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第九十五話「さすがは港町って感じの臭いね」

「よう嬢ちゃんたち、アルトレットの魚の乾物だ。見てってくれよ」

「こんにちは、お兄さん。わあ、色んな種類があるのね」


 めぼしい店を探して歩いていたララたちを呼び止めたのは。いかにも海の男と言った太い筋肉質な青年だった。

 濃い青色のゆったりとした服を来て、道行く人々に声をかけているらしかった。

 彼の案内で通りに立つ木造二階建ての大きな店に入ると、魚の独特な匂いがむっと漂ってきた。

 壁に掛けられたり棚に並べられたりと大量にある様々な種類の魚の乾物を眺めて、ララは感嘆の声を漏らす。


「うちはこの町で長いことやっててね、幅広い品ぞろえが人気なんだ」


 青年は鼻を膨らませ、誇らしげに言う。

 町と同じくらいの歴史を持つ老舗のこの店は、青年が子供の頃から働いている店でもあるのだと、彼は説明した。


「ねえお兄さん、私たちお酒に合う物がないか探してるんだけど、何かおすすめはないかしら?」

「酒盛りか! いいねぇ。酒の種類は決まってるのか?」


 自身も酒好きな性質らしく、青年はシアの言葉に俄然やる気を出す。

 そんな彼からの質問に、三人はそういえばと顔を見合わせる。


「お酒の種類は決めてなかったね」

「市場にはお酒も売ってるから、これから買いに行く予定だったのよ」

「あたしはあんまり強い酒は飲めないぞ。ジュースで割ったのが好きなんだ」


 ひそひそと会話を交わす三人の声は、青年には丸聞こえだった。

 彼はぱんと手を打ち三人の注目を集めると、にかっと白い歯を見せて言った。


「俺のおすすめは、妖精の蜂蜜酒だ。すっきりとした甘さで、ドワーフの火酒みたいな強い酒とは対照的な優しいやつさ」

「ああ、妖精の蜂蜜酒! そういうのもあったわねぇ」


 彼の紹介した酒の名前に、シアが手をたたく。

 アルトレットでは一般的な酒らしく、果実を漬けて味や風味を移した物も多く存在する、女性にも人気の一品だという。


「俺の友達が近くで蜂蜜専門店やってるんだ。そこで売ってる蜂蜜酒は旨いよ」

「へぇ、蜂蜜専門店! 専門店っていい響きよねぇ」


 青年の言葉に、ララはうっとりと目を細める。

 人並み以上に甘いものが好きな彼女は、蜂蜜という魅惑的なワードに取り付かれてしまったようだった。


「それじゃ、妖精の蜂蜜酒に合う物って何かあるかい?」

「そうだなぁ。蜂蜜酒にも色々種類はあるけど、とりあえずクルミ魚の味醂干しとかいいと思うよ。あとは牙魚の煮干しとかもおすすめさ」

「ふむ……。よし、全部一袋くれないか」

「毎度あり! 蜂蜜の店はこの店の左へずーっと行ったところにある。小さな店だから見逃さないようにな」


 青年は慣れた手さばきで商品を紙袋に詰め、それをイールに手渡す。

 彼女が代金を払うと、青年はうれしそうに白い歯をこぼした。


「わわ、ウォーキングフィッシュの乾物なんてのもあるんだ……」


 イールと青年が取引をしている間、ふらふらと店の中を巡って商品を見ていたララが声を上げる。

 彼女が立っていたのは、ウォーキングフィッシュの加工品を並べたコーナーだった。

 ウォーキングフィッシュの乾物から始まり、骨煎餅、味醂干し、つくねなどまで置いてある。

 さすがは海と陸の漁が盛んな町というだけあって、ウォーキングフィッシュの加工品の種類も他の町と比べれば段違いに多い。


「ウォーキングフィッシュの乾物もおいしいよ。味があっさりしてるからどんな酒にも合う」

「た、確かに味はいいのよね」


 カラカラに乾き、白濁した目をしたウォーキングフィッシュを見ながらララは頷く。

 妙に生々しいだらりと垂れ下がった足だけが、彼女はどうにも苦手なのだった。


「今年はなんか何十年ぶりかの大量発生の年らしくてね、市場でも飽きるほど見ることになると思うよ」

「あー、確かに大量発生してたわね」


 アルトレットへの道中、シアとの邂逅の際の出来事を思いだし、ララとイールは納得したように頷いた。

 確かに今年は飽きるほどウォーキングフィッシュが穫れるだろう。


「それだけ穫れれば。一気にお金持ちになれるわね」

「それがそうでもないのさ。どこもかしこもあの魚で倉庫が一杯で、むしろ値段は下がってく一方なんだ」

「ああ、だから最近ウォーキングフィッシュを使った料理を出す店が増えてるのね」


 青年の嘆きに相づちを打つのはシアである。

 食事のほとんどを外食で済ませるという彼女は、よく色々な店の日替わりメニューを頼むのだが、ここ最近はずっとウォーキングフィッシュを使った物らしい。


「そういうことさ。あ、何ならウォーキングフィッシュの乾物も一つおまけしといてやるよ」

「えっ、そ、それはちょ――」

「本当か!? ありがとう、嬉しいよ」

「ウォーキングフィッシュの乾物かぁ。最近食べてなかったわね」

「あぅ……」


 にっと笑って青年はウォーキングフィッシュの乾物を棚から取り出す。

 それも一緒の紙袋に入れて、彼は大きくサムズアップした。

 イールとシアは大喜びで、青年に感謝した。

 その後ろで、ララは唖然と口を開いていた。


「ありがとう。いい買い物だった」

「こちらこそ! またのご来店お待ちしてます!」


 にこやかに手を振る青年と別れ、一行は教えて貰った蜂蜜専門店へと足を向ける。

 人の量は店に入る前よりも格段に増し、むわりとむせるような熱気を生み出している。

 一歩外に出れば、湿った熱が体を包んだ。

 市場全体を覆う魚の生臭い臭いも相まって、慣れていないイールとララには中々堪える。


「さすがは港町って感じの臭いね」


 辟易しながらララが言うと、シアはくつくつと笑う。

 彼女は現地に住むだけあって慣れているらしく、涼しい顔で歩いている。


「外からきた人はみんなそんな顔するから、すぐに分かるのよ」

「そういえばあのお兄さんも私たちがこの町の住民じゃないって分かってたみたいね」

「そうね。やっぱりわかりやすいもの」


 そう言ってシアはまた喉をならす。

 私も数日したら慣れるのかな、とシアは風に乗ってやってくる魚の血と脂の臭いに顔をしかめながら思った。


「ん、あそこじゃないか?」


 うねりながら進む人の流れに流されていると、背の高いイールが件の店を発見した。

 彼女は周囲の人々と比べても背が高いため、ある程度視界が開けているのだろう。

 イールに手を引かれララは人の流れから脱する。

 シアもするりと抜け出して、三人は小さな木造の店を見た。


「多分ここだな。店の名前も合ってる」


 イールが言い、二人も頷く。

 そうして彼女たちは、ドアの取っ手に手をかけた。

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