始まりの約束
慣れ親しんだ部屋の一室。いつも二人でお喋りをしながら食事をしたり、勉強をして過ごす安らぎの空間。
しかし、今は安らぎの空間であった部屋の周辺は夜だと言うのに窓から揺らぐ赤い光で、私たちを照らし出す。
彼女は私と向き合うように膝をつき、そっと両手をそえゆっくりと私の手を握りしめてくる。床にまでたれた長い髪は、窓から射し込む赤い光をうけ朱色のように見えた。いつも陽光に照らされる姿は輝く銀色なのに、今瞳から映し出すその姿は少し霞んでしまう。
握りしめられた手はそのまま持ち上げられ、私は彼女の頬を包んでいた。包まれた手から伝わる温もりに目をやるとそのまま目があう。
「泣かないで?私の力不足で悲しい想いをさせてごめんなさい。一緒に行くことはできないけれど、貴女と過ごした日々は私にとっても宝物よ。だから、これからの出逢いが貴女や貴女の周りの者にとって、すばらしいものとなるようにお祈りさせて頂戴ね。」
包んだままの手には暖かな光がつたってくる。微笑みが絶えないようにふるふると瞳を震わせながら語りかけてくれる声に私の視界は悪くなるばかりだった。声をしぼりだそうとするが思うように喋れず
「…っう……ひっ…師匠…私も残ります…!お願い…このまま…っ」
「私のことは心配しないで大丈夫…次の出逢いも貴女を導いてくれるわ。」
師匠は私に語りかけながら魔力を込めていく。頭を左右に何度もふる。肌で透き通るような魔力を感じながら抵抗しようと手に力をいれる。
「もっと時間があったらなぁ…ふふ、暫くは夢の中で我慢ね…」
穏やかな声色とは別に抗えない程の魔力で全身を覆われていく。
……………
直接頭に響く声を聴いた瞬間。足元に複雑な紋様で描かれた魔方陣が瞬く間に浮かび上がり、カッと蒼白い光を放つ。
「…っ!」
気づいた時には、1人でただずんでいた。止まらない涙にそっと撫でるような夜風さえただただ私には冷たく、先程まで見つめていたはずの優しい瞳を見つけることはなかった。見つめるその空間には、高原が広がり草むらが揺れている。
どれだけの時間そのまま立っていたか、時間が経つにつれて様々な感覚が明確になっていく。最後に聴こえた声を何度も何度も想う
…また逢いに来て…私はここにいるから…
私は────
月明かりだけが私の行く道を照らし出しているように思えた。