束の間の休息
小さな丘の上で俺は半袖短パンツ姿で昼寝をしている。
久方ぶりの日の日差しは布団に包まれたような暖かさ。
畑を耕さなくてはいけないのだがどうしてもやる気が起きない。
自然と体の力が抜け、地面に寝っ転がる。
土と草花の天然のカーペットが気持ちいい。太陽がデスペラードに奪われていた時、自然は絶滅寸前であった。だが、奪い返してから一ヶ月が経っている。
この世界の自然は既にあるべき姿にほぼ元に戻っていた。俺の予想なら半年近くはかかると踏んでいたがあまりの異常な成長スピードに度肝を抜かれた。やはり異世界では元いた世界の常識は全く通じないと改めて思い知らされた。
「これが……俺の救った世界か」
雄大に広がる青空を茫然と眺める。
力を失ったことで責任感やら使命感という重い荷物がなくなった。その結果、この世界の見方が変わったような気がした。
今までは救うべき世界としか見れていなかった。スキルやアビリティという概念、絶対無敵の力のせいもあってRPGゲームの主人公を実際にやっているような感覚だった。
でも、今は違う。俺はこの世界の住人で、この世界で生きている。
そう思うと今まで息苦しく思えた世界は一変して気楽に思えた。
「こら、いくら英雄だからってサボるのは感心しないわよ」
寝そうになったその時、顔に麦わら帽子を落とされ目を覚ます。
麦わら帽子からは女性特有の甘い香りがし、自然と心が落ち着く。
帽子を手に取ると、起き上がって後ろを見る。
そこには腰に手を当て、俺を見る少女、レイカがいた。
肩まで伸びる白銀の髪はまるでシルクみたいにきめ細やかに風になびく。
「サボっているわけじゃない」
俺は言い訳を述べると立ち上がり、手に持つ麦わら帽子をレイカに被せる。
レイカはこの世界に転生して間もない頃から共に面倒を見てもらった大切な人だ。
身元のわからない俺を疑うことなく受け入れ、この世界のことを教えてもらった。
雄大な自然があること。
太陽の日が暖かいこと。
近くの森には綺麗な湖があってそこの水が美味しいこと。
パン屋を営むステハお婆ちゃんは怒ると怖いこと。
村長のイギーさんは空を見ただけで天気がわかるということ。
そして、魔物達は世界を闇に包もうとした。
レイカのおかげでわかった。この世界は美しい。そして、美しい世界を守りたい。この世界に生きる人を守りたい。だからこそ、俺はチートの力を使って戦い抜いた。
「どう、あなたが救った世界は?」
レイカは丘の上から麓の町を眺めている。
「いいんじゃないか」
「もっと喜んでもいいと思うわ」
「世界は救ったけど俺の戦いはまだ終わっていない」
確かに世界は救った。しかし、俺の中ではデスペラードと決着を着けるまで、戦いは終わらないと思っていた。心残りというか、意地があるというか。しかし、それは俺とデスペラード二人だけの問題でレイカも世界も関係ない。
それにまだ魔物達の残党が残っているかもしれない。デスペラードはこれ以上の侵略をしないと言っていたが、それは魔物達が命令に従えばの話。
「でも、力は使い過ぎて消えちゃったんでしょ?」
「鍛え直せばいい話だよ」
レイカは不安そうに俺の顔を覗く。
力がないのに戦おうとするからだろう。少なくとも今の俺は一般的な成人男性程の力しかない。
正直、チートの力があっても死にかけたことはあった。それは俺自身の剣術や体術、精神的弱さなどチートではカバーしきれない弱点を突かれたが故の敗北。
チートなき今の俺では下級の魔物一体で苦戦するのは明らか。運が悪ければ……いや、戦うのならいつ死んでもおかしくはない。
「……もう、いいんだよ。戦わなくて」
突然、レイカが後ろから抱き着いてくる。
女性特有の甘い匂いに心臓が時限爆弾となる。
「普通の人なんだから……ゆっくりと生きようよ」
きっとレイカは俺が死ぬことを恐れている。
それが何だか嬉しかった。死んでほしくないと思えてもらえるくらい俺は特別な存在だったのが。
勇者とか救世主である俺じゃなくて、普通の人である俺を見ていてくれている。
俺に新しい使命ができた。
天寿を全うするまで生きるって使命が。