元公爵令嬢と舞踏会
煌びやかに飾り付けられた王宮の大広間。
小さな集落ならすっぽりと収まってしまいそうな広大なその場所に、国中の貴族たちがひしめき合うように集っていた。
私と夫であるアルフォンス殿下…ジェイドは広間のほぼ中央に位置する貴賓席に国王陛下より一段下に設えられた席に座り貴族たちから延々と挨拶を受けている。
今日は現国王、エドワルド陛下の誕生日と在位二十年を祝う祝賀の舞踏会だ。
この日のために用意された濃い桃色のドレスは同系色の糸で見事な薔薇の刺繍が胸元から腰にかけて施してあり、その周辺には小さなダイヤモンドが雫のように縫い付けてある。ふわりと薄い絹で作られたスカート部分は幾重にも重ねられ、動く度に不規則に揺らめき、まるで繊細な花弁で作られたかのように見えることだろう。
腰にはアルフォンス殿下の瞳と同じ青の幅広いリボンをベルト替わりに結び、後ろで蝶のように結ばれている。
白い髪は緩くリボンと共に編み込まれ、背中に無造作を装って垂らしてある。
わざと装飾品は抑え、王太子妃のみが付ける事を許された白金とダイヤモンドの国宝のティアラの存在感を際立たせていた。
ジェイドも王太子の正装である黒地の軍服を身につけ、その胸には私の瞳と同じ赤い薔薇を刺している。
いつも無造作に跳ねている髪は額を出すように整髪料でまとめられ、甘さのない男性の骨格を露わにしている。
(試着したとき、重い重いってうるさかったな…)
いつもとは違うジェイドの表情の無い笑みを浮かべた横顔を見ているとほんの数日前の騒ぎがぼんやりと思い出された。
さすがに国事に参加しないのは王太子夫妻としてありえないため、ジェイドにはわざと一時的に喉を潰す薬を服用してもらい、私のみが挨拶に対応することの不自然さを誤魔化していた。
幸いな事に、初めは不審がられはしたが少しジェイドに声を出してもらう事によって誰もが納得し去っていったので懸念していたようなことは何も起きず、挨拶受けはつつがなく進んでいた。
結婚しても姿を表さないアルフォンス殿下はやはり貴族たちに不審がられていたようで、挨拶の際やたらと体調を心配する口上が多かった。そんな貴族たちは声を潰したアルフォンス殿下にやはり夫婦の時間を持つといった引きこもりの言い訳は言い訳に過ぎず、実際は病を得ていたと皆勝手に納得していたようだ。
こちらとしては別にどう思われようと問題はないので、私が曖昧な微笑みで困ったように首をかしげるだけで、なにもかも分かってますと言いたげな表情で皆去っていくのだ。
実に簡単で有難い。
「アルフォンス殿下、サリーティア殿下、宜しければこちらをどうぞ。」
挨拶の列が一旦途切れた隙に侍女として付いてきてくれたスカーレットが私たちに飲み物を差し出してくれる。
スカーレットはさすがに何時もの執事服ではなく、私のドレスの色に合わせた薄い桃色の簡素なドレスを身に纏い、短い髪にはかもじを付けて長さを足し高く結い上げていた。
そうするといつもと違う服装をしているだけなのに、元々洗練された所作が身についているスカーレットはどこの貴族のサロンに出しても恥ずかしくない立派な貴婦人にしか見えなくなり、実際にスカーレットをチラチラ見る男性も決して少なくはなかった。
「ありがとう。丁度喉がカラカラだったのよ。」
差し出された飲み物は冷たく冷やした檸檬水に蜂蜜を加えたさっぱりとした果実汁だった。
私は檸檬水を優雅に見えるようにゆっくりと飲む。
「まだ挨拶を希望している貴族はおりますが、そんなに多い数ではございません。終わったら休憩出来るように個室を用意してございます。」
耳元でそう囁かれた。
軽く頷いて私は自らの面に散々訓練された微笑みを意識して強く貼り付ける。
まだまだ私の仕事は終わらない。
※
広間に流れている音楽が変わった。
ダンスの時間だ。
私は上座に在わす陛下をそっと見やる。
陛下も私を見ていて目が合うと頷くと立ち上がった。陛下の行動に貴族たちが一斉にこちらに注目する。
陛下はぐるりと端から端まで視線をやり、全ての貴族たちがこちらに注目していることを確認すると
「さて、皆の者。今宵は楽しんでいるだろうか?
今日は滅多にそなたらの前に姿を表さない我が息子夫婦も参加しておる。せっかくだ。先ずはこの二人にダンスを披露してもらう事にしよう。…アルフォンス、それと妃よ。よろしいか?」
前半は貴族たちに、後半は私たちに向かって陛下は言う。
打ち合わせ済みの事であるので、私たちは照れ臭そうにお互いの顔を見合わせたあと、陛下に向かって深く頭を下げた後、アルフォンスにエスコートされながら、静々とホールの中央に向かった。
この場にいる全ての人物の目が私たちに向けられている。
それを意識しながらこれ以上はないくらい華やかに微笑み、そっとジェイドのリードに身を任せた。
意外にもジェイドはダンスの素養があったらしく、僅かな練習で人前に出ても問題ないくらいに上達し、密かに気をもんでいたらしいスカーレットを大いに安堵させていた。
ジェイドと優雅なワルツのリズムに乗るのは思いのほか楽しく、いつしか私は作り物ではない本物の笑みを浮かべていたのだった。
何事もなくダンスを終え、私たちは割れんばかりの歓声を背に元の席へ戻った。
「…ひさびさのダンスで、なんだか疲れてしまったみたいですわ。アルフォンス殿下。少しだけ休んできてもよらしいかしら?」
そうしなさいと言ったふうに、ジェイドは頷いた。
そして私を再度エスコートするとその場を離れ、王宮に用意された休憩室へ向かったのだった。




