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始動のために・1



 この世界には大別して二種類の種族が存在する。

 脆弱で軟弱で群れねばなにも成せないような種族の人間と、それを容易く凌駕する能力を保持する種族である魔族との二種族だ。



 そして余はそんな魔族を統べる魔王ウィルムグロウである。



 ……ふむ。念のため加えておくが、余は決して人間を過小評価しておるわけでも、ましてや魔族を過大評価しておるわけでもない。正当な認識だ。ついでに、余に勝る能力の持ち主というのも、この世には存在しておらぬ。



 そう、それだ。それこそが、余がいま最も憂慮しておる現状だったりする。



 余が魔王として誕生して幾星霜……もはや年齢など数えておらぬが、数百年を下らぬであろう。魔族は長命だからな、そのあたりは些事だ。その生の中で、余に挑んでくることができたものはいかほど存在したかというと……。



 そんなもの、片手で足りるほどしかおらぬ!



 ときには余の配下に敗れ、またときにはどこぞのトラップに打ちのめされ、そうして淘汰され続け、余のもとまで辿り着けた猛者など絶対数自体すくなすぎる。


余の能力がくっそ高すぎることなど純然たる事実でしかないが、最後に挑んできたものを返り討ちにしてやったこととて、もはや百年以上も昔のことになるとはみな腑抜けすぎるであろうが! もっとがんばれ! せめて余のもとまで辿りつける程度の気概くらい見せろ!


 ふむ……ちょっと熱くなりすぎたな。魔族であれ人間であれ、昨今の有様に対する余のがっかり感がすこしばかり前面に出すぎてしまった。


それに、そうは言っても、昨今の現状は余にも原因がなくもないかもしれないという認識も、一応程度だがあるにはある。



 なにしろ余は存外温和で温厚と名高いからな。



 ちょっとはなしは遡るのだが、先々代の魔王がどうにも友好的かつ博愛主義だったらしく、割とこう、人間とのパイプとかも作ったりなんだりして、種族間交友を築くに至るという、およそ魔王らしからぬ所業を敷いた。


まあ、うん、その後先代魔王がちょっと魔王感出してそういうのぶっ壊してみたりしたものだから、ちょっぴり台無しにはなったものの、余に代替わりしてからどちらかというと先々代寄りに戻りはじめ、それが落ち着いてきたのが昨今。そのせいで、どうにもここ百余年くらい、人間の間ではあんまり余を脅威とみなさない傾向ができてきているらしい。


 別に先々代のように博愛ではない余だが、存外温和で温厚であるため、わざわざ人間との間に諍いを起こす気もない。魔族の統治はそういった考えのもと行っている。


まあ末端とか、知能指数が高くないヤツらとか、あとちょっと血気盛んすぎるヤツとかにはなかなか行き届かない部分があるゆえ、ちょいちょい悪さをしているらしく、そうしたヤツらの皺寄せを魔王(じょうし)である余が受けることもあるにはあるが。


 それ自体は仕方ない。余は魔王だからな。むしろ余に挑もうという考え自体は大変結構。ゆえに大いに歓迎する、のだが。


 問題は、それでわざわざ余の討伐に乗り出したものがいたとしても、余まで辿り着いてくれないことにこそあった。頼むからもっとがんばってくれ。


 人間はそんな体たらくだし、魔族は魔族で似たような結果しか出さぬ。そもそも魔族は基本実力主義ゆえ、自分の腕を過信するものなんぞは、魔王の座を狙ってきたりすることもある。ただ本当に、悉くが余まで辿り着けぬだけなのだ。


 だれでもいいから、せめて余まで辿り着くくらいしてほしい。余の手持無沙汰感が半端ではなくなってしまう。くっそ高い能力が持ち腐れではないか。


 で、はなしは戻り。余に挑めるだけの猛者がおらぬこと。それが余の昨今の悩みにほかならない。



「………………つまらぬな」



 ぼそりとつぶやく。瞬間、眼下に跪いていたコボルトのからだがびくりと大袈裟に揺れる。

 同時に、横手から射抜くような鋭い視線を向けられた。


 おっとまずいまずい。いま謁見中だった。


 射抜くような視線が外されると同時、わざとらしい咳ばらいが響く。いや、聞いていた、ちゃんとはなしを聞いていたぞ。

 えーと、確か、種族間の諍いについてだったな。


 蛇足かもしれぬが、この世に存在する種別は大別して二種族なだけで、それぞれに細やかな種族が存在する。今回のコボルトが持ち込んだ案件は、魔族の中の種族間問題だ。



「ふむ。ではこちらから配下を派遣し、状況を精査する。そのうえで必要な措置を図ろう。それでよいな」


「は、はい! ありがとうございます!」



 つまらぬ発言にはまるっと触れず、余は魔王らしい貫禄をいかんなく発揮して沙汰を下す。平伏し謝意を述べるコボルトに、余の傍らから退室の指示が渡され、コボルトは頭を垂れたまま立ち去っていった。


 まあ、余は魔族を統べる魔王だからな。いくら余が存外温和で温厚だとはいえ、余の姿を許可なく仰ぐは不敬と心得るのだろう。

 別に余はそんなことなどどうでもよいのだが、下々のものに示しがつかぬからと、この魔王の間での謁見中は威厳をこれでもかと発揮するよう求められておるのだ。


 主に、余の傍らに立つことを許しているこの男、クーベルハイズに。


 こやつは竜族の中の飛竜種、その中でもさらに上位の天神竜という種の魔族だ。なまえが長ったらしくて面倒なので、余は概ねベイズと呼んでいる。ちょっと趣を凝らしてみた。


 ベイズは余の片腕であり、側近でもある。つまりは魔族の中の次席に位置する男だ。当然相応の実力があるので、多少は余と渡りあえるのだが、いかんせんほら、配下だから。余の首を虎視眈々と狙う魔族とは違う。

よって、本気で余を殺しにかかってきたりはしないのだ。


 余は死合いたいというのに……。いや、ベイズを殺したりはしないぞ。余、ちゃんと手加減できるから。できる魔王だから。


 まあ、手加減あっての死合いというのもどうかとは思うが、だとしてもその加減の度合いがすくなくなればなるほど余としては満足なのだ。ベイズ相手ならば良い死合いも可能だろうが、ベイズ自身がその気になってくれぬとあらばな……。


 余の首を狙うものたちの実力がとてつもなく上がってくれることを切に願う。切に。



「……さて。魔王様。先程の失言について申し開きがございましたら聞くだけ聞いて差し上げますが?」



 うぐ……。なんということだ。余としてはきちんと軌道修正したつもりだったのだが、ベイズは見逃してはくれなんだかった。

 じとりと半眼で冷たい視線を向けてくるこやつに、余のほうが視線を逸らす。


 こういうとき、間違いなくこやつの目、きらりと光っていると思うのだ。むしろぎらりか。



「いや、まあ、なんだ。最近ちょっと手持無沙汰気味だと思うてな」


「なるほど。では執務の量を倍に増やしますか」


「いやいやいや、そうではない! そこではない!」


「倍では足りませんか。ならば五倍くらいに致しましょう」


「はなしを聞けい!」



 こやつはほんとうに……! 恐れも知らず余にこのような戯言を申すのは、こやつくらいのものだ。伊達に余の育ての親的存在ではないということかもしれぬが、ことあるごとに執務を増やそうとするのはいただけない。

 たとえどれだけ暇があろうとも、デスクワークはしたくないのだ。

 余はからだを動かすほうが性に合っている、うむ。


 ……いや、仕事、しておるぞ。もちろんだとも。


 余のびしりとしたことばに大抵の魔族であれば怯むし、人間など気を失うやもしれぬが、ベイズは平然と冷たい視線を向け続けてきおる。碧のまなざしの温度が下がっておる気もするが、余は気づかぬふりをしておくことにした。




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