再転生
「ここ……は?」
ハンモックで寝ているような気持ち良さを感じる。
固い地面に寝ていた筈なのにどうしてこんな感覚に包まれているかと疑問を抱く。
ずっと前にこの感覚を味わったことがある。
現実世界でトラックに轢かれ、家族に別れも言えず死んだ後に感じた感覚だ。
あの時と同じ流れならばと俺は急いで起き上がり、周りを見回す。
周囲は何も無く、果てまでただ白い空間が広がっているだけであった。
あの時と全く同じ景色。疑惑が確信に変わる。
「やぁ、久し振り」
突然、聞いたことのあるしわがれた声が聞こえ、俺は振り向く。
視線の先には白いスローブを羽織った、白髪で白髭の老人の神様が立っていた。
「神様!? ということは俺は!」
「あぁ、死んだ」
神様の一言で俺は確信することができた。
死んでいると。
いや、ここにいる--天国にいることを知っていれば考えるまでもなかった。
「……力を使いすぎたか」
大量の魔物達とデスペラードと死闘を繰り広げたのだ。あのまま力尽きてもおかしくはない。
デスペラードとの決着は着けられないことは大変悔やまれる。
だが、超人的な力を持っているが大前提として人間であり不死身ではない。限界以上の力を使えば死んでも仕方がないと無理矢理納得させる。
だが、その納得は神様の一言で崩れ去る。
「それもあるがワシが殺した」
「……お前、殺すぞ」
頭の中に理性を縛る糸がプツリと切れた。
神様の胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。
「俺が転生した理由を知ってるだろ! あんたが手違いで俺を殺して、そのお詫びに異世界に転生させた! また手違いで殺したとか言ったら広辞苑の角で撲殺するぞ!」
俺はトラックに轢かれて死んだ。それは確かな事実だ。
だが、本来の運命ならば俺はトラックに轢かれることなどなく、そのまま行き続け、消防士となって市民を守り、そして、可愛い嫁と息子と娘を持って大往生する筈だったらしい。
しかし、神様の手違いが原因で運命の歯車は狂い、俺は死んだ。
本来ならば到底許されるべきではない過ち。だが、神様は異世界へ転生させることで罪を帳消しにしようとした。
「いや、今回は意図的に殺したから許して」
「そっか。意図的なら仕方がないなぁ。……って許すか、ボケ老人! 真冬の山に捨てるぞ!」
胸倉を掴みながら、神様を激しく揺さぶる。
「お前は強すぎた。世界の驚異に成りかねん」
「どういう意味だ。俺が魔王になるって言うのか」
「あぁ」
神様は俺の言葉に肯定する。
「何を! 何を理由にそんなこと!」
俺は胸倉を放すと、神様は尻からおちる。
「理由は……ワシの力だ」
そして、徐に理由を語り始める。
「急遽お前に与えた力のせいで! 世界の均衡はボロボロだ!」
「嘘だ! 嘘だそんなこと! 俺のせいじゃなくて全てお前のせいじゃねぇか!」
あまりの理不尽な理由に思わず、俺は神様の頬を殴ってしまう。
神様は打球のように宙に浮き、鈍い音を立て、尻から地面に落ちる。
「高齢者虐待! 警察の皆さん! ここに非行少年がいますぞ!」
「冗談はいいからちゃんと説明しろ!」
死にぞこないの老人のボケにこれ以上付き合えば本当に殺しかねない。
沸き上がる怒りを拳に抑え、ぶつけないように耐える。
「お前はあまりにも強すぎた。魔王すらも圧倒する程にな」
観念した神様は真面目に理由を語り始める。
「世界を救うことはいい。だが、もしお前がその力を悪用して、世界を征服しようとしたら、誰が止めると思う?」
「それは……」
「無理だ。そのままお前に蹂躙されて世界は終わりだ」
「だから、そんなことはしないって言ってるだろうが!」
「お前の意思は聞いてない。問題なのはそれだけのことが出来る力を持っているということだ」
神様の言葉に何も反論できない。
力と言うのは持つということ自体が脅威なのだ。世界を征服しうる力が存在するというだけで人々は恐怖を抱く。
そこに正義も悪も関係もない。
「人は少しのきっかけで考えも決意も変わってしまう」
「ことごとく俺のことは信用しないんだな」
俺は世界を救った存在にも関わらず、全く信用されていないことに幻滅する。
確かに若く、スポンジのように思想や経験を積むだろう俺のことを考えれば絶対に変わらないと断言はできない。寧ろ、確実に変わると断言することはできる。
子供から大人へと俺は成長する。
その過程で人の美しさと醜さを知る。現に俺は人間の愚かさに気付き始めている。
果たして俺はその愚かさに目を瞑れるか、絶望するかわからない。
もし、絶望してこの力を無闇に振るってしまえば、誰も止められずに世界を俺の手に落ちる。
「ワシのミスなのは十分理解している」
「そういうことかよ」
悔しいが神様の言うことが理解できてしまう。
平和に戻った世界に力は必要ない。
「わかった。世界に平和が戻ったならこの力はいらねぇよ」
「感謝する」
神様は深々と頭を下げる。
あの力を失うのはもったいない。異性からはモテるし、万人から尊敬される。
でも、人々が安心して眠れるのならば喜んで力を捨てよう。
己の為だけに力を使わない。それが正義の味方というものの義務だ。
「さて、それでは力を消すぞ。少しだけ痛いが我慢しろ」
神様は忠告すると、間髪入れずに俺の胸に手を当てる。
そして、少し力を入れると俺の体の中で何かが弾け飛ぶ。
まるで小型爆弾が爆発したような衝撃に気絶する。
「次、目覚めた時には元の異世界に戻っているから安心しろ」
薄れゆく意識の中で薄ら笑いを浮かべる神様の言葉を耳に入れながら俺はゆっくりと背中から倒れていく。
そして、地面に背中をつけると同時に意識は完全に消えた。