょう。私が共に参らずして、だれにルウ様のお守……いえ、目付ができましょう」


「どちらも碌な名目ではないな」



 だからわざわざ言い直すなというに。


 眉根を寄せ息を吐く。ちなみにルウというのは余……ではなく、オレの偽名だ。魔王の名は魔族の中でさえほぼ知られておらぬが、まあまったく知られておらぬわけでもない。それは人間の中においても同様だが、わざわざ偽名なんぞを遣う理由はむしろ魔王としての余と、人間としてのオレをわかりやすく分かつ意味のほうが大きい。



 つまるところ、ベイズのひと声だ。



どうあれさして呼ばれぬ名。余としては……ではなくオレとしてはどうでもよい。


 どうでもよいついでだが、ウィルではなくルウと略したのは、ウィルだと本名っぽすぎるだろうという判断だ。……ちょっとだけ、余の趣向を凝らしたい精神も混ざっておるが。



「ルウ様と私が揃って長く城を空けるわけにもいきませんから、いつでもというわけではありませんが、できうる限りはお供しようと思います」


「むう……オレももうこどもではないのだがな」


「ですが人間の世は初心者でしょう」


「それはベイズとておなじであろう」


「だとしてもルウ様よりはうまく立ち回れると自負しております」



 く……なんだその自信は。納得がいかぬと言いたいところではあるが、ベイズのことばが的を射ている自覚も実はあるので、仕方なく折れておく。

 実際、なんだかんだと小言はうるさいし、上司を上司と思わぬ態度のベイズであっても、役に立つことは事実なのだ。まあ、魔王の側近なのだから当然ともいえるが。


 ちなみに、蛇足とも言えようが、いまのベイズはオレと同様、普段以上に見た目も人間に寄せておる。いつも概ねひと型であることは事実なのだが、頭部には竜の姿の名残である角が生えたままになっていた。それがいまは完全に姿を消し、オレよりもさらに武装の薄い恰好をしていた。


 いわく、魔法使いを模しているのだとか。手には形ばかりの……いや、ベイズの魔力で崩壊しないくらい強度に長ける杖も持っている。

 先々代の魔王の側近が、いまのベイズ同様、先々代が人間に扮する際に同行していたときの姿を真似ているらしい。ほんとうに、ベイズは彼を敬愛しているのだ。



 正直、余のこともそれくらい敬えと思う。



「とりあえず、まずはこの先の町を目指しましょう。そこでギルドに名を登録し、仕事を請け負うことからはじめます」


「わかっておる」



 それはもう城で幾度も確認しだろうに。


 実はやはりこども扱いしておるのではなかろうか。そんな疑念を抱きつつ、結局オレはいつもどおりベイズを伴い、人間の町を目指して街道を進むのだった。



-----



「ふーむ。しかし人間の国というのはずいぶんとまあ人間どもが密集しておるものなのだな」



 特段拘りがあって選んだ町ということはない、というより、人間の町など俺にとってどこも変わりないとしか思えないだけなのだが、そういうわけで適当に選んだ町は、結構規模の大きな町だったようだ。


 確か、リアネスト王国、だったか。どうでもよい情報ではあるが、人間として活動する以上、相応の知識は要となるとベイズに記憶を強要されたこの町は、その王国の主要都市、つまり王都であるらしい。


魔王城には城下町なんぞ存在せぬゆえ、王の住まう城のもとに町がある、という形はあまりオレには馴染みがない。もっとも、魔王城に城下町がないというだけで、各地に散る魔族の領主たちの住処のそばには町やら集落やらを作っているものもおる。が、そこもこの町ほど魔族が密集しているなどということはないな。


 正直、鬱陶しいことこの上ない。これほどまでに人間で溢れかえって、人間どもは動きにくさや煩わしさを感じぬのだろうか。


 まあ、人間は得てして群れたがる生きものと聞いておるし、生存本能的なものなのやもしれぬな。



「そうですね。さすがにすこし辟易してしまいます。ですがルウ様、もの言いにはお気をつけください」


「む? ああそうか、そうだったな」



 いまのオレは人間に扮しておるのだから、人間ども、というもの言いは些か違和があろう。さすがに魔王がこのようなところをうろついているとは思われぬだろうが、人間に扮し紛れこむ魔族も、その目的は種々あれどいるにはいるのだ。疑われぬようにするに越したことはない。


 オレの計画やそのための労力を早々に無駄にするわけにはいかぬからな。


 ……しかし、どうにも自らをオレと呼ぶのは違和がすごい。うっかりくちに出して余と言ってしまわぬよう、気をつけねば。



「ところでベイズ、ここは人間と建物とでごちゃごちゃしていて、オレにはどこがどこかわからぬ。ギルドはどこにあるかわかるか?」


「ええ、時間はありましたから。もちろん調べておきました。……ですが、やはりあなたをおひとりで行動させなかったのは正解でしたね。ギルドを探すだけでも騒ぎを起こしそうです」


「なにを申すか。オレは存外温和で温厚だからな。適当に更地にして歩きやすくしようなどと短慮は起こさぬ」


「……ええ、そうでしょう。ついでに、適当な人間を捕まえて尊大にものを問い、相手の不興を買って喧嘩に発展し、完膚なきまでに叩きのめしたりもなさらないでくださいね」


「なんと。喧嘩とは売られたら買うものではないのか」


「いまの例の場合、ルウ様が売った側になりますよ」


「異なことを。昨今、わざわざオレが喧嘩を売るに足る相手などおらぬというに」



 だからこそ、それに足る相手が生まれるよう、ここにこうしておるのではないか。そう伝えれば、ベイズはなぜかしばし黙したあとそうですねと頷いた。


 なんだ、その沈黙は。



「とりあえず、ルウ様の場合、喧嘩などという生易しいものでは済みませんから、相手がどうあれとりあえずまずは抑えてください。必要に応じ、相手のほうは問題にならない場所に連れて行きますから、叩きのめすのはどうぞそのあとになさってください」


「ふーむ。面倒よな」



 基本的に平和主義を掲げるベイズなれど、だからといって当然ながら人間に寄るというわけではない。魔王たる余がなめられるのはこやつとて納得がいくものではないらしく、必要に際せば暴力的手段も良しとする。


 というより、場合によってはベイズが手を下すこととてあるのだ。


 どちらにせよそうそうあることではないし、あったとして、一国を滅ぼすようなことには至らぬ、それはかわいらしい程度のことでしかないのだが。

 まあ、人間は当然ながら、魔族とて魔王を侮るような真似をしてただで済むと思わぬよう、威を示すために必要ともいえる対処であろう。どこまでが必要で、どこからが過剰となるか、線引きはすこし難しくもあるが。



 オレにはどこを見てもおなじ光景にしか見えぬ町中を、ベイズの先導のもと歩いていく。普段のオレは魔王であるゆえ他者を避けるなどする必要もないのだが、いち人間と扮する以上、ある程度人間どもの流れに沿って歩かねばならぬらしい。魔王としては納得がいかぬが、いまは人間なのだと自らに言い聞かせやむなしとする。

 とはいえ、人間の動きなど読むに易いからな。これだけごった返した場所であろうと、オレがだれかにぶつかるような無様を晒すことはない。それはベイズも同様で、オレたちはなかなかに人間に溶け込めているのではなかろうかと、自らの擬態能力の高さに満足した。


 だというのに、なにやらどうも行き交うものどもが不躾にも視線を向けてくる。オレの擬態自体に問題なかろうと、抑えても溢れ出てしまうオレの高貴なオーラでも感じ取っておるのやもしれぬ。熱を込めた視線は憧憬か羨望か。


 ふむ、まあよかろう。いまのオレは人間に扮しておるのだからな。身の程を弁えぬ輩どもも寛大に許してやろうではないか。


 とはいえ、はなしかけることまでは許容せぬ。なにしろいまのオレたちにはきっちりと目的があるのだから。それを阻害しようなどとしてみろ。存外温和で温厚であるさすがのオレも、邪険に扱うぞ。

 そういうわけで、周囲の状況は把握しつつもどうでもよさも含んで放置し、とにかく目的地に向かうことだけを優先する。人間の町にさして興味もないゆえ、特段脇目をふる必要もなくさっさと進んだ。


 それにしても、我が城とてここまで入り組んではおらぬというに、ごちゃごちゃと面倒なつくりの町よな。防衛機能を特化させておるのかわからぬが、いくら建物を盾にしようと目論もうとも、オレの手にかかれば外から一掃も容易いが。こんなところをすいすいと進めるベイズには、すこしだけ感心する。


 ちなみに魔王城は入り組んだつくりをするよりも、罠を(ちりば)めることにこそ特化させていた。

槍が飛び出てきたり、矢が飛んできたり、毒ガスが噴き出してきたり、炎が噴き出してきたり。ただ落ちれば即死レベルの高度の落とし穴もあちこちにあるし、不用意に階段を上ろうとすれば階段がスロープへ変じ、大岩が転がってくる場所もある。


 ふむ。なかなかよいアスレチックよな。あまりにデスクワーク漬けにされたときなどは息抜きにちょっと遊びに行ってみたりしているのだが、昔はよく侵入者の死体を見かけたものだ。それとて最近はめっきり見かけないのだから、やはり魔王に挑む人材不足は深刻よな。


 そんな脱線した思考を飛ばしていたら、どうやら目的地に辿り着いたらしい。



「こちらがギルドです」


「ふむ。それなりに見られる建物よな」


「この国では一番大きなギルドとなりますからね」



 なるほど。周囲の建物とは一線を画す大きさと、派手ではないがそれなりの主張を見せるつくり。これがギルドか。あまりものの造形にも興味がないのだが、そういうものに趣向を凝らせようとする人間の有様は、ドワーフに通ずるものがあるか。

 ドワーフのほうが器用だろうが。



「では参るか」


「はい」



 目的地にさえ着けば、今度はオレが先行する。もとよりベイズはただのおまけなのだ、当然だろう。


 身の丈も大きくない人間に、この大きさが本当に必要なのか疑いたくなる大きな両開きの扉を開け、中に踏み入る。外観に違わずなかなかに広いはずのホールは、しかしそこにいる人間の数もそれなりに多いため、その本来の広さはあまり感じられなかった。


 まったく、ここでも人間とは密集するのがすきなのか。鬱陶しいな。


 いや、とりあえずそれはいい。さて中に踏み入ったはいいのだが……。



「ベイズ。登録とはどうするのだ」


「…………ええ、まあそうですよね」



 なにがだ。


 オレの問いに、わかっていましたと言いたげなベイズに、だったら先んじて案内すればよいものを、と思う。が、それはさすがに理不尽かと、オレは大人の判断として飲み込んだ。オレとてベイズに頼り通している自覚はある。まあ、先程ベイズも申しておったが、こやつがおらねばそれはそれでどうとでもしたので、いる以上使うことに問題はなかろうとも思っておるが。


 ベイズがあからさまに溜息を吐きおったが、それに目を瞑ってやるオレはやはり、存外温和で温厚なのだと内心で自画自賛した。



「とりあえず、カウンターではなしを聞けばよいのだと聞いております」


「そうか」



 カウンターか、とその場所を探すためぐるりと中を見渡す。なにやらここでも視線を集めておるようだが、人間も暇よな。ぼんやりとオレたちを見る暇があるなら、自分を磨いてオレに挑みに来ればよいのに。

 そんなことを頭の隅で考えていると、近くにおった二人組がはなしかけてきた。



「ねえ、お兄さんたち。この辺じゃ見かけないけど、依頼?」



 ……ふむ。人間に扮するということは、かように馴れ馴れしくはなしかけられるということなのか。


 先程は脇目も振らず目的地を目指しておったため、はなしかける暇さえ与えなんだが、いまは立ち止まっておったからな。声をかけても構わぬと思われたのやもしれぬ。人間に扮しておる以上、オレもさして牽制しておらんかったし。まあもちろん、必要と判断したそのときは、何者をも近づけさせぬ気配を放ってやるつもりではおるが。


 とりあえずいまは存外腹立たしさなどもないが、それでもやはり煩わしくはあるな。

 というわけで、無視だ。奥にカウンターらしき場所を見つけたのでそちらへ向かおうと足を進める。



「ち、ちょっと! 無視しないでよ!」



 無視されたとわかっておるのに、なおもはなしかけてくるのか。空気を読まぬヤツよな。



「ねえ、お兄さんたち恰好いいし、依頼ならあたしたちが安く受けてあげるわよ」


「そうそう、私たち、こう見えて結構強いんだから」



 寝言は寝て言え。


 おっとつい内心でつっこんでしまった。よくわからん自負があるようだが、当然ながらこやつらの実力など、かの勇者の足もとにも及ばない。魔王城になど辿り着く前に息絶えるだろう。

 そんな程度のものどもになにを頼むというのだ。そもそもオレは依頼をしにきたわけではない。


 なおも纏わりついてくるそやつらをまったく相手にせずにいると、進路上から別の一団に絡まれた。



「ね、お兄さん。そんなケバいヤツ放っといて、依頼なら私に任せてよ。なんならいいコトだってしてあげちゃうわ」


「はあ? ちょっと、横やりやめてよね。だいたい、そーんな服着て下心丸見えで誘うなんて、程度が知れてるわよ」


「なんですって? 自分のスタイルに自信がないからって八つ当たりはみっともないわよ」


「うっわ、自意識過剰! ねえ、お兄さん、こんなくちだけのヤツより、あたしたちのほうがいいって、絶対!」


「いいえ、私たちが」



 私が私がと、こちらが無視を決め込んでいるのをいいことに、さらに数を増した人間が声高に四方八方から主張してくる。


 なんだこれは。喧嘩を売られているのか。


 進路を阻まれていることも相俟って、鬱陶しさが倍増していく。ふむ、これはもう蹴散らしてもよいのではなかろうか。



「ええい、わず」


「散れ」



 らわしいわ、と、みなまで言えなんだ……。


 オレのことばを遮って、ぶわりと背後から凍てつく冷気にも似た殺気が膨れ上がる。低く低い地を這うような声音に乗せられたそれに、オレたちの周囲に群がっていた人間どもの中で多少なりとも耐えられたものは凄まじい勢いで遠ざかり、耐えきれなかったものはその場にへたり込んだ。


 ……おいこら。オレには諸々抑えろと言っておいて、貴様はなんだ。


 肩越しにじろりと背後に視線を向ければ、それはもういい笑顔を返される。



「さあ、参りましょう」



 ……ベイズめ。何食わぬ顔してこやつは……。


 だがまあいい。オレは寛大だからな。邪魔な人間どもを無力化しただけであるし、ここは流してやろう。これでいて、大分加減もされていたしな。


 でも溜息は吐くぞ。


 それからベイズに促されるまま足を進め直す。人間どもはベイズの殺気に当てられ、こちらを遠巻きに窺うことしかできなくなったようだ。


 ふむ、歩きやすくてよいか。


 たとえ避けて歩くことが容易であろうとも、そうしなくて済む程度に進行方向が開けているならそのほうがよいに決まっている。というわけで、先程までとは打って変わってさくさくと進み、カウンターのもとまで辿り着いた。



え。余、知名度ないの? 魔王なのに?


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