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公爵令嬢と亡国の王子  作者: ばらこ
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公爵令嬢と政略結婚

「可愛いティアや、よく聞いておくれ。お前の結婚が決まったよ。」


よく晴れた気持ちの良い午後。

抜けるように澄んだ青空の下、隅々まで計算され尽くしてはいるが、見るものに押し付けがましさを感じさせない我が公爵家自慢の庭園でのことだ。恒例の父とのお茶会の席で今日の晩餐はなんだろうか?といったたわいない問いかけと寸分変わらぬ口調で父に私の婚約が整った事を報告されたのは。


「左様でございますか。」


私は昨日献上されたばかりの夏摘み紅茶の芳醇な香りをうっとりと楽しみながら、熱のない返事をする。

繊細なカップをかたむけゆっくりと口に含んだ。


ああ。今年もこの農園は素晴らしい品質だ。昨年の夏摘みも素晴らしい出来であったけれど、今年はそれを上回る。これならば、どの国の王室のお茶会で振舞われてもなんら不都合はないだろう。

思わず至福のため息が溢れる。



「ティアももう18歳だしね。なにせ自慢の娘だ。絶対に幸せになれるように私が出来る最大の努力で、最高の相手を見繕ってあげようとそれはそれは大変な苦労をしたよ。その甲斐あって素晴らしい相手が、ティアの旦那さまになるわけだ。」


紅茶を楽しみ続ける私に父はニコニコと全く害のないように見える笑顔と、心底娘の幸せを願っているように聞こえる嬉しげな口調で話し続けた。


「左様でございますか。」


あっという間にカップを空にしてしまう。

すかさずよく教育されたメイドがお代わりをカップに注いだ。公爵に仕えるメイドが煎れる紅茶は最高だ。これより美味しいお茶を私は今まで飲んだことはない。



「もうティアは先生方に教えることは何もないと、いつどこに嫁いでも大丈夫だと太鼓判を押されているからね。足りないのはそんなティアに相応しい相手だけだったんだよ。可愛いティアに変な相手と添わせるわけにはいかないからね。

さぁ、これから忙しくなるよ。まずは婚約式の準備をしないといけないね。メルガ夫人とよくよく相談をしなくては。可愛いティアを嫁がせるんだ。そんじょそこらの貴族には逆立ちしても出来ないような式にしなくてはね。この父も微力ながらティアの新しい門出を華々しくすることに全力を注ごう。」


二杯目の紅茶を、先ほどよりゆっくり飲み干して、ようやくわたしは父の言葉に違和感を覚えた。

優雅にカップをテーブルに置く。一泊間を置いて可愛らしく見えるように小首を傾げ不思議そうに父に問いかけた。


「お待ちくださいませ。お父様。先ほどから伺っておりますと、まるで私が嫁ぐかのような仰りようですが、宜しいのでしょうか?」


「ティアは嫌なのかい?本当に素晴らしい相手なんだよ?父の長年の努力を無駄にするのかい?」


悲しげに眉をハの字に下げてさっきまでの嬉しげな様子とは打って変わって悲しげな声を出した。

その瞬間、私と周りを囲む使用人達の間に稲妻のように緊張が走る。


まずい…



「いいえ。お父様。私は結婚が嫌なわけではございません。公爵令嬢として生をうけ、教育を受けた身でございます。結婚はいずれくる私の義務と心得ていますわ。ただ、公爵家には後継となれる後継者は私しかおりません。私が嫁いでしまえば、誰に家を任せれば良いのでしょうか?」


背筋を伝う冷たい汗の感触を振り払うようにことさらに無邪気に、愛らしい自分を意識して一気にまくしたてた。

父はなるほど、ティアの言うことは最もだね。といいたげな表情で唇の端をあげるとその薄い氷砂糖のような感情の伺えない目で私をジッと見つめた。


我がアルノー公爵家は広大な穀倉地帯を抱え大陸の食料庫とよばれるこの国の頂点に立つ貴族。すなわち大貴族と呼ばれる存在だ。

父はパッと見、虫も殺さぬような気が弱く、無害な人物として侮られかねない容姿をしている。

しかしその実態は国王すら容易に逆らえぬと云われるほどの比類なき権力を持つ宰相、グエン=アルノー公爵その人である。

父の逸話は両手両足の指では足りないくらいにあり、政敵を誰にも気づかれぬうちに笑顔で陥れていくだの、隣国との戦をゲームでもするように未然に防いだだの、王族にに多大な貸しがあるだの、闇の配下を抱えているだのと枚挙にいとまない。

平凡な容姿の中で唯一際立ったその雪のように輝く白髪から『白髪鬼』などという非常に陳腐な二つ名を頂戴している。

そして何よりやっかいなのは、その噂のほとんどが事実であるということだ。


そして、私こと、サリーティア=アルノーは国の宝とも、頭脳とも、あるいは蛇とも身中の蟲とも称される宰相 アルノー公爵と現国王の妹であるアリシア姫との間に生まれた、謂わば生粋の貴族令嬢だ。


ここでなぜ大貴族である父に私しか継嗣がいないのかの説明をしようと思う。


有り体にいえば私の母であり、アルノー公爵夫人であるアリシアが王妹である、その一点に尽きる。


現国王はたった一人の年子の妹をそれはそれは溺愛していた。

もし2人の間に血の繋がりが無ければ間違いなく、国王はアリシアを王妃としていたであろうと囁かれるほどに。

だが、もちろん国王は狂人ではないためそんな禁忌に触れる婚姻が行われるはずもなく、王はその時勢で最も敵にしてはならない国の一の姫を王妃として迎えた。


しかし、愛する妹姫を自分と同じ政略結婚で遠くの国へ嫁がせるなとということは何がなんでもしたくない。

王は国の為政者としての自分とただのシスコンの自分を天秤にかけ、酷く悩んだらしい。

だが王族として生まれた以上、婚姻は避けられない。

そこで白羽の矢が立ったのは、当時はまだ地方の伯爵家でしかなかったアルノー家の嫡子、後の我が父グエンであった。


グエンはまだ若かりし学生の頃からその非凡な才能を見出されており、学院の中でも特に優秀な成績を修めていた。

早くからグエンに目をつけていた(良い意味で最も悪い意味でも)王は極秘にアリシアの降嫁の打診を計った。


この組み合わせは、可愛い妹を遠くへやりたくないシスコンとしてのメリットと、冷徹な国の僕としてのメリット、2つがある。


グエンは非凡だった。非凡すぎた。小さな一領主としての器は彼にとってあまりにも小さすぎて、やがて彼が自らに相応しい器を求め飛び立つことはあまりにも易々と想像ができ、曲がり間違って敵国に抱き込まれることとなればその脅威は計り知れない。

そうなる前に、王の手中の珠であるアリシアを娶せ、それに見合う身分と役職という鎖でグエンを国に繋げようという思惑があったのだ。


はたして、王の目論見はめでたく成就した。


アリシアはグエンの元に嫁ぐことと相成り、グエンは、公爵としての身分と王の片腕としての確かな地位を手に入れ、王は妹をごく身近に置くことができ、グエンを国外へやる危険を排除できた。


これでめでたしめでたしとなれば良かったのだが、そう全てが上手くいくとも限らない。


まずグエンの誤算。


グエンが思っていた以上に、王はアリシアを愛していたことだ。


そして王の誤算。


可愛い可愛い妹であるアリシアはかわいいだけの妹ではなかったことである。


元々、アリシアの父である前国王はアリシアを他国の王妃とする心算であった。

そのため幼い頃より徹底した帝王学と貴婦人教育をされて育った。

しかもそれだけではなく、国内においても兄に何事がが起きた際の王としてのスペアの役割もあった。


ある意味、他国で自らの地位を守り通さなくてはならない使命を負っていたアリシアは王太子である兄よりもより高度な教育を施されていたといえるだろう。


アリシアにも誤算があるとすれば、あまりにも早く父王が身罷って、自分に甘すぎる、自分の本質を知らない兄が早々と王位を継いだことだろう。


甘やかされた姫など簡単に御せると高を括っていたグエンはアリシアを持て余した。

伝え聞くだけであるが、決してアリシアは幸せな結婚生活を送ってはいなかったという。


そして、アリシアが私の兄にあたるはずだった子供を死産し、次の子である私を大変な難産で出産したことによって体を壊し、次の子供を持てないと知った時、私が3つになる前にアリシアが儚くなった時、グエンは王の愛情の厄介さを始めて実感することになる。


女である私しか正嫡のいないグエンは、新たな妻を迎える許しを王に求めた。

普通ならば、簡単に許しが出る訴えのはずだった。

グエンの再婚の求めを王は激怒とともに退けたのだ。


愛しい妹を蔑ろにした挙句、喪が明けて直ぐに再婚しようとするなど言語道断。もし、

王の許し無く決行するのであれば、公爵位を剥奪の上、生涯王族の牢獄である白の塔へ幽閉するとまくしたてたのだ。


妹を亡くした王は大変に後悔した。

アリシアの幸福では無く、自らの願いに沿って降嫁を決めてしまったことを。

グエンは臣下としては大変に優秀だが、夫としては決して良い相手ではないことを見抜けなかったことを。


かくして、グエンは再婚を認められる事はなく、嫡子として公爵家を継げるのは娘である私だけとなった。




「それがね、大丈夫なんだよ。可愛くて賢い私のティア。このような事態を想定して、貴族典範の相続の項目にはこんな一文があるんだよ。」


父の傍に控えていた筆頭執事が私の前に恭しく分厚い本を差し出した。


父に、開かれたページの隅にある項目を読んでご覧?と促される。

私は気がつかれないように小さくため息を吐くと米粒のように小さな文字を声を出して読み上げる。


「貴族の相続は嫡子として国に認められた正嫡のみが認められる。庶子の相続は認められない。だが、例外として正嫡が王族と婚姻を結び、他に継嗣がいない場合にかぎり、庶子の相続を認めるー!?」


唖然とした。

可愛らしい娘を取り繕うことも忘れ、まん丸に見開いた目で父を凝視する。


「お父様、つまり、」

なんと言ってよいかわからずに言葉を探す私の心情を知ってか知らずか…間違いなく知ったうえだろうが…父はこれ以上ないほど明るく陽気に胡散臭く宣った。


「おお、そんなに嬉しいかい?そうだよ可愛いティア。君の旦那様は王族の方だ。それも第1王子であらせられるアルフォンス王太子殿下だよ!賢く愛らしい私の宝物サリーティア!」


周りの使用人たちが一斉に頭を下げて


「「「おめでとうございます。お嬢様!」」」


見事に調和のとれたお祝いの言葉をくれた。

流石我が家の使用人…細かい所までなんて完璧…


みなこの降って湧いたような世間一般におけるロイヤルウエディングに一様に顔を輝かせている。

ありがとうと、優雅に皆に微笑み返し父へと

視線を戻した。


「承知いたしました。相続に問題がなければ私サリーティアはこのご縁になんの不満もございません。喜んでアルフォンス殿下の元へ参りましょう。」


椅子を立ち、ドレスの端を持ってこれ以上ないというくらい深々と頭を下げた。


それを満足げに父は見ている。

その胡散臭い笑顔を横目に、私は本心をそっと笑顔の裏に隠した。


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