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公爵令嬢と亡国の王子  作者: ばらこ
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公爵令嬢と夜の訪問者

『アカツキ帝国』は現代よりおよそ千年程昔にこの大陸で覇権を握った魔法に特化した大国だとどの歴史書を紐解いても同じことが書かれている。

名前だけなら幼年学校で国民全体が学ぶので知らないものは少ないくらいだろう。

だがアカツキ帝国がどのような政策をとり、どのような君主が立ち、どのような経緯で栄えそして滅んだかは知られていない。


いや、知られていないのではない。アカツキ帝国を主な専門とする研究者でさえ、資料が少なすぎて、詳しくは知らないのだ。


「アカツキ帝国が謎の国になってしまった1番大きな理由は、彼の国がものすごい秘密主義だったことと、それに比例して遺跡や遺物の数が少ないことだね。たまに遺跡が見つかっても、その殆どが盗掘に遭ってあまり良い状態で残っていないんだよ。だから、二年前に状態の良い書物が見つかったのは奇跡に近いことだったんだ。良い年した教授達がはしゃいで守護者を召喚してしまったのもある意味仕様がないことだったんじゃないかな。」



陛下に呼び出された次の日、お茶の時間に兄が顔を出した。

いつものように私を抱きしめて額と頬に口づけを山のように落とし、

「僕のティア、会いたかったよ!君に会えないのは太陽が上らないことと同義だね。僕の周りだけ明けない夜のままであったよ。スイートエンジェル、ティア!」


と相変わらずであった。


案の定というか、やはりというか、兄はアルフォンス殿下に降りかかった災難を既に把握していた。


何故私に教えてくれなかったのか?お兄ちゃん酷い!とむくれて問いただすと


「僕の情報源に迷惑をかけないためだよ。」


そう笑って返された。


一体兄は何処からこんな国家機密に近い情報を得ているのか?

ものすごく気にはなるが、あまりつついて蛇を藪から出すのは賢い選択ではないので、眉間に皺を刻んだまま、兄のお土産である極上の秋摘み紅茶を口に含んで忘れることにした。





結婚式の前日の夜のこと。


私の部屋には完成した煌びやかなウエディングドレスが飾られていて、私が明日嫁ぐことを否応なしに突きつけてくる。

たとえ中身がアルフォンス殿下本人ではなくとも、私がアルフォンス殿下と結婚するのは変わらない。

大事なのは、筆頭貴族の娘が王太子に嫁したという事実とそれによって得られる双方のメリット。




立場の曖昧な王太子に、確かな後ろ盾を。

姻戚を理由として王家に口出す権利を。



私たちはお互い、政治的な判断により決められた相手だ。

例え私が殿下に臣下としての尊敬以上の気持ちを持っていなくても、そんなものはこの結婚にはなんの必要もない。


盛大な結婚式は国力の充実を近隣諸国に知らしめることができるし、王家と貴族たちの結束な硬さをアピールする絶好の場である。

もはや、それ自体が効率の良い国外に対するパフォーマンスだ。


私はその象徴として心底しあわせな花嫁となって誰よりも輝いていなくてはならない。




コンコン、と控えめなノックの音が既に夜中といっても差し支えのないほど遅くに私の部屋に響いた。気が昂ぶっているのかなかなか訪れない眠りに見切りをつけて、本を読んでいた私は一瞬ビクッと体を強張らせ、意図的に冷静な口調で問いかけた。


「…どちらかしら?」

「夜分遅くに申し訳ございません。スカーレットでございます。」


知った相手とわかったからか、強張っていた肩の力が抜ける。


「入って良いわ。」


入室の許可を出すと、殆ど音を立てずにスカーレットが入ってきた。


「いきなりどうしたの?こんな夜更けに。それに、衛兵が何も言わないということは…」

「はい。不認知の魔法が作動しております。結婚式の前に、どうしてもジェイド様がサリーティア様と話しをしたいと申されまして…さすがに、お止めしたのですが、大事なことだから、と…」


困惑した様子のスカーレットは窓を指差して


「もし、お会いして頂けるのでしたら、窓の外をご覧いただけますでしょうか?」




普通だったら間違いなく拒否している。

いくら婚約者とはいえ、この時間に異性と会うことなどあり得ない。

だが、自分でも意外なほど、私は躊躇わずに窓に近寄りカーテンを開けると外を見た。


「よう。」


するとそこには、ジェイドがきまり悪げに庭木に寄りかかっていた。


私は窓を開けて窓枠に寄りかかる。


「ジェイド様。いくら婚約者とはいえ、異性を訪ねるには遅い時間ですわよ?」


わざとからかうように言えば、


「わかってんよ。俺だってこんな時間に未婚の女のとこに約束もなしに来ることが非常識だってことくらい。」


スカーレットにも散々止められたしな。


憮然とした子供じみた顔は、こんなことは自分でも不本意なことである。と、言葉よりも雄弁に語っているようであった。


「でもな。そんな常識を吹っ飛ばしても良いくらい、あんたに言っておかなきゃならないことがあんだよ。」


建物の内と外で別れてはいるが手を伸ばせば届く距離。

私は彼の言葉を黙って待った。


「俺とアルフォンスは直接言葉を交わせるわけじゃねーが、ある程度の意思疎通を図ることは出来るんだ。だから必死に言葉を覚えたし、あんたのこともある程度だが、聞いていたんだよ。…よく出来た王妃に相応しい器量の女がもうすぐ嫁に来る予定だってな。褒めてたぜ。あんたのこと。」


「アルフォンス殿下が?」


少しだけ驚いた。婚約してから2年。手紙一つ寄越さなかった殿下が。


「意外か?」


「てっきり、殿下の立場上、1番都合の良い相手だから婚約を望まれたのだとばかり思っておりましたので、その…」


「ま、アルフォンスの性格なら、女の喜ぶような台詞を死んでも吐くわけないしな。伝わってなくて当然だ。…でも、これだけは確かだ。あいつはあいつなりに、あんた

自身を大事に思っていたよ。例えあんたが、アルノー家の娘じゃなくても、あいつはあんたを自分の妃に望んだはずだ。」


くちごもり、俯いた私にジェイドは言った。


「お節介かとは思ったんだが、俺がアルフォンスの中にいる以上、あいつの気持ちを代弁してやらなくちゃいけないからな。」


私は顔を上げ、ジェイドを見た。

相変わらず口調は軽いが、その目は真剣そのもので、彼の言葉が嘘偽りのない真実であると伝わってくる。


「…ありがとうございます…教えていただいて、なんだか救われました…」


割り切っていたつもりであった。愛も情もない、冷たい政略結婚だと。

しかし、私の心の柔らかい部分はそれに傷つきもしていた。それに気がつくと同時に救われもした。


私たちは昨日出会ったばかりのお互いのことなど何も知らない同士のはずなのに、まるで長年の友人同士のように微笑みあった。


「…朝から式の準備で休む暇もねぇはずだぞ。いい加減休め。」


あなたも。


そのやり取りを最後に、ジェイドは猫のように闇に紛れて去っていった。


話の聞こえない場所で待機していたスカーレットも静かな笑みで一礼するとそっと部屋から出て行く。


残された私は、ジェイドが胸に灯していった暖かさを抱くように、自分を抱きしめると寝台に入り、目を閉じた。


朝がきたら、私は花嫁になる。


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