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本格準備・2


 ええい、どうせ目指すのであれば、きちんと余を打倒しようと奮起せよ! なんかいろいろ矛盾している気もするが、余としては一貫して全力で余の討伐を応援する。それが余の望みであり、結論だ。



「つまり、余は魔族を倒さねばならぬのか」


「魔王様がなにを仰っているのです。魔族を倒したら駄目でしょう」


「む。わかっておる。ことばのあやというヤツよ。要は先々代のように穏便に魔族と人間の間のいざこざを収めればよいのだろう」


「そうですね。それもまあ、ひとつの手段かと」



 それはよい。そのへんの魔族に余の顔が知れているということは考えられぬが、だからといって魔王が自ら自分の眷属を痛めつけてどうするというはなしだ。



 いや、余は存外温和で温厚だし、痛めつけようという気はないが。



 ちなみに、余の顔が知られていない理由は、決して余の認知度が低いからというわけではない。常の謁見時でもそうだが、下々のものは余の顔を仰ぐことさえ不敬としているからな。そうそう余の顔を見たものはおらぬというだけのはなしだ。


 まあ、そういうの、特段気にしておらぬ余だから、余が思うよりは余の顔を知るものも多いやもしれぬが、それはそれ。知っておるものに遭遇したら都度対策を考えればよかろう。


 そのへん、なんとでもできようぞ。なにせ余、魔王だから。



「魔王様もご存知でしょう。先々代の魔王様がご利用なさっておられた、人間たちのギルドなるシステムを」


「おお、アレか」



 そうか、アレがあったな。



「確か、人間がなにがしかの依頼をし、それをまた別の人間が請け負いこなすというものだったな」


「ざっくり言えば、そうでしょう」


「ふむ。では余もそれを使って、勇者として人間どもの依頼を受けてやれば、勇者の株も上がるということか」


「ええ、そう考えてよろしいのではないかと」



 なるほど。これで手段が確保できたわけだ。

 依頼といってもたかが人間によるものだからな。余にこなせぬわけがあるまい。



「ではこれで手段も得たことだし、あとは余自らが人間の世に降り立つだけだな」


「いえ、まだ全然足りていませんよ」


「え」



 見た目も魔力も手段もパスしたというのに、この上まだなにかあるというのか。一瞬ちょっとだけ戸惑ってしまったが、すぐに持ち直して視線をベイズへ向ければ、こやつはさらりと言い放った。



「及第点なのは魔力の放出量のみです。とりあえず見た目から解消していきましょうか」


「見た目とな。余はこのとおり、ひと型であるし、問題なかろう」


「いいえ。先程私は申し上げました。勇者を語る以上、争いごとは避けられないでしょうと」


「うむ。それがすべてではなかろうと、すくなからず関わってくるだろうな」



 むしろそうでなければ余が困る。勇者となった人間には余を倒すことを目的としてもらわねば意味がないのだ。ぬるま湯でぬくぬくと名だけ得られても仕方がなかろう。


 大仰に頷いた余に、ベイズも軽く頷いて返す。



「では魔王様。この城まで来ることのできたあの勇者一行でも思い返してください。彼らの装いはどうでしたか」


「装い……?」



 はて。正直、ここまで来ることのできたもの、という事実と、余と戦うことのできたもの、という記憶しかきちんと残っておらず、勇者の容姿なんぞ覚えておらぬし、であればその仲間の姿形など思い出せようはずもない。


 余からすれば、男女の別とてどうでもよいしなあ。うーむ、確か勇者は男であったはずだが、どんな見目をしておったやら。


 思い返すも思い出せぬ余に、ベイズならば呆れるものかと思いきや、なにやら納得した様子。



「ああ、これは申しわけありませんでした。人間としてはよくやったほうですし、そのあたりの魔族と比してもあの勇者は確かに実力者といえましたが、魔王様の記憶に留めておくほどのものではありませんでしたね」



 ベイズだから嫌味かと疑いたくもなるが、そうでないことは付き合いからわかる。こやつはそのことばどおり、あのものたちがいかに他と比べて優れていようと、余が覚えておくほどのものたちではなかったと判断したのだろう。

 結局、結論はベイズ自ら下された。



「人間の勇者と扮するのに必要なもの。それは装備です」


「装備とな」


「ええ。人間は身体能力が魔族に比べ著しく劣ります。それを隠すためか補うためかは知りませんが、冒険者や騎士などはしっかりと鎧などを身に纏い、武器を手にしております」


「おお、そうか。矮小なものたちらしい、実に暗愚で劣等感に満ちた偽装よな」


「まあ、魔族の中にも好んでそういったものを身につけるものたちもおりますが、嗜好の問題とも言えましょう。ちなみに、人間たちはそれを知恵と言って憚らず、事実確かにものによっては魔族の身体能力を凌駕する性能を誇る武具もあるようですよ」


「ほう。それは興味深いな。ああ、もしやアレか。ドワーフたちがこぞって作るようなもののことか」


「そうですね、そういった性能のいいものは人間よりもよほどドワーフの技術のほうが優れているでしょう」



 ドワーフという種族も魔族の一端だが、あやつらはずんぐりむっくりとした容姿にそぐわず、なかなかに器用なものたちだ。そうした装備などに関わらず、日用的な調度品等の細工にも精通しておるのだとか。


 割とはなしが通じる種族ゆえ、人間との交流も盛んな種族のひとつでもある。


 ふむ。ドワーフを頼り作った装備であれば、人間が知恵だと憚るのも頷けるな。それを人間の知恵だと豪語するのはいささかどうかと思うが。



「では余の装備とやらもドワーフに作らせに行けばよいのか」


「まあ、並大抵の武具では魔王様の魔力に耐え切れず、すぐに霧散してしまうでしょうから。きちんとした硬度をもった特殊な金属と製法が必要となるのは事実です」



 だろうな。余にはそんなもの無用であるゆえ、普段は黒のローブを余の魔力で編み出し纏っている。ベイズも、色こそ暗い青と違えど、おなじくローブを纏っていた。余にしろベイズにしろ、鎧など身に纏うだけ邪魔であるし、なんなら先程ベイズがくちにしたように、我らの膨大な魔力に耐え切れず、即座に無と帰す可能性とて高い。武器もおなじだ。


 このローブのように魔力で編み出すという手段もできるにはできるが、それでは魔力を抑えておる意味がない。それに、余の魔力で編み出されているというだけあって、このローブはいろいろ便利で有能なのだが、そんな代物、たとえドワーフであろうと作れようはずもないのだ。


 この手段はベイズからダメ出しを受けるまでもなく却下であることくらい、余にもわかる。



「とりあえず、どうあれあったところで飾りにしかならないと思いますが、人間に扮するのであれば見目は重要。彼らは多く視覚に頼りますからね」


「ああ、確か魔力感知も察知も持たぬものが多いのだったな」



 見た目で判断するなど愚かよな、と切り捨ててしまうのも容易いが、余が人間に溶け込むにはかえって都合がよいのは事実だ。優れた魔力感知を持ったものには、余の本質が見えてしまうやもしれぬ。

 昨今の人間にそのようなものがいるかは甚だ疑問だが、いてくれねばそれはそれで困るか。とりあえず念のため、抑えた魔力をさらに隠す魔法でも施しておくことにする。



「ではドワーフどものもとへ赴くか」



 装備を作ってもらわねばなるまいと、早々に動き出そうとした余を、すぐさまベイズが制止した。



「いえ、必要ありません。それはもうご用意いたしましたので」


「なに。仕事が早いな、ベイズ」


「ええ、まあ。魔王様が阿呆なこと……いえ、思いつきで迷惑なことを言い出したあと、必要となるだろうものは概ね手配致しましたので」


「それは言い直す必要があったのか……」



 やはりベイズはベイズでしかない。ちくちくとことばで余を刺すことに余念のないこやつにぽそりとつっこむが、無視された。


 魔王を無視するなど、こやつくらいにしかできまい。



「少々お待ちください。いまお持ちしますので」



 そう言い置いて一旦この魔王の間から出て行ったベイズだが、戻ってくるまでにさほど時間を要すことはなかった。


 戻ってきたベイズが持ってきたのは、黒の服と、銀に輝く胸当て。それから鞘に収まった一振りの細身の剣だ。



「どのみち魔王様に武器など必要ないでしょうし、所詮お飾り程度となるもの。なんでも構わないかと思い、先々代に倣い、剣にしておきました」


「ふむ。確かに余は武器などどうでもよいな」



 どうせ使うまい。いや、かたちが大事ということであったからな。人間が見ている前ではフリでもなんでも使うとしよう。その際に壊れるようなことがなければ、武器の形状などどうでもよい。


 そんなふうに物欲というものも特段ない余であるため、装備一式をベイズが用意していようと手間が省けた程度にしか思わぬ。そういった欲があれば、自分で選びたかった、などとでも思うのだろうか。



「では一度身につけていただいてもよろしいですか? 本当に壊れないか確認しなければなりませんので」


「わかった。では着替えよう」



 容姿を変える魔法があるのだ、それに伴う服装の変換も可能ではある。だがそれは自らの魔力で編み出すものとはまた勝手が違うため、一度実物を取り込んでおく必要があった。


 自身の魔力で編み出したものとは違い、一度取り込んだ物質を再構築して再現する。そうしてその魔法で再現された物質の性質は、もともと取り込んでおいたもののそれとなるわけだ。

 この方法を用いて行う服の変換とは、要は予め取り込んでおいた服や素材を着用しておるかたちで取り出しているだけのこと。一度取り込んでおけば、壊れたりせぬ限り何度でも変換可能であるため、便利といえばまあ便利か。


 そうは言っても、もともとあるものをしまったり取り出したりしているだけなので、壊れてしまえばそれまでであることは当然であるし、なにより余の魔力で編み出すもの以上の装備なんぞ存在せぬから、やはり余の普段のローブが一番ではあるのだがな。


 ……念のため、だが、魔力で編み出しておるとはいえ、あのローブはすでにひとつの現物として存在するように固定されている。つまりだ。たとえ余の魔力が尽きようと、ローブが消えるということはない。魔力切れにより昏倒しようと、ローブが消えて裸になるなどということはないということだ。


 まあ、そもそものはなし、余が魔力切れを起こすなどということが万が一にもあり得ぬことなのだが、魔力で衣服等を整えた際に関して妙に思い違いをする輩もおるゆえ、一応補足しておいた。

 というわけで、余はベイズが持つ装備一式を余の魔力をもって取り込む。そうしてから改めてその装備一式を着用するかたちで再構築した。



「……ふむ。なかなか新鮮な感覚よな」



 普段のローブはローブというだけあり、ゆったりとした着心地なのだが、いまのこの服はきっちりとからだに合うように作られている。全体的に黒いのは、魔王のイメージカラーに忠実ということなのだろう。ローブもその意見を取り入れて編み出した。


 ちなみに余の目も髪も黒だ。歴代魔王というものはそういうものらしい。確かにイメージというものはなかなかに大事だと思うし、今更どこから生まれたイメージかなんぞはどうでもよいが、みながみなそうであるというのは芸がないとも思う。



 いや、余が金髪とか銀髪はちょっといやだが。



 とりあえず軽くからだを動かしてみる。ふむ、腕周りも足周りも動かしやすくはあるな。そのまま銀の胸当てにも触れてみたが、なるほど、なかなかよい耐久性のようだ。壊れなかった。


 次いで剣も取り出す。宙に出現させたそれを片手で掴み、鞘から刀身を引き抜いてみれば、こちらもよい出来のようだ。壊れないという点もさることながら、頭上に翳してみたその刀身は、物に対する関心の薄い余にとっても美しいと思える輝きを放っていた。



「ドワーフは噂に違わぬ仕事をするな。こちらとしてももうすこし重用するか」


「現状でもそれなりに目をかけた恩恵を与えてはおりますが、そうですね。これだけのものを作ったとなれば、さらなる地位の向上もよろしいかと」


「うむ。人間の世に行く前にひとつその仕事をこなしていくか」



 勇者になることにばかり目を向けておる余ではない。余は魔王だ。魔王業が本職であることはきちんと常に理解しておる。



「で、見た目はこれでよいのか」


「そうですね……。ああ、そうです。御髪は上げておかれますか?」


「む? このままではなにか問題でもあるのか?」



 余の髪は腰まで届く程度に伸びたものになっていた。魔王の色は歴代どの魔王もおなじであるが、その髪の長さは魔王によって異なる。余も特段なにかこだわりがあってこの長さにしているわけではないのだが、なんとなくこのほうが威厳があるように思えたのだ。


 いや、桁違いに膨大な魔力さえあれば、威厳云々なんぞどうでもよくはあるのだが。


 とにかく、普段は特に纏め上げることもなく伸ばしたままにしてあるこの髪は、人間の世ではなにか不都合をきたすのだろうかとベイズに問えば、ベイズはふるりと首を振った。



「いえ。問題はありません。ですが、その御髪は当代魔王様の容姿を象る要因のひとつ。魔王様として在るときのものであるべきかと思うのです。ですがわざわざ短く装う必要まではないかと思い、せめて上げておかれてはいかがかと思いました」



 なるほど。余自身に大した思い入れなどがあるわけではまったくないが、この容姿でいること数百年ともなれば、常にそばにいたベイズなどは特にこれで見慣れてしまっても不思議ではないか。


 とあらば、余に特段断る理由もない。どうせ特に深い意味もなくこの長さにしておるのだ。それを纏めようが纏めまいが、まあどうでもよい。


 ということで、これまた準備良くベイズが用意しておった髪紐で髪を纏め上げる。はじめてしたが、ひとくくりにするだけなのだ、手間はない。



「これでよいか」


「はい。これで容姿も問題ないかと思います」



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