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第九十三話「そういうのもおつまみにして食べたいね」

 アルトレットの貝料理を堪能し白鯨を後にした一行は、町のメインストリートをぶらぶらと歩いていた。

 ヤルダやハギルと比べると道も舗装されておらず、人の影もまばらだが、昼下がりの大通りには露店が並び、活気の言い呼び声が飛び交っている。

 売られているものは行商人が運び入れてきた、この町では手に入れることができなかったり、作ることのできないようなものばかりだ。

 アルトレットに住むシアは、そういった商品にも興味を引かれるのか、時折ふらふらと近づいては冷やかしている。


「ああ、ヒージャの毛織物とかいいわね。今のうちにマフラーなんかを作っておかないと、寒くなったら地獄を見るわ」


 ふわふわとした白い毛を紡いだ毛糸玉を見て、彼女は憂鬱そうに言う。

 海の間近にあるこの町は、冬になると風吹きすさぶ凍えるような寒さになるのだという。


「海産物は寒くなった方がおいしいものが増えるんだけどねぇ」

「でも寒いと水温も低いだろうし、取りに行くのも大変ね」

「そうそう。でもそう言うときこそアルトレットの漁師は燃えるってもんよ」


 細い腕を曲げて鼻を鳴らすシアに、ララはくすりと吹き出した。


「あ、それじゃあわたしは神殿に行くのでこのあたりで」

「え? ああ、あそこが神殿ね。行ってらっしゃい」

「おー、気をつけるんだぞ」


 ララたちの前をイールと隣だって歩いていたロミは、町の一角に佇む神殿を見つけた。

 やるべきことは早めにすませておかねばなるまいと、彼女は三人と別れてそちらへ向かう。

 武装神官はその旅の道中で様々な特権を得られるがその代わりにこのように立ち寄った町の神殿には必ず赴かねばならないのだ。

 その上ロミの場合は、イールとララの監視という任も担っており、それらの定期報告のため神殿の設備を借りてヤルダにいるレイラとも通話をしなければならない。


「いやぁ、武装神官って言うのも大変ね」

「ま、これで色々優遇されてたりお金も貰えてたりするんだから。仕事はきちんとこなさないとね」


 見送るシアの感心の声に、ララが頷く。

 旅の空ということであまり意識してはいなかったが、彼女は歴としたキア・クルミナ教の信徒兼従業員。

 毎月神殿から給金を貰う身でもあるのだ。


「さ、ロミが神殿に行ってる間にあたしたちも買い出ししようじゃないか」


 ロミの長い金髪も見えなくなり、イールがぱちんと手をたたく。

 これから町の店を巡って、夜の酒盛りに向けた食材や肴、なにより酒を買い込まなければならない。


「ああっ! 忘れてたけど、ウォーキングフィッシュもギルドに売りに行かないといけないんじゃないの?」

「そういえば保管箱に入れてたな。……一旦宿に戻るか」


 いざ出発しようとすると町に入る前に予定していた用事を思いだし、ララが声を上げる。

 イールもすっかり忘れていたようで、二人でばつの悪い顔をした。


「何々? 行きでウォーキングフィッシュ狩ってたの?」


 事情を知らないシアは首を傾げ、二人に尋ねる。


「ええ。あの大群に出会う前に三匹狩ってたの。すぐに捌いて保管箱に入れてるから、そこまで鮮度は落ちてないはずよ」

「おおー、保管箱ね。中々いいもの持ってるのねぇ」

「イールのはどれくらいか知らないけど、私のはなかなか高かったわ」


 ヤルダでイールと共に買え揃えた時のことを思いだし、ララは遠い目になる。

 まだまだつい先日の出来事だが、もう随分と昔のこととも思える。


「それじゃ、一旦『塩の鱗亭』に戻ってそれを取ってきましょ。ついでにミルに酒盛りしてもいいか一応聞いとかないと」

「それもそうだな。――そういえばあの子はまだ酒は飲めないか」

「ええ。香りを嗅ぐだけでばたんきゅーしちゃうわ」

「それはまた……」


 お酒の匂いを嗅いで目と耳を回しているミルを想像して、ララは目を細める。

 まだまだ幼い彼女に、年齢制限がないとはいえお酒を飲ませるのはさすがに躊躇われる。


「でもあの子、お酒は飲めないけどお酒の場にいるのは好きみたいよ。お酌したり、おつまみ食べたり」

「あー、つまみは酒が飲めなくても旨いからな」

「この辺だと貝をよく食べるんでしょう? 普通におやつとして食べられそうだわ」


 宿への道を歩きながら、三人は会話に花を咲かせる。

 しばし時を忘れ、ララは気が付けば宿の目の前に到着していた。

 扉を開けて中にはいると、ミルが白い耳をぴこぴこと動かしながらカウンターを拭いていた。

 小さな三本足の踏み台を持ち出して、その上で楽しげに鼻歌を歌いながら手を動かす彼女は、なんとも微笑ましい。


「ミルー、帰ってきたわよ」

「うひゃあ!? び、びっくりしました!」


 余程熱中していたのか、シアが声をかけるまで三人が入ってきたことにすら気づいていなかったらしい。

 ミルはぴんと耳を張って、体全体で驚きを表現していた。


「ミルは仕事熱心ねぇ。感心感心」

「わ、わたしとしてはシアさんはアルバイトでもなんでもいいので職に就くべきだと思うのですが」

「私はそういう労働とかいいから」


 むっすりとしたミルの口撃をいなし、シアは早速本題に入る。


「ねえミル、今夜ここの部屋を使ってララちゃんたちと酒盛りする予定なんだけど大丈夫かしら」

「ララさんたちと酒盛りですか。つまりはごちそう作らないとですね!」


 ぴょこんと跳ねて赤い瞳をきらきらとさせるミルに、シアは申し訳なさそうに眉を下げる。


「いやぁ、その辺のお店で肴とお酒買い込んで食べる気でいるの」

「む、お料理の出番は無しですか。残念です……」

「あはは、ごめんね」


 妙にぎこちない笑みを浮かべながらシアはしょんぼりと肩を落とすミルを慰める。

 なんとなく事情を察したララは、藪蛇にならないように口をつぐんだ。


「ということは、お部屋を貸せばいいんですか?」

「ええ。そういうこと」

「それなら大丈夫ですよ。何せ部屋は沢山余ってますので!」


 そこは誇らしげに言うところなのか? とララは首を傾げる。

 しっかりしているようだが、流石はシアの友人と言ったところだろうか。


「ねえララちゃん、今なんだか失礼なこと考えなかった?」

「い、いいえそんな、全く!」


 突然振り向いて目を細めるシアに、ララは慌てて手を振ってごまかす。

 エスパーかと思った。


「花貝でも角貝でもいいですし、なんなら別のお部屋も用意できますよ?」

「あーうー、いや、どっちかの部屋でやるわ。掃除するのも大変でしょ」

「それはまあ、助かりますが」


 そう言うわけで無事宿の主とも話がつき、彼女たちは心おきなく買い出しに出かけることができるようになった。


「ああそうだ、保存箱を取ってくる」


 イールはそう言って部屋に戻り、荷物の中から箱を抱えて戻ってきた。

 温度を低く一定に保っているその箱の中には、彼女たちが道中に狩ったウォーキングフィッシュの身が入っている。

 これもギルドで売ればそれなりの臨時収入になるだろう。


「さて、それじゃあ出発しましょうか」

「いってらっしゃいませ!」


 ぴこぴこと手を振るミルに見送られ、三人はまた宿屋を発つ。

 まずはギルドに向かわなければならない。


「シア、ギルドの場所は分かるか?」

「当然よ。こっちこっち」


 シアの案内で町中を通り抜け、一行はアルトレットの傭兵ギルドへやってくる。

 絶えず人の出入りしている様子はどこのギルドも変わらないらしく、三人は人混みに紛れるようにして中に入った。


「この町のギルドには食堂はないのね」


 内部に入ったララの一言目に、イール思わず苦笑する。


「食堂があるのは、もっと大きな都市のギルドだけだ。それにアルトレットはそんなに駆け出し傭兵が来るような場所でもないからな」

「そうね。周囲にいる魔獣はウォーキングフィッシュか水棲魔獣だけど、前は町の漁師が穫るし、後ろはちょっと荷が重いわ」


 イールの言葉にうんうんと頷くシア。

 アルトレットはある程度経験もありランクの高い傭兵が揃っている。

 水棲魔獣は人間とは領域が違い、彼らを相手するには圧倒できるだけの技量が必要だからだ。


「水棲魔獣か、それも食べられるのかしら」

「当然。魚型の魔獣なんかだと漁師もよく穫ってるわよ」

「そういうのもおつまみにして食べたいね」

「いいわねぇ。後で探してみましょうか」


 すぐに食べ物の方へと話が脱線するララを見て呆れるイールは、そんな二人を放って窓口に向かう。

 自分も随分と傭兵歴は長いが、まだ水棲魔獣と相対したことはない。

 ずっと内陸を歩き回っていて、海に来たのも久しぶりだ。


「そろそろ水竜の一匹でも狩って腕に箔をつけるのもいいかもしれないな」


 イールは保管箱を抱え直し、列に並びながら口元を緩めた。

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