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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第三章【水辺の乙女と青い灯台】

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第九十六話「お酒って、そんなにおいしいのかなぁ」

 蜂蜜を専門に扱うというその店の中は、こぢんまりとした外見に違わず小さく、そして天井が高かった。

 壁には背の高い作り付けの棚があり、そこには琥珀色の蜂蜜が入った無数の小瓶が整然と並んでいる。

 ドアを閉めると外からの光は一切入らなくなり、天井から吊されたキノコのようなランプからぼんやりとした優しい光が降り注ぐ。

 部屋一杯に満ちるのは甘くとろりとした蜂蜜の香りだ。

 通りの喧噪も遠ざかり、一瞬にして別世界へと迷い込んだような錯覚に、三人は囚われた。


「いらっしゃいませー。ミルトの蜂蜜専門店へようこそー」


 ララたちがぼんやりと惚けていると、店の奥から透き通るようなソプラノ声が響く。

 遅れて姿を表したのは、小さな体に透き通った羽を持つ蜂蜜色の少女だ。


「わ、妖精がやってるお店だったのね!」


 ついさっきシアに教えて貰った種族の女の子の登場に、俄然ララのテンションがあがる。

 妖精の少女は嬉しそうにその場で一回転すると、ララにむかってお辞儀をした。


「はじめまして! やっぱり蜂蜜といえば妖精だからね。私はミルトっていうの。よろしくね」


 ミルトは金色の短く切りそろえた髪を揺らし、にっこりとはにかむ。

 瞳も赤みの混じった金色で、まるで蜂蜜の滴から生まれたかのような可愛らしい少女である。


「私はララ。向こうの乾物屋さんのお兄さんからここを教えて貰ったの」

「ああ、ペケ君ね。あの子も常連さんなのよ」


 ララの説明に心当たりがあったのか、ミルトは納得して頷く。

 彼女はあの青年よりも年上らしく、彼を弟のように思っているらしかった。

 外見だけで判断すれば、彼女の方が幼い印象を受けるが、他種族外見年齢はアテにならないことがよく分かる。


「それで、あなたたちは何を探しにやってきたのかしら」


 早速ミルトは本題を切り出し、ララも頷く。


「蜂蜜酒を探してるの。何かおすすめはないかしら」

「ふむふむ、蜂蜜酒ね。もちろんあるわよ。何種類か揃えてるから見てってちょうだい」


 ミルトはそういうとぱたぱたと細かく羽を動かしてその場を移動する。

 魔法による制御も加わっているからか、薄く小さな羽をゆっくりと動かすだけでも滑るような安定した飛行である。

 彼女はララを引き連れ店内を移動し、棚の一角で立ち止まった。

 そこには蜂蜜酒の収まったガラス瓶がたくさん並んでいる。


「ほう、一口に蜂蜜酒って言っても色んな種類があるんだな」


 イールが棚の前に立ち、興味深そうにそれらを眺める。

 質のいい透明な瓶に入った琥珀色の液体は、それぞれが微妙に色合いを変えてグラデーションのように鮮やかな光を放つ。

 原料とする蜂蜜の種類や醸造の方法などいくつかの要因によって味や風味、度数が変わるのだとミルトは説明した。


「私たち妖精は一族ごとに秘伝の蜂蜜っていうのを守り受け継いでるんだ。だから作られる蜂蜜酒も部族の数だけあるの」

「部族ごとに……。それはすごいわね」

「たとえば私はレフィシアの部族の一人なの。だからレフィシアっていう白い小さな花の蜜を集める方法を知ってるわ。妹が三人いるけど、彼女たちもみんな知ってる。でも他の一族はレフィシアの花の蜜を集める方法を知らないし、その代わりに私たちが知らない花の蜜を集める方法を知ってるの」

「面白いわね、それ。部族の違う妖精同士が結婚したらどうなるの?」

「基本的には旦那さんが奥さんのいる部族の一員になるわ。蜜を集めるのは女の仕事で、男は村を守ったり家を作ったりしてるの」


 初めて聞く妖精の文化は珍しく、ララは青い瞳を輝かせて聞き入る。

 そんな彼女に乗せられたのか、ミルトもまた頬を緩めて滑らかに語っていた。


「っと、そんなことより今は蜂蜜酒よね。私のおすすめはやっぱりレフィシアの蜜で作った蜂蜜酒だけど、オルレアの蜂蜜酒もすっきりした味わいでおいしいわよ。コテーシアのお酒は結構度数高めの濃い味だし、ペシアのお酒はこの店にある中じゃ一番甘いの」

「うぐ、種類が多すぎて覚えきれないわ……」


 すらすらとミルトの口から滑り出す言葉の数々に、ララは早々に降参する。

 そんな彼女の代わりにミルトと話し始めたのは、後ろで静かに立っていたシアだった。


「こんにちは。私も蜂蜜酒は初めてなんだけど、レフィシアのお酒はどういう物なのかしら?」

「こんにちは! レフィシアの蜂蜜酒はちょっと酸味のあるさっぱりした味ね。食前酒なんかでよく採用されてるわ」

「ふむふむ。ちなみにペケ君のお店で乾物をいくつか買ったんだけど、それに合うお酒ってあるかしら」

「どれどれ、ちょっと失礼……」


 シアはイールが持っていた紙袋の中身をミルトに見せる。

 彼女は紙袋の縁に手をかけて中をのぞき込み、ふむふむと頷いた。


「これならオルレアのお酒なんかがいいかもしれないわね。乾物は味がしっかりしてるから、濃いお酒は多少人を選ぶわ。オルレアは度数も控えめだからおつまみが進むお酒ね」

「そっか。それならオルレアの蜂蜜酒を一本下さるかしら?」

「まいどー。あ、お姉さんお酒好き? この店で一番度数の高いお酒っていうのもあるんだけど」

「ふむ……。ちょっと興味あるわね」


 声を顰めるミルトに、シアも悪い顔で応える。

 そんな二人をすぐ後ろでララはあきれたように見て、イールは眉を寄せていた。


「あたしはあんまり強い酒は飲めないんだが」

「私もお酒は初心者なんだけど……」


 イールとララの控えめな訴えなど届くはずもなく、二人の話は順調に進んでいる。


「ケルレアっていう花の蜜から作られるお酒なんだけどね、一杯で竜も酔うっていうふれこみよ。ちなみにこれ作ってるケルレアの一族はみーんな年中ほろ酔いの陽気な一族」

「うわぁ……」

「ララ、あんまりそういう顔はするな」


 ミルトがパタパタと天井付近まで飛び上がり、棚の一番上の段から運んできたのは分厚いガラス瓶に入った濃いオレンジ色の蜂蜜酒だ。

 コルクをしっかりと閉めているというのに、ぷんとアルコールの香る錯覚を受けるような強烈な存在感を示している。


「ほうほう。面白そうなお酒ね」

「でしょでしょ? お姉さん、やっぱりいけるクチね?」


 シアとミルトは互いに視線を交わすと徐に笑みを浮かべる。

 互いに同士を見つけた二人は、指先と両腕で握手を交わした。


「どうしようあの飲兵衛たち」

「あたしたちにどうこうできるもんでもないだろ。こう言うときは諦めて静観するのがコツだ」


 固い友情で結ばれつつある二人を見ながら、ララとイールは諦めたように脱力していた。


「しっかし、蜂蜜専門店っていうだけあって色んな種類の蜂蜜が置いてあるわよね」


 ミルトから蜂蜜酒のレクチャーを受け始めたシアは放っておいて、ララとイールは店内を巡る。

 壁二面を存分に使った陳列棚は、イールでさえ手が届かないほど高くまでそびえ立っている。

 そこに所狭しと置かれた瓶には一つ一つラベルが貼ってあり、産地と種類、簡単な味の解説が書かれていた。


「あ、これがミルトの言ってたレフィシアの蜂蜜ね」


 ララが見つけたのは、ミルトの一族が作っているという蜂蜜だった。

 他の蜂蜜よりも若干色の薄い蜜はさらりとしていて、小瓶を傾けると素直に揺れる。


「蜂蜜は割と一般的な携帯食料でもあるからな。この町を出るときにでも何か買っていくか?」

「それもいいわねぇ。甘いものがあれば元気もでるし!」


 イールの提案にララは頷く。

 あのもそもそとした形容し難い味のするキューブだけでは心が死んでしまう。

 味のいい食べ物は体だけでなく心も豊かにするのだ。


「お、こっちには加工品が色々売ってるみたいだぞ」

「ほんとだ。蜜蝋にワックスに香水。入浴剤なんかもあるのね」

「蜂蜜は応用範囲が広いみたいだなぁ。ハーブとかをつけ込んだものもあるみたいだ」

「蜂蜜味のパンにクラッカー、シロップもあるわね」


 関連商品の多さに驚きながら、二人はゆっくりと見て回る。

 幸い二人の酒談義は勢いを増し、当分帰れそうにはない。


「お酒って、そんなにおいしいのかなぁ」


 まだ酒類を嗜んだことのないララは、不思議そうに二人を見る。

 種族も違えば体格も違う二人の女性たちは、しかしまるで竹馬の友とでも言うように意気投合し話に熱中している。

 酒というのは種族の壁さえ壊すのか、と彼女は感心した。


「あたしも少しくらいは飲むけどね。あれくらい熱く語れる相手がいるっていうのは、何も酒に限らず嬉しいことだと思うよ」

「そういうものかしらね」


 イールの言葉はある種の真理かもしれない。

 ララは白熱する会話を見ながらふとそう思った。

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