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公爵令嬢と亡国の王子  作者: ばらこ
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公爵令嬢と兄と家政婦と乳母

兄が正式にアルノー公爵家の継嗣として王家より許しを得たのは私の婚姻の1ヶ月まえだった。

これにより、兄は

『ソウヤ=ノキミ』から『ソウヤ=アルノー』へと名を変え扱いも平民のそれから貴族の嫡子のものへと変わることになった。普通だったら庶子が貴族の…それも大貴族の嫡子となるなんて王が認めたとしても、排他的な貴族社会は兄を決して許さないだろう。

しかし、そこは天才と名を馳せていた兄である。それに時期も悪くなかった。

隣国との戦が近く、世間は優秀な指導者を求めていた。貴族典範の隅に乗っていたような事柄を持ち出し、やや強引に事を進めたとはいえ、私の嫁入りとの兼ね合いもあり、兄の相続問題は拍子抜けするほどすんなり片がついた。


一つだけ困ったことがあるとすれば、私の執事としての役割を廃された事により側に居られる時間がグンと減ったことである。


私は兄が大好きだし、側にいてもらえれば勿論嬉しい。しかし、四六時中べったりしていなくても大丈夫だ。

事実、兄はごく稀に7日ほど屋敷の外に出て帰ってこなくなることもあるのだけれど、事前に説明されれば私は寂しがって泣くこともないし、兄がいなければ眠れないと駄々をこねる年でもなくなっていた。


恐らく兄の中では私はいつまでも嵐を恐れてベッドの中に逃げ込む少女のままなのだ。


ここ連日、幽鬼のごとく私の名を呼びながら廊下を彷徨い、新しく兄付きになった側近達や実の母であるルリに連れ戻されている兄をそっと物陰から見守ることが私の新たな日課となった。




「おにいちゃんはいつもかっこよくて素敵だけれど、今のお兄ちゃんはかっこ悪い。」

「ティア。僕の可愛いティア。僕の天使。僕のうさぎちゃん。会いたかったよ。もっとよく僕に顔を見せておくれ。」

「お兄ちゃん。見ていて分かるでしょう?今私、忙しいの。結婚式の準備はまだ沢山あるのよ。」

「大丈夫だよ!僕の甘いお菓子。ティア。君は何を着ても最高によく似合うよ!今すぐ食べちゃいたいくらいだよ。きっと君はどこを食べてもあまいんだろうね。結婚式で誰よりも輝く君を見るのが楽しみだけれど悔しいよな。その天上の微笑みは僕にだけ向けて欲しいから。勿論分かっている。分かっているさ!これからのこの国には君という美しさと才覚を兼ね備えた完璧な王妃が必要だって事くらい!この愚かな兄にも痛いくらい分かっている!だけれどこの一瞬はティア。君は僕だけの可愛い妹でいてくれるだろう?」


感極まったのか長台詞の最後の方は涙声になっていた。


結婚式のドレスの最終確認でのことだ。

側近たちを振り回して高速で仕事を終えたのか兄は、さっきからピンクのオーラで私にまとわりついて離れようとしない。


お針子たちは困惑しているし、ルリは息子のあまりの鬱陶しさに額に青筋を立てている。その場にいたもう一人、アルノー家の家政婦であるメルガ夫人は美しい姿勢で立っている。

やや歳を経てはいるが、今でも十分に美しい顔をゴミを見るように歪ませて片眼鏡の奥の瞳には兄に対する侮蔑を隠そうともせずに浮かべていた。

兄が心底邪魔なのだろう。

誰よりも愛しい兄である。許されるのならば私だって兄とゆっくりイチャイチャしていたい。

しかし、今は本当に邪魔だ。



兄の美貌は今日も冴え渡っている…冴え渡ってはいるが、今の兄はただの超絶シスコンであり、ブラコンを自称する私でさえ、やや引き気味なほど愛が濃くてねちっこい。


…そんなに私のそばに居られなかった日々が辛かったのだろうか?


「ソウヤ様。いい加減になさいませ。いくらサリーティア様のドレス姿が素晴らしくても、そばに貴方様のようなニヤケ切った変態が引っ付いていては台無しでございます。何より支度の邪魔になっておりますわ。ドレスを合わせられるのはこの時間で最後になります。あとは当日までサリーティア様に時間は無いのです。麗しのサリーティア様の貴重なお時間を奪い、ご自分の都合ばかりを押し付けるなど…ソウヤ様の愛情は見掛け倒して御座いますね。」


淡々として熱の無い声でメルガ夫人は言った。

その口調はどこまでも温度がない。温度はないが替わりに氷点下のブリザードが吹き荒れている。

気の弱いものであれば心に凍傷を負ってしまうだろう。


何も知らぬものが聞けば公爵家の嫡子に対してなんて無礼な物言いであろうと思うことだろう。

だか、基本的に怖いもの知らずの兄ではあるが、このメルガ夫人と母親のルリには決して逆らわない。


公爵家の家政を牛耳っている二人だ。

…逆らっても何も良いことなど無いと骨身に刻んでいるのであろう。


「そうよ。いい加減になさい。ソウヤ。貴方には貴方にしか出来ない大切なお役目があるのでしょう?それはティア様にご迷惑をかけることではないのではなくて?」


額に青筋を浮かべたままではあるが、メルガ夫人よりは幾分優しい口調でルリは兄を諭している。


「そうよ。お兄ちゃん。ねぇ、これが終わったら少し時間が出来るから、一緒にお茶をしましょうよ。先日とても美味しい茶葉を手に入れたのよ?ミルクティーにするとコクがあって美味しいらしいの。まだ私も試していないのよ?お兄ちゃんと一緒に飲むためにわざと取っておいたのだから。だから、早くドレスの調整を済ませてしまいたいわ。」


ここぞとばかりに兄を飴をやる。


かくして、兄はようやくその場を離れ、私たちはやっと目的果たすことができたのだった。

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