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公爵令嬢と亡国の王子  作者: ばらこ
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公爵令嬢と婚約者の事情

黒髪の女性は『スカーレット=ユーイ』と名乗った。

彼女は北の学院の研究者であり、殿下と共に魔術を研究している才媛なのだと陛下に紹介を受けた。


艶のある黒髪を肩のあたりで切りそろえ、切れ長の瞳は髪と同じ夜の色をしている。

すらりと細く長い手足を何故か執事服に包み、夢見がちな乙女が見たら一瞬で禁断の恋の虜になってしまいそうなほど、妖しい色気を醸し出している。正に男装の麗人という表現の似合う美女だ。


そのスカーレット女史は頭痛を堪えるような表情で

「先程はお見苦しいところをお見せ致しまして…弁解のしようもございません。どうぞいかようにも処罰をお与えくださいませ。」

と私と陛下の足元に、ルリの故国で最大の謝罪を表すという『土下座』スタイルで跪いていた。


黒髪といい、土下座といい、どうやらスカーレットはルリや兄と同じ国の血を引いているらしい。


鼓膜がどうにかなりそうな爆音がよりによって王の私室からしたにも関わらず、不思議なことに兵の1人も駆けつけてこなかった。

殿下(仮)やスカーレットだけでなく、陛下も何の疑問も感じていない様子に不思議になって問いかけると、スカーレットが土下座したままで教えてくれた。

スカーレットの説明によれば、『不認知の魔法』というものが王宮一帯にかけてあるのだそうな。


魔法が原因による、国、並びに王に不都合な事が起こった際それを陛下の許しの無い者は認識する事が出来ない魔法、らしい。

なので、私室の前で警護をしていた衛兵も、隣の待機部屋にいた女官やメイド達も何も分からず、普段通りに過ごしているのだ。


そしてその魔法をかけたのがアルフォンス殿下、らしい。


そのアルフォンス殿下(仮)はこの重苦しい空気の中、土下座する前にスカーレットが煎れたお茶を1人楽しんでいた。

粗野で乱暴な物言いとは裏腹にその所作は優雅で完璧。どこからどう見ても王子のそれである。


陛下は深くため息をつくと


「もう良い。そなたのせいでないのは良く分かっておる。」


疲れた声でスカーレットに立つように促した。しかし、スカーレットはそのままの姿勢をキープしている。

陛下は諦めたようにため息を吐くと私の方に体を向けた。


「遅くなったが今度こそ説明しよう。最初に言っておくが、元々のアルフォンスはこのような変人ではない。質実剛健を絵に描いたような堅物で冗談の一つも私はアレの口から聞いたことなど無かった。」

「はい。存じております。」

「隣国との政争に負けこまれたせいであらぬ疑いをかけられた時も、堂々と自分はこの国の王子だと、裏切るくらいならば処刑台に登った方がマシであると、議会で宣言してな。その足で学院の宣誓をしおった。…ふふ。我が息子ながら天晴れな奴だ。」


苦笑いで息子であるアルフォンス殿下のことを語る陛下の目は優しかった。


「アルフォンスは魔法にも興味はあったらしくてな。たまにくる報告の書簡には生き生きと魔法の研究について書き連ねてあったよ。

…それが2年前のことだ。隣国との国境付近にある古王国の遺跡から発掘された魔法書を翻訳している。その報告からパタリと書簡が届かなくなった。元々書簡のやり取りは禁じられておるところを王太子という身分により目こぼしをされていたにすぎぬ。だから特に気にせずにいたのだが…」


そこから先はわたくしがご説明いたします。


スカーレットが土下座をようやくやめて立ち上がった。


…あ、額が赤くなってる…


どちらかといえば冷たい感じのする美貌の持ち主なので、多分普通に出会っていたらクールなお姉様素敵!と無邪気に慕っていたかもしれない。

しかし、先ほどの地団駄を踏みながら怒り狂う姿とか、土下座後の残る額を堂々と晒す姿を知ると…

うん。人は見かけによらないというしね。

スカーレットはその素敵な外見とは裏腹の大分残念なお人のようだ。


「発掘されたのは、文献にのみその名を残す古の魔法大国 『アカツキ帝国』の召喚魔法の、謂わば指南書のようなものでした。

恐らく経年劣化を防ぐために時間の進みを遅くする魔法がかけられていたのでしょう。千年も前の書物とは思えないほど状態が良いものでした。」


この書物を、便宜上『召喚の書』と呼びます。


「わたくしは学院に入った頃より、アカツキの研究を専門に行って参りました。古代文字も辞書を引きながらではありますがなんとか解読できたので、書物の翻訳メンバーとして若輩ながら加えていただけたのです。

アルフォンス殿下もわたくしと同様にアカツキの研究を専門となされていたので、同じメンバーとなられました。」

「翻訳作業は順調に進みました。その内容は今まで研究者の間でもあまり知られていなかった召喚魔法について事細かに書かれた正にわたくし達研究者にとっては震えるほどありがたい至高の書物でございました。そして…内容を知れば試してみたくなるのが、人の性、というものでございます。」

「守護者の召喚という項目がございます。

守護者とはアカツキの魔力を根底から支えることが出来るほどの強力な魔術師の通称でございます。

この守護者を呼び出すことが出来れば、魔力を持つものが極端に少なくなった現代を古のような魔法世界に戻すことができるのではないか?…そう、わたくし供は仮説をたてたのです。」


スカーレットはそこまで一気に話すと喉が渇いたのかすっかり冷めきったお茶を一気に飲み干した。


私の前に置かれていたお茶を。


飲んだ後に気がついたのか、両目を限界まで見開くとまた土下座をせんばかりに恐縮しだしたが、それは面倒なので、話を続けてもらうことにする。


「申し訳ありません!どうもわたくし、夢中になると周りが見えなくなる悪癖がございまして…

あ、はい。話の続きですわね。

召喚の実験は月のない朝、朔日の夜明けに行われることになりました。

わたくしとアルフォンス殿下を含めた数人がかりで魔法陣と呼ばれる力ある文字の図形を描いて依り代となる人形を準備し、供物を捧げます。供物はワインなどの赤い液体でございます。

一番の年長者である教授が力ある言葉…所謂呪文をとなえますと、魔方陣が淡く発光しだしたのです。とても幻想的であれより美しい光をわたくしはしりませんでした。

そして…その時です。

アルフォンス殿下がなんの前触れもなく倒れたのは。」


思わずソファの一番端に座るアルフォンス殿下を見やる。


なんと彼は寝ていやがった。


よくもまぁ、この緊迫した空気の中でそうもスヤスヤと気持ちよく寝息を立てられるものだ…

思わず半眼なった。


アルフォンス殿下(仮)といい、スカーレットといい、魔術に興味のある人物は何故こうも自由なのか。


そういえば兄も中々の自由人だったな。


「アルフォンス殿下はすぐに目を覚まされました。ですが、目覚めた殿下が口にされた言葉は古代語。…」


「実験は結論から言えばほぼ、成功でした。わたくし達は守護者の召喚に成功したのです。…一つ問題があるとすれば、それはアルフォンス殿下の体に守護者が降りてきてしまったことでございました。

そうです。今現在、アルフォンス殿下の中におられるのは、古の魔法大国、アカツキの守護者そのものなのです。」





「すげー久しぶりに目ぇ覚ましたら知らん場所で言葉の通じないおっさん連中に囲まれてんだ。片言で意思疎通を図るの大変だったぜ?やっとこさ事情確認したら、俺の産まれた国はいつのまにか滅んでやがるし、あれから千年も経ってやがるし、魔法は廃れてやがるし、降りた体はこの国の王子だしで俺よく冷静でいららたよな。まぁ、アレだな。自分の予想を超える出来事が起こると逆に現実感無くて冷静になるってやつか?」


とりあえず、言葉わかんねーとすげー不便だから、スカーレットを教師にして猛勉強しだんだー。


かるーく。あくまでかるーくアルフォンス殿下の体の中身であるアカツキの守護者はなんでもないことのようにこの2年間をまとめた。

どうやら、スカーレットはこの雑な守護者の付き人、のようなことをずっとしていたらしい。


寝ていた守護者を強引に起こした手際は慣れた者の手つきだった。


「とりあえず守護者とか呼ばれるのも面白くねーし、アルフォンスって呼ばれんのもアルフォンスに悪りーし。一応名乗っとく。」


彼は私の前に立つと目線を合わせるように跪いた。


「俺はこの世界では既に滅び、亡国となった『暁帝国』53代皇帝、黒曜の第13王子 翡翠。

少しの間、美しき白の姫君の婚約者の体を借り受ける。どうかご了承願いたい。」


深く頭を垂れ、淑女に対する礼をとる姿はなるほど。帝国の王子らしい洗練されたものだった。だが、その後に続くのは先程までの砕けた口調と笑いを含んだ声音。


「こちらの言葉じゃ、翡翠はジェイドっつーんだろ?サリーティア、俺のことはジェイドって呼んでくれ。」


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