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始動のために・2


「……つまらないなどと仰られましても。魔王様の望まれるかたちでその余暇を潰す術などありませんので」



 言いきったな。しかも溜息混じりで。


 むう。まあ、余のこの発言と望むところは、もはや存分に知り尽くしているベイズだ。このやり取りとて、何度繰り返したか数える気にすらならぬ。


 余とてわかっておるのだ。余の望みが、実は結構な難題であることなど。


 先代や昔の魔王であれば、ちょっと散歩に行ってくる的な感覚でふらっと出かけてどこぞの町やら国やらを滅ぼしてくるくらい平気でするようだったのだが、もちろん余はどれだけ暇であろうとそんなことはせぬ。



 なにしろ余は存外温和で温厚なのだからな。



 まあそれが災いして、世の中が平和になっただなんだと、余に挑む気概あるものが激減してしまったことは認める。ままならぬものよ。



「魔族の中でわざわざ魔王様に喧嘩を売るような命知らずは、そもそも実力が伴わないものがほとんどですし、人間にも、かつて魔王様のもとまで辿り着くことの叶った勇者と呼ばれる存在は、聞かなくなって久しいですしね」



 そう、勇者。それこそが、余と最後に死合った存在だ。


 もう百年以上は昔のはなしであるが、なかなかに楽しめたので記憶に残っておる。なにしろ、この余に傷を負わせることができたものだからな。

 いや、あれは良かった。あまりに楽しかったので、あえて治癒力を封じて戦ってみたくらいだ。なにせそうでもしなければ、自然治癒がダメージを上回るというチート能力を持っておるからな、余。


 うむ、あれは間違いなく人間だったから、人間も捨てたものではないのだ。勇者は良い。それなのに。



「確かに勇者の存在はそれ自体耳にせぬようになったな。昨今の勇者はどうしておる」


「そうですね。どうにも廃れたようです」


「なに!」



 なんと! 噂も聞かなくなったなあ、とは思っておったが、廃れたとは何事だ!

 思わず椅子から身を乗り出してベイズを仰げば、こやつはしれっと返してくる。



「百余年前、魔王様に挑んだあの勇者が最後の勇者となったようですよ。もともと、魔王様はわざわざ人間に害をなそうとするおかたでもありませんから、魔王様に挑むための人間というのもあまり必要視されるものではなくなってきているのです」



 うむ、そうさな。下位の魔族などに蹂躙された恨みとかで個人的に余を憎むものもおるが、大勢を見れば主だった傾向とは言えまい。むしろ藪をつついて蛇を出しても困るのは人間側なので、わざわざ余に突撃して不興を買う必要もないというのが人間の考えだと理解している。いや、余、蛇なんぞに収まらぬ器だが。


 ともかく。余とすれば、むしろ突撃してきてくれたほうがよいのだが。

 まったく。腑抜けばかりで嘆かわしい。



「それだけではなく、どうもその勇者が魔王様を倒せなかったことも要因となっているようでして。特に必要とされる存在でもなければ、魔王様を倒すこともできずに恰好悪い、というのが勇者に対するいまの人間の認識とのことです」


「なんと……」



 まさか……まさか人間がそこまで愚かだったとは……。


 驚天動地とはこのことか。人間は己が種族を過大評価しすぎておるのか、それともまさか余を過小評価しすぎておるのか……。



「余のもとまで辿り着いたというだけで、人間としては偉業を成したと言えるのにな……」


「ええ、まったくです。その上で魔王様を倒すなど、人間の身で叶うはずもない妄想を押しつけられた勇者もたまったものではないでしょうね」



 ちなみに。その勇者が余のもとまで辿り着いたとき、本来その行く手を阻む最大の難関となるはずのベイズは、余の命により勇者の仲間たちと遊んで……もとい、戦っていてもらった。


 あのときも余、なかなかに暇だったからなあ。この魔王城にまで辿り着き、なおかつ上層まで踏み込めたあやつらに、ちょっとした餞的な趣向を送ってみたのだ。余が勇者とタイマンで死合っている間、ベイズには勇者の仲間たちを殺さない程度に相手してやるよう命じたわけだ。



 結果、余、楽しかった。割と満足した。



 それなのに。



「人間は阿呆なのか。愚鈍で愚昧なだけでは飽き足らず、よもや余を楽しませた存在を侮辱するなど」



 これはもう、いくら余が存外温和で温厚だとはいえ、ちょっと滅ぼすしかないのではなかろうか。



「お気持ちはわかりますが、滅ぼしたらいけませんよ」



 ……さすがベイズ。余の思考を読み取りおったな。

 ベイズは先々代派、というよりも、先々代に仕えておった側近とおなじ種族で、そやつを尊敬しておるため、余と同様、存外温和で温厚なのだ。うむ、余には辛辣だがな!



「ふーむ。しかし、このままでは納得がいかぬな」



 他の有象無象な雑魚人間どもに、あの勇者が蔑ろにされている、というのもまあ納得はいかぬが、それ以上に。



「勇者の評価がそのようでは、あのときの勇者に継ぐ勇者など現れようもないではないか!」



 そう、余のもとまで辿り着ける人間が生まれぬ、ということにこそ、余は納得がいかぬのだ。


 まあ別に、余のもとまで辿り着くのは勇者でなければならぬという縛りはない。勇者でなくとも、余のもとまで辿り着き、そして余を楽しませることができるのであれば、何者であろうとも構わぬのだ。

 でもほらなんか昔から、魔王と戦えるのは人間であれば勇者くらいのもの、みたいな認識があるし。事実、余も勇者と呼ばれるものとしか戦ったことないし。これはもう、余を楽しませることができる人間となれば、イコール勇者しかいないだろう。


 魔族? ふむ、そちらは放っておいても余に挑もうと狙うものは、きちんと自分で自分に責任を持つだろう。なにせ魔族は基本、弱肉強食だからな。ちゃんと励めばよい。


 というわけで。



「ふーむ。どうにか勇者の株を上げ、またいつぞやのような勇者の再来を望めるようにならぬものか……」



 このままでは余、退屈で退屈でちょっと破壊衝動に駆られる日がきてしまうやもしれぬ。いや、存外温和で温厚であるゆえ、理性でそれを抑えた結果、暇ならばと嬉々としてベイズがデスクワークを増やしてくる未来のほうが現実的であるように思う。



 あ、余、死ぬ。精神的負荷とかキツ過ぎて、気持ち的に死ぬな、それ。



 ここ百余年の暇をどうにか有意義に使えぬかと、思いきり思考を巡らせる。割と平穏な昨今、余の仕事もほぼほぼルーチンワークと化してきていたため、これほど思考を巡らせることも久方ぶりだ。


 などと言いつつ。それを思いついたのは割と早い段階だった。



「よし。では余が勇者となるか」



 うむ。我ながら妙案よな。


 勇者の株が下がっておるなら、余がこの絶対的な能力を駆使して勇者の株を押し上げればよい。そうして勇者に再び脚光が浴びせられた暁には、我こそはとこぞって勇者になりたがる人間も増えることだろう。


 まあ、有象無象がいくら増えようが雑魚は雑魚だろうが、数を打たぬよりは打ったほうがあたりも引きやすかろう。まずは勇者を目指させることこそが先決だ。そこから勇者に相応しき実力を身につけ、余に挑んでくれるものが現れさえすれば、余も浮かばれる。死んでないが。


 余が勇者の先駆けとなり、勇者の指針となれば、勇者の質も上がること請け合いだ。間違いない。おお、本当に妙案だな、余。



「はあ、まあ、いつか言い出すだろうとは思ってました」



 なに!

 せっかく余がこれはという妙案中の妙案を叩き出したというのに、ベイズのヤツ、溜息混じりの呆れ顔でそのようなことを抜かしおった。



「魔王様が勇者となる前例がないわけではありませんしね」



 くっ……なんというネタバレ……!


 そう、実はこの考えがすぐさま余の脳裏をよぎったのは、前例があったからにほかならない。先々代の魔王が、魔王でありながら人間に扮し、勇者業を営んでおったのだ。

 まあ、先々代の場合、勇者になろうとしたわけではなく、人間と友好的であろうと試みた結果、なんか勝手に人間側から勇者の称号を与えられたというはなしなのだが。


 人間と魔族の違いもわからず、それどころか魔王を人間と誤認し、勇者の称号を渡すなど、人間とはかくも阿呆な生きものよな。ああ、いや、余もこれからそれを狙うのだから、あまり蔑むものでもないか。


 それにしても。ベイズのヤツ、よくも余が二番煎じだとバラしおったな。余の妙案だと乗っておけばよいものを。


 まあよい。いつか言い出すと予想していたのであれば、許可はすんなりと下りるだろう。



「ではさっそく人間に扮し、勇者を名乗るとしよう」


「駄目ですよ」


「え」



 なんで。


 間髪入れずはっきり下された棄却。これはちょっと余も想定外で、思わず変な声が出てしまった。傍らのベイズを仰ぎ見れば、それはもう冷たい目線で見下ろされる。


 おかしい。余、上司のはずなのだが。



「いくら前例があるからといって、あなたまで人間に身を(やつ)すことはないでしょう。先々代様は目的に至る過程で勝手に人間から敬われただけのこと。私欲のために自ら勇者などと触れ回ろうなど言語道断です」



 く……。なんという正論……! 余、ぐうの音も出ぬ。



 まあ、それは余だって自分から勇者だと触れ回るのはどうかと思う。だがそれも、目指す先を思えば詮無きこと。結果の前の些事だ。行動を先に持ってこようと、結果的に余は人間どもから認められ、敬われる真の勇者となるのだから、行き着く先は変わるまい。結果を先に持ってくるだけのこと。


 というよりも、余の目的は余が勇者であるかどうかなどではなく、勇者が育つようになることにこそあるのだ。人間の中できちんと実力のある勇者が育つように仕向けられれば、余は大手をふるって魔王業に専念できるというもの。


 それはベイズとて望むことだろうに。

 不満を全力で顔に乗せれば、こどもですかと溜息を吐かれた。いいおとなの自覚はあるぞ。



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