亡国の王子の回想 1
俺の名は翡翠。
今は滅んだ魔法大国 暁 の第13王子だった。
王子といっても名前だけで、その実態は実験動物といった方が正しかっただろう。
俺の生みの母はその魔力の強さに故に召し上げられ王の側室となった宮廷魔術師の1人であったらしい。
らしい、なんて曖昧な言いかたなのは、俺が母親の顔も覚えねぇうちに『皇帝直属魔法部隊』とらやに引き離され魔術師としての英才教育を施されていたせいだ。
俺の他にもそんな『王子、王女』は何人もいた。
みんな父親はあのクソッタレな皇帝なのは共通だが、母親はありとあらゆる所から魔力の高さだけを基準に集められた実に様々な身分の女達だったらしい。
貴族の娘もいれば、平民の娘、異国人の娘も、本当かどうかはおぞましくて知りたくも無いが皇帝の実の姉妹すらも側室の中にはいたらしい。
広大な屋敷の無機質な白い部屋の中で俺たちは朝から晩まで魔法漬けの毎日を送らされていた。
蛇のような温度の無い目をした中年の男が教師として俺たちに課題を出す。俺たちは蛇男、『教官』に殆ど拷問一歩手前では無いかというほどの魔法教育を受けてきた。
毎日の課題、それに合格できなければ食事は与えられない。
生きる為に必死で魔法を覚えた。
他の兄弟達とは、密かにお互い慰め合い励まし合い時に喧嘩して、時に笑い合う。
世間一般の兄弟とは少し違う歪な関係だったがそれでも俺たちは互いの存在よすがとして厳しい毎日なんとか過ごしていた。
転機が訪れたのは俺が17の歳を数えた頃。
今まで一度も訪れたことのなかった皇帝が俺たちの居る屋敷を訪れたのだ。
蛇教官に先導され何人もの側近を侍らせた皇帝は禿頭と白髪混じりの髭の小柄な男で想像よりも貧相な見た目であった。
兄弟達全員が身綺麗にされ新品の白い貫頭衣のようなものに着替えさらされて蛇の合図と共に皇帝の前に額ずかされた。
用意されていたやたら豪奢な椅子に皇帝が座る気配と側近達が退出する気配。
これから何が起こるのか、想像も出来なくて思わず喉を鳴らし口の中に溜まっていた唾液を飲み込んだ。
衣擦れの音が止むと耳に痛い程の静寂がその場に満ちる。
「この中で一番強い者はどれだ?」
静寂を破ったのは皇帝の冷たい声だった。
仮にも我が子に向ける声とは思えないくらい冷え切った声が俺たちの上に降った。
何の情も篭ってはいないと一瞬で判るほどの冷たい声だった。
隣に居る妹…『真珠』の体が震えているのが分かった。
真珠は俺と同じ頃にこの屋敷にやってきた二つ三つ年下の黒い髪と黒い目、真珠のように白い肌の少女だ。
純粋な魔力の大きさだったらば俺の方に分があったが、魔術の精巧さでは真珠の右に出るものはいなかった。
細密で一部の隙もないその魔法式は教官の蛇も舌を巻くほど、芸術と言っても差し支えの無い出来だったらしい。
しかし、魔法の才能は特出していたが、気の弱い真珠は他の兄弟達に良くからかわれ泣かされることも多かった。
何故か俺によく懐いてくれて、この荒んだ生活の中での唯一の救いと言っても過言では無いくらい、俺は真珠を可愛がっていた。
「魔力量ならば柘榴。制御力でしたら水晶。術の上手でしたら真珠…持久力でしたら虎目かと…」
蛇に名前を呼ばれた真珠の震えはより強くなっていった。気がつかれないように俺はその小さな手を握る。
「その中で女はどれだ?」
「柘榴と真珠と水晶でございます。」
「駄目だな。男に限る。他に目ぼしいのは?」
「そうですね…天藍、透輝、…翡翠当たりは中々の魔力量ですし、お役に立てるものかと。」
「それらで良い。」
「御意。…虎目。天藍。透輝。翡翠。面を上げよ。」
おずおずと名を呼ばれた兄弟と俺は顔を上げた。
ギュッと真珠が掌に力を込める。
皇帝はまるで魔道具を値踏みするような目で俺たちを見回した。そして口元を醜歪めて全く意味のわからないことを言った。
「そのほうら、この黒曜の子として産まれ出たことを光栄に思うが良い。この偉大なる暁の魔力を生み出す礎となれるやもしれぬのだから!」